港町ホロスバン その4
当夜たちの行動に目を光らせていたライナーとフィルネールの視界に不穏な動きが映りこむ。それは数名の武装神官たちである。彼らは当夜たちの通り過ぎた広場に駆けて行く。不審に思った二人はレムに当夜たちの尾行を任せて今来た道を引き返す。
「貴様らっ。邪魔だ、邪魔っ。寄るなっ。我ら、国典第5僧兵の邪魔をしたらただでは済まんぞ。我らの宣告をまずは待て。」
広場では神官にふさわしくない品格に劣る強面の男たちが威嚇するように集まる野次馬を追い払う。そうこうしているうちに大理石の石碑が打ち立てられる。遠目からでもその内容がうかがい知れるほど大きな石碑には二人に驚きを禁じ得ないほどのことが記されていた。
「ライナー様。」
「ああ、見えている。しかし、彼らがこのような事件を起こすとは思えないがな。
わかっている。二人には今は伏せておこう。」
フィルネールの目が細まった様子に気づいたライナーが肩をすくめながら二人を悩ませている掲示板の中身と読み違いが無いか目を戻す。途端に大男の一人が厳粛な声で読み上げる。
「下の者、ツアイベーリン大神殿を破損し、【始原の精霊】の御霊を宿す御神像を傷つけたもの。世界の母であり我らの母に牙を向けた大罪人である。アルテフィナ法国はこの者たちに死を以てその罪を雪がせる許しを与える。かの者たちを見つけし者は直ちに近くの神殿または教会に報告せよ。
【道化】を名乗る大罪人 絵のとおり
【吊るし人】を名乗る大罪人 絵のとおり
茶髪、橙色の瞳、小柄の女 絵のとおり
青髪、蒼い瞳、大男 絵のとおり
特に【道化】と【吊るし人】は、大罪人でありながら情報が極めて乏しい。よって、この者たちの情報を与えた者には報奨金として金貨1枚を与える。
以上。」
次の場所を目指すためか国典第5僧兵を名乗る男たちはその場から駆け出す。その様子は暗に一切の質疑も確認も許さないことを示していた。
破格の報酬の記載されたお触れに多くの者たちがその足を止めている。中には写しを取り始める者たちすら現れる。
「こいつは早々に街を離れた方が良いな。法国側には後から訪問しよう。まずはドワーフの王に会うのを優先しよう。」
「それで、それでよろしいのでしょうか。」
「さぁな。だが、俺たちにはどうにもできんのも確かだ。一応、本国に残している信頼できるものに探らせるつもりだ。あわよくば、匿うことも含めてな。」
「そうですね。トーヤも、アリスネルもそれほどの権力を持っているわけではありませんから。」
フィルネールが口元を歪ませて下を向く。
「父上も個人としては保護の方に回ってくれるだろうが、公には法国に従わざるを得ないだろう。だが、トーヤの重要性を理解しているであろうから我が国まで逃げ延びていてくれればどうにかしてくれるだろう。だが、具体的に何をしたのか、何の目的があったのかによっては扱いは変わってくるだろうな。」
クラレスレシア王国での当夜の重要性は高いが、その他の国から見れば名もなき少年に等しい。仮に彼がライトとエレールの後継者であることを知らしめれば早いのだが、その天秤はどう考えても等価では無い。
「ええ。本当にお二人は何を考えているのやら。それに、上の二人とはどのようなつながりがあるのでしょうか。」
(道化。聞き覚えのある名だと思いましたが、そう、ライト様が良く口にしていた名でしたね。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていましたね。)
本来ならば一緒に頭を抱えてくれるはずの年長者はなぜか微笑を浮かべて物思いにふけってしまう。
「俺に聞かれてもな。」
(まったく二人の立場が危うくなったらどうするつもりのやら。故意が無くともあまりに早計に過ぎる。愚か者めっ。)
「まあいい、レーテルに【風の文】を届けさせないとな。いきなりうかがうわけにもいかんからな。」
フィルネールの問いにライナーは心の底から当夜たちの世話人に呪詛の念を送る。そんな裏方で気苦労の絶えない男に同情の念をフィルネールは送るざるを得なかった。
「そうですね。」
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ライナーたちが宿屋に戻ると入り口ではフィルネールに呼び出されたレーテルが待ち構えていた。
「レーテル。先にドワーフの王宛てに謁見の願い出を送ってほしい。」
「はい。しかしながら、先にアルテフィナ法国にご挨拶した方が効率的では?」
「いや、クラレスの再興の資材確保は急がねばならん。ただでさえ、【悪意の紫甲】との戦闘で遅れているからな。それとこれは内密に送ってほしい。おそらくアルテフィナ法国の監視は鋭い。細心の注意を払えよ。」
レーテルが如何にも真っ当な確認をしてくるが、ライナーはそれ以上の問いを許さないと言った雰囲気で押し通そうとする。
「は、はいっ。わかりました。」
ライナーの雰囲気に負けたレーテルが了承の旨を表しながら二人を最上階まで案内する。やがて彼らの部屋に着くと恭しく扉を開く。中にはおなじみの顔が怪訝そうに出迎える。
「お~い。ライナー。レムだけ残してどこほっつき歩いていたんだよ。おかげでカンカンだぞ。見ろよ、怒り疲れてこの寝顔だよ。」
「はっはっは。悪い、悪い。それより今日中にドワーフの国を目指そうと思う。出る準備をしてくれ。」
疲れ切った当夜の顔が呆れに染まっていくのが手に取るようにわかる。まったく以てライナー自身もその表情を浮かべたいのだが、大人の貫録を見せるべく表情を取り繕う。この辺りは王族としての日頃の積み重ねが大きく役になっている。
「ふ~ん。もう出るの? もう少しゆっくりしてもいいじゃない?」
アリスネルが当夜とおそろいのペンダントをいじりながらこともなげに投げかける。その顔には時折喜色が浮かぶ。
「ああ。その様子ならお前たちも十分楽しんだだろう。」
「ん~、まぁね~。」
「だけど補充とか済んでないよ?」
片や関心の所在が会話にない返事と片や本当の意味で旅を案ずる返事がほぼ同時にライナーに届く。どちらの返事も出立に前向きに取れる発言なだけにライナーはそっと胸をなでおろす。
「それならフィルネールとレーテルが済ませている。直、合流するだろう。レムは俺がそっと運ぶか。起きると厄介そうだからな。」
3人は買い物を済ませたフィルネールやレーテルと合流する手はずとなっている東門に向かうのだった。




