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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
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愛車発進 その2

「お~い。ライナー、二又に差し掛かったんだけど、どちらに行けばいいんだい?」


「...。」


「返事が無い。ただの屍のようだ。

 って、いつまで放心しているんだよ。お~い、おいって。」


 ようやく止まったスタミナ切れを起こさない馬車とは似ても似つかないその檻の中で少女たちはお互いに抱き合っている。そうなった要因の一つは当夜のハンドル捌きにある。カーブでは彼女たちが経験もしたことのないスピードでハンドルを切るため後部座席では幾度となく横転を覚悟させられていた。また、調子に乗った当夜がアクセルをふかした結果、時速120kmを記録したことも大きい。初めは甲高い悲鳴が響いたものだが、今や放心状態で抱き合っている。助手席でその光景を間近に見ていた二人などさらに悲惨だ。

 異世界ともなればGPS等ただのお飾り以外の何物でもない。事実、その画面にはGPSを受信できませんのエラーメッセージが表示されたままだ。

 当夜はフリーズしたナビを叩くことで復旧を図る。かれこれ走り出してまだ30分ほどではあるが、実際問題二又の分岐に差し当たった今となっては是が非でも立ち直っていただかなければならない。だが、シートベル越しに繰り出したパンチは小さな少女を抱きかかえる強張った筋肉に通じる様子は無い。


「あ、あの。トーヤ。少し休憩しませんか? 皆、慣れない乗り物で疲れが出たようですし、だいぶ進んだみたいではありませんか。中の引き手も相当につかれているでしょうから休ませてあげないと。」


 フィルネールが自動車の停止を機に休憩を申し出る。一つはすでに馬車であればすでに休憩を挟むような距離を走破したからだ。もう一つは進むべき道を示すため。そして何より自分たちの精神を癒すために。


「ん? いや、全然疲れてないと思うよ。むしろようやく(エンジンが)温まってきたくらいじゃないかな。いつもこの倍は普通に走るし。」


 フィルネールの考えなどまるで理解できていない当夜が旅の継続を予兆させる言葉で返す。休憩に入るものとばかり予想していたフィルネールの耳に信じがたい内容が届く。


「冗談、ですよね?」

(倍って。ただでさえすでに1日の行程を超えているというのに。)


「?」


 当夜がフィルネールの冗談と言う言葉の指すところを見切りかねていると彼女の明らかに慄いている様子が伝わってくる。


(冗談を言っている目ではない。トーヤにとってこの移動は不思議でないということ?)

「ラ、ライナー様。しっかりしてくださいっ。」


 事態の解決が自身一人では困難であることに早々見切りをつけたフィルネールは同じく年長者であるライナーに助けを求める。


「う゛うっ。フィルネールか? くっ、レムが泡を吹いているではないかっ。まさか、俺たちはもう死んでいるのか?」


「何言ってんだよ。まだちょっとしか走ってないじゃないか。馬鹿なこと言ってないでさっさと道を教えてくれよ。」


 それはお前が強く締めすぎたからだとツッコミを入れたい気持ちを抑えながらようやく現実に戻ったナビ(ライナー)に目的地までのルートを問う。


「ひっ!? トーヤ!? 待ってくれ。せっかくの休息だ。もう少し俺に時間をくれっ。」


 悲壮な表情を浮かべたライナーは気絶するレムを振りながらイヤイヤをする。


「いや、僕は構わないんだけど。急いでいるのは君だろ?」


「いや、それはそうなんだが。これほどだとちょっとな。それにすでに相当な距離を移動したのだろう? 中の引き手も相当息が上がっているだろう。今日はここで休もうではないか。」


「はぁ? さっきからフィルといい、ライナーといい、何を言っているんだい?」


 当夜には二人が口をそろえて同じような心配事を告げる意図が理解できなかった。その違いは自動車の情報量の圧倒的な差が大きな壁となって作り上げたものだ。


「何をってこの自動車にも馬のような引き手が入っているんだろう。どういう生き物か、あれほどの速度で動いているのだから魔物か精霊か知らんが休ませなければならないんだろう?」


「くくくっ。ああ、そういうことかっ。ごめん、ごめん。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。整備もきちんとしているし、こいつにとってはこの距離なんて大した距離じゃないしね。」


 ようやく二人の心配する点に気づいた当夜は自動車の本当の価値を認識することとなる。決して当夜が一度は落胆した程度の価値では無く、まさにオーパーツのごとき異次元の技術であるということを。


「大した距離じゃない? フィルネール、どれだけ進んだんだ?」


「すでに一日分の行程を終えています。半鐘ほどしか過ぎていないのに、です。」


「マジか? よし、今日は休もう!」


 ライナーはフィルネールの言葉の意味を飲み込むのに苦労しながらも間近に迫る危機をとにかく脱するために無意識のうちに口を動かす。


「馬鹿言ってるな! とりあえずどっちに行けばいいんだい? 右、左、どっち?」


 当夜にとってはまだまだ休むような移動では無い。仲間にとっても高が半鐘ほどの移動ではさほど疲れるはずがない。ましてや、馬車とは違って振動も少なく、座席もクッション性に富んでいる。ならば、まだまだ進むべきである。


「右だが...。まさか、このまま行こうとか言わないよな?」


「当たり前じゃん。行くよ。あと、3鐘分は進みたいよね。ちょっと簡単な地図を書いてよ。隣はフィルに代わってもらうから。」


「えっ!? 私、ですか?」


 ライナーと当夜のやり取りを静かに見守っていたフィルネールが目を張りながら二人を見比べる。


「い、嫌だ。書いたら出発するんだろっ。書けるわけがねーだろっ。」


 早くしろと目を細める当夜に対して平静を装うことも忘れた未来の王は子供のように駄々をこねる。あたかもレムが人形のように見えるほどだ。


「ん~。じゃあ、そのまま助手席な。ドライブもいいかもな。」


「わかりました。書きますっ。」


 当夜が非常な言葉を冷たく投げつけると、ドライブという言葉の意味は解らないが自身を窮地に追い込むものであるということを本能で理解したライナーはその言葉を皮切りに即断する。


「ちょ、ちょっとライナー様っ?」


「すまん、フィル。俺は最前席はもう嫌なんだ。」


「フィル、頑張って。」

「ありがとな、フィルネール様。」

「すみません、フィルネール様。よろしくお願いします。」


 ライナーに売られたフィルネールを仲間たちが憐憫の目で見つめる。その目には僅かと言うにはいささか鮮やかに喜色が含まれていた。


「わ、私でなくとも。そ、そうです、レーテルは道に詳しいですよ。御者ですから。」


「い、いいえ。私など大した力はありません。あれほどのスピードについていけるのはフィルネール様を置いて他におりませんっ。」


 話題の人物から突如として渦中の人間に引きこまれたレーテルは全身を使って断わりの返事をする。それも相手の長所を強調することで丁寧さを醸し出しながら。


「まぁ、僕的にもフィルが良いかな。一番ビビってないし。話相手もほしいからね。」


「うぅ、わかりました。」


(トーヤの隣、話し相手...。魅力的だけれどたぶん楽しめる余裕も無いだろうしなぁ。)


 内心わずかな期待を抱きながら仄暗い了承の意を告げる。その一方で同じく淡い期待を抱いたアリスネルであったが、先ほどまでの恐怖が彼女の口を閉ざした。


「すまんな、フィルネール。

 ほら、簡単な地図だ。と言うか【時空の精霊】の加護を受けているなら地図を出せばいいじゃないか。」


 フィルネールがジト目でライナーに抗議の意を伝える。そんな二人の行動などまったく気づく様子も無く、当夜が右手の握り拳を左手の手のひらに一打ちする。


「そ、そうか、その手があったのか。早速カーナビと連動させてみよう。」


「「「「カーナビ?」」」」


 当夜から発せられた聞き慣れない言葉に気絶するレムを除く者たちから同時に上がる。

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