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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
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港町ホロスバン その2

(ようやく朝か。マナの扱いにもだいぶ慣れたな。その気になれば僕自身と同じ規模の大きさを維持できるようになった。これをうまく使えば分身とか使い魔とか生み出せるんじゃないか。次はもうちょっと具体的な造形まで頑張ってみるかな。)


 個室を与えられたベットの上に座った当夜は隣に同じく座する白い発光体を眺めながら唸り声を上げる。徐々に人の形を成していく発光体は当夜の姿に近づいていくにつれて揺らぎとも取れるブレを纏うようになる。顔の判断はもちろんそれを人と呼ぶにはあまりに情報量が稚拙といえる。

 当夜は昨夜の洗髪の儀式を乗り越え、疲労の溜まった腕を振るわせながら発光体に向ける。男で髪の短いライナーはともかく、女性陣の長い髪は手入れに時間を要し、裸体に目を向けないように細心の注意を払うことも相まって精神・肉体共に当夜を心底苦しめた。そこに加えてレーテルまでもが加わったのだから目も当てられない。そんな当夜を労わるように伸ばされた腕に人の体を模した発光体が自らの全身で包み込む。やがて、当夜の全身を包むように広がるとその身に溶け込んでいく。


「さぁ、行くか。」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「おはよう、みんな。」


「「おはよう。」」

「おはようございます。」

「おはよう、トーヤ。そういえば、トーヤの部屋から二人分の気配を感じたけど誰かいたの? 居ないのはレムだけ、ってことはあの子?」


 中央のテーブルには宿屋の豪勢な食事が並べられている。席にはライナー、フィルネール、アリスネルが座している。レーテルがその周りで甲斐甲斐しく飲み物を注いで回っている。当夜も席に腰かけてアリスネルの疑問に応えようとしたときだった。中央の現在皆が集まる部屋から分かれる8つの個室のひとつから最後の一人が堂々と扉を開いて軽快な挨拶を飛ばす。


「ん~。おはようさん。みんな早いな~。」


「「「おはよう。」」」

「おはようございます。」

「よう、遅かったな。お前の分まで俺がいただいといたぞ。」


 一つだけ挨拶では無い声がかかると朝のテンションとは思えないレムの大声が響き渡る。


「んな!? なんやて~。」


 紫のポニーテールが宙をかけたかと思うと持ち主の急静止に玉突き衝突を繰り広げる。髪からの苦情を受け付けることもなく、当の主は問題の発言者の襟首をつかみその髪と共に上下させる。


「大丈夫よ、レム。ちゃんと残っているから。それよりトーヤの部屋に居たわけじゃないんだ。ということは誰といたのかしらー。」


 アリスネルがせわしなく動くレムから当夜に対象を移して問いかける。その細められた目は疑惑の色が色濃く反映されている。


「え、ちょっと待ってくれ。僕は誰とも会っていないよ。」


 当夜が冷や汗を浮かべて両手を胸の前で幾度となく交差する。


「嘘。気配が二人分あったもん。」


「アリス姐さん、ひょっとして一日中監視しているん? ありえへんやろ~。」


 レムが冗談交じりに二人を囃し立てる。その前には涙目で吐き気を抑えるライナーの姿があった。 


「か、監視じゃないよ。見守っているだけだよ。だって、私の知らないところで何かあったらいやだもん。」


 アリスネルがさも当然と言った表情で胸を張る中、当夜を含めた残りの大多数が否定的な声を上げる。


「さすがにちょっとやり過ぎだな。」


「そやね、ウチもそこまで重いとちょっとなぁ。」


「同感ですね。いくらトーヤのことを想っていてもそれはちょっと、」


「ま、まぁ、心配してくれているのは嬉しいけど...、ね?」


「う、うぅ。」


 仲間たちのみならず本人からもあからさまな難色を示したことにアリスネルが拗ね気味に下を向く。


「そうだな。よし、トーヤっ。今日一日、二人で過ごしてみて何もないことを証明すればいいんだよ。そうすれば少しは安心できるよな、アリス?」


 ライナーが重たくなった空気を払しょくすべく、当夜の負担を軽減する効果も兼ねた一案を講ずる。彼の案は、アリスネルの心象を支配する当夜の喪失の疑似体験から来た不安を取り去るきっかけを作ろうとしたものに見える。実際にそんなことで当夜を襲うかもしれない危険を排除することなど出来ないことは不可能なのだが、彼女の心の負荷を少しでも薄めてくれる効果はあるのかもしれないと当夜は思う。ライナーの心の奥底で期待する真の目的に気づかないまま。


「う、うん!」


 アリスネルの表情にひまわりの花が咲いたような眩しさが戻る。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「なぜ私たちがこのようなことをしているのですか?」


 フィルネールがライナーとレムの手を肩で支えながら上から二人の様子を楽しげに覗き見る二人に問いかける。


「ん? だって面白、もとい、気になるだろ。何か危ないことがあるかもしれないだろ。」


「そうやで。二人だけでは解決できへんようなことも起こるやもしれんし。それにフィルネール様かて気になるやろ。二人の様子。」


 安全なことで有名なアルテフィナ法国において心配するようなことなど起こり得るのかとフィルネールは首を傾げる。アルテフィナ法国は殺人や強盗などの悪事に異様なほどに厳しく、また、魔物と呼ばれる存在もまったく認められない。同時に高度な魔法医療が整っており、病気や怪我による死は無いに等しい。そのためこの国は他国に比べて異様なほどに人口密度が高いのだ。

 それでも気にならないかと問われれば彼女もそれなりに興味を引かれるところである。


「ですが。...まぁ、そうですね。遠くから見守るくらいなら...。」


 フィルネールが睨み上げていた二人から当夜たちに移し、最後に右下に向けられる。その動きを目ざとく捉えていたレムが憎らしい笑顔を向ける。


「ふひひひ。もっと素直になってもええんやで。」


「レム殿!」


「わかっとる、わかっとる。」


 大声で抗議するフィルネールの口を軽く押さえながらレムが二人に気づかれていないかをうかがう。幸いなことに気づかれていないようだ。いつの間にか次なる観察地に場を移したライナーが二人に前進するように手招きする。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「さて、どこに行こうか?」


 当夜の問いにアリスネルはどこか遠くにあるカンニングペーパーを覗き見るように見当ちがいな返しをつぶやく。


「う、うん。最初は明るい感じで楽しく。後半はムードを高めて弱弱しく。最後は繊細でありながら大胆に。」


 それは今回のデートを設定してくれた愛のキューピットたるライナーからもたらされた格言でもある。


「ア、アリス?」


「ひゃい!? ど、どうしたの、トーヤ?」


 当夜がアリスネルの手を握った瞬間、彼女の体が大きく跳ね上がる。当夜は目を大きく見開きながら出だしの問いを投げかけ直す。


「い、いやどこに行こうかって。」


「そ、そうだったね。あ、アアイウトコロニイッテミタイナ~。」


 アリスネルがハッとしたとまさに表現すべき顔で一つの建物を指しながら片言で答える。如何にも自身の意思が込められていないその言葉に当夜は首を傾げながらその店をみる。


「う~ん? へ~、百貨店かぁ。面白そうだね。アリスは何かほしいものでもあるの?」


「お、思い出に残るもの、とか?」

(トーヤと二人だけの想い出の欠片になるような温かいものがほしいなぁ。指輪とか。えへへへ。)


「思い出に残るものか。お土産品とかあるかなぁ。」

(お土産を行きに買っちゃうのはどうかな。まぁ、買うならなるべく小物の方がいいと思うんだよね。今回はアリスだけにして帰りにお世話になった人の分を買うのが無難かな。よし、今日は帰りの土産購入の参考にしておこう。)


 当夜とアリスネルは二人の間に若干の温度差を残したまま店内に入っていく。

 二人が5階建ての豪華な彫刻に飾られた大理石の建築物に入っていく。そんな二人の後を追うように3つの人影が一段として潜り込む。

 一階フロアには旅行者向けの土産屋がいくつも配されていて如何にも空港のショッピングブースのようだ。店員がシスターであることを除けばだが。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「へぇ、いろいろなものが売っているんだね。」


 二人でいくつかの店を見て歩く。アルテフィナ法国名物のバームクーヘンがどこの店にも大部分を占めるように売られている。南国に位置するホロスバンに似つかわしくない食べ物が当夜の目に留まる。


「これってまさか、シュネーバル? なっ、まんまかよ。」


 かつて当夜がドイツに旅行に出た時に出会った不可思議なお菓子だ。平打ち麺をまとめて油で揚げたボールに砂糖をまぶして出来上がった雪玉だ。


「トーヤ、知っているの?」


「ん? ああ、そういえばこっちの世界に雪ってあるのかな?」


「雪? 確か、【氷の精霊】の加護が強い北方の国の一部で稀に降るらしいね。それがどうかしたの?」


「そっか、一応は降るんだね。こっちは温かいからなぁ。おおっと話が反れたね。ほら、この砂糖の白さが雪を集めてボールを作った時の姿に似ているからね。」


「へぇ、そうなんだ。ここって南国なんのにね。変なの。」


「そうなのかい? 私も長いことこれを商売にさせてもらっているけどそんな説は初めて聞いたよ。」


 話に割り込んできた売り子のシスターは興味深げに二人の様子を覗き込んでいた。


「ははは。えっとシスターさんはどういう風に教わっているんですか?」


「んー。私が聞いたのは高価な白砂糖をたくさんあるように誤魔化すためって聞いたけどね。まぁ、あんたたちも騙されたと思って食べていきな。ほら。」


 シスターがシュネーバルもどきを一つ差し出す。当夜は受け取ると二人でどう分けるかを思案する。そんな当夜の努力を無為にするようにアリスネルが大口開けて当夜の手に飛びかかる。さくっと音を立てて半分ほどが無くなる。


「えへへ。へっほうボフュームあふね。ホーヤも食へなほ。」


 アリスネルが口の中にシュネーバルを広げてリスのように頬を膨らめて当夜に期待するようなまなざしを向ける。当夜は一度生唾を飲み込むと食べかけのそれを口に頬り込む。どこか懐かしい食べ応えだったが味の方を楽しむ余裕は無かった。何しろ彼女の熱い視線が当夜の味覚を奪っていく。


「まぁ、うまかったね。」


 アリスネルの視界から逃げるように斜め上を向きながらつぶやく当夜の一言に満足したアリスネルは満面の笑みを浮かべる。


「まぁ、まぁ。お嬢ちゃんは大胆ね。あんたもラッキーだね。どうだい、お嬢ちゃんのお味は?」


 このシスター、まさに巷のおばちゃんである。実際問題、彼女の年齢は40歳を優に過ぎている、まさにおばちゃんである。若気の至りを囃し立てる彼女は周囲の関心を集める十分なボリュームで当夜に商品以外の感想を求める。


「...。ご馳走様!」


 ゆでだこのように赤面した当夜はアリスネルの手を握るとその場から駆け出す。アリスネルはそんな当夜の顔を見つめながらクスッと笑うのだった。

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