異世界カーナビ
「そ、カーナビ。問題はこの地図情報を電子データにどう変換するかだな。ちょっと時間かかるから休憩しよう。とりあえず1鐘ほど時間をくれないか?」
当夜が顎に親指を、口元に人差指を当てて考え込む。【時空の精霊】の送り出す位置情報はマナを介して魔法紙上に映し出される。そのマナをどのように電子情報に変換するかを思案しているようだ。
「お、おう。こっちとしてもそうしてもらえると助かるな。」
心からホッとしたという顔色を浮かべてほかの仲間たちに振り返るが、すぐさま顔色を青くする。なぜなら、凍り付いた笑顔を貼り付けるフィルネールが振り返ったライナーのすぐそばに直立していたのだから。
「ライナー様、ちょっとこちらへ。お話ししましょうか。」
その雰囲気に似つかわしくない優しい声がフィルネールの口からこぼれる。途端にライナーの顔に大量の冷や汗が流れ始める。それもそのはず抑揚のないその響きは明らかに怒りを帯びている。彼が知るその口調はまさに幼少の頃に講義をサボった上に国宝の壺を割ってしまった事件を起こしたライナーに怒髪天を通り過ぎた家庭教師のそれに似ているのだ。
「ま、待ってくれ。あれは仕方なくだな、痛、痛たたっ。耳を引っ張るなっ。ち、千切れるっ。悪かった、悪かったって。」
「さぁ、皆。トーヤの邪魔にならないようにこっちでお話ししましょうか。」
ライナーの耳を精霊の加護で強化された力で引っ張りながら木陰に引きずるフィルネールは、さび付いた機械がその身を削る音に似た擬音がふさわしい動きで顔を少女たちに向ける。一斉に小さな悲鳴が上がる。
「や、やだなぁ。そんな怖い顔しないでよ。ね、フィル?」
「そ、そうですよ。平和的に話し合いましょう。フィルネール様?」
「んん? なんや騒がしいなぁ。ライナー、そんな蒼い顔してどないしたんや? てか、ウチは何で寝とったんやろ。」
周囲の騒ぎに意識を取り戻したレムが鬱陶しそうに体を起こして周りを確認する。そこには青い顔をして余計な口を開くなという強い思いを込めた目を向けるライナーの姿があった。もちろん脈絡も何も伝わっていないレムに理解しろと言うのが無理な話だ。
「レム、丁度良いところに。さぁ、平和な話し合いをしましょうか。」
「なんや怖いで、フィルネール様? ライナーが悪いことでもしたんか?」
「ふふふ。どうなんでしょうね、ライナー様? それはそうと、レムは私の味方になってくれますよね?」
その後、街道沿いの小さな広場ではフィルネール裁判長による有罪人ライナーに裁断が下されたという。その場には祈りを捧げる少女たちと悪事を働いた子供のようにお尻を叩かれるライナーの姿があった。
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「う~ん、この地図を電子化するって考えが違うんだろうな。この地図自体がカーナビのような受信媒体、【時空の精霊】が衛星だと考えるべきだな。だとしたらこの地図が受け取っている情報をこっちのカーナビに受信させればいいのか?」
当夜はカーナビをいじりながら、マナを通わせてみるなどしてみたが一向に画面が変わることは無かった。そこで、そもそもの情報の発信元である【時空の精霊】を探すことにした。
(う~ん、【時空の精霊】を見つけるのが難しいな。これまでのパターンだと気絶でもしないと会えないのかな? 精霊に会うこと自体、こちらで稀少なアイテムを出すことでしか会えたことないし。そうなるとアレキサンドライトのルースでも出さないと駄目か。次に戻るのは、)
今日は無理かと早々に諦めて地図を広げようとすると聞き覚えのある少年の声が頭に響く。
『やぁ、苦戦しているみたいだね。要はその板に映せばいいんだよね。任せてくれよ。』
「あれ? 【時空の精霊】? 今、確かに声がしたよな。普通に言葉を交わせるのか。今まではそんな簡単に会えなかったのに。」
当夜が【時空の精霊】の姿を見つけようと周囲一帯を見渡すがその姿はつかめない。
『んー。いや、君が今みたいに強く意識してくれれば出てこれたんだけどね。それと時空の魔法を使っている間はすぐそばに居るんだけど術者が意識しないと気づかないんだよね。まぁ、ふつうさ~、精霊の加護を受けるときは精霊を呼び出す必要があるし、ちゃんと感謝もしてくれるもんなんだけど君は一切そう言うの無しだからさ~、僕なんてこっちから結構声かけていたんだよ。ガン無視だったけどね。』
「ほう? 今知ったよ。呼び出すってことは君の姿を意識すればいいのかな?」
『そうそう。やぁ、久しぶり。ギルドで習わなかったかい? 基本中の基本なんだけど。』
姿を現した【時空の精霊】の片割れはこれまでに当夜が受け取ってきた印象そのままに構築される。そこには具現化主である当夜の彼の存在に対する形容しがたい表情のイメージが加わったためか【?】マークの記された仮面を被っている。いずれにせよ、表情を窺い知ることはできなくともその口ぶりから呆れられているということはよくわかる。
「はぁ、...それが習ってないんだな。」
当夜はのんびり屋と言う言葉の代名詞とも言えるギルドの受付嬢の一人レイゼルを思い起こしながら苦笑いを浮かべる。
『はははっ。別にいいんだけどさ。さて、これでどうかな?』
「おおっ。映った、映ったよ。ありがとう。ん、これって!?」
『君たちの世界は本当に凝っているよね。データ量が大きくなりすぎてこっちは大変だよ。まぁ、見る側にはすごい便利なんだろうね。その中に入っていた情報をもとに構築し直してみたよ。』
画面上にやけにリアルに表示された道はアスファルト舗装では無い、石畳のそれだ。周囲の光景すらもデフォルメされてはいるが再現されるという凝りようだ。開発陣がみれば無駄に再現性の高いそれは予算の無駄づかいと非難されただろう。そして、目的地が入力されており、目の前の道を右に右折する詳細な矢印表示までされている。
「すごいや。本当にカーナビ復活だよ。おおっ。ちゃんと異世界版だ。うん、うん。機能もばっちりだ。」
【時空の精霊】は自身が成した偉業を自慢すること無く、できることが当然と言った様子である。もちろん、当夜にも最終的にはカーナビ上に地図情報を反映させることはできただろうが、さすがにカーナビの全機能を当てはめることは難しかっただろう。そう、道案内や予想到着時間の各種機能のことである。さらに、モンスターの位置や人の位置まで表示されるというおまけつきだ。
「ちなみにこの点は何を示しているんだい?」
『ああ。それらは、赤い点が魔物や盗賊と言った君らに害成す存在、青い点は中立もしくは友好的な存在だね。紫の点は君が現在転移できる点だね。』
その中で気になった色の異なる点について【時空の精霊】から答えを得ながら、地図の広域化を繰り返してはこの世界のつくりを確認する。
「なんだこれ。法国の地が大きすぎやしないか。帝国が併合されている?」
『おおっと、こっちに顕現し続けるとマナの消費が激しいから帰るよ。じゃあ、頑張ってね。それとこの兵器はこの世界には刺激が強すぎるから注意してくれよ。』
当夜の独り言にピクリと体を震わせた【時空の精霊】は何か慌てるように帰還の旨を告げてくる。
「あ、やっぱり? なるべく仲間だけを乗せることにするよ。」
『あ、うん。まぁ、そういう意味じゃないんだけど。と言っても今更か。それではお暇するよ。君たちの旅に幸多きことを。』
他人に見られないようにする、そのための青いマーカーなんだけどなぁ、と内心で本音をつぶやきつつ、当夜の常識の基準に溜息をつく少年はこの先彼らを待ち受ける試練に個の想いを馳せつつ姿を晦ます。
当夜の車内に悲鳴や嘆きが響いたのはそのすぐ後のことだった。




