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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
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港町ホロスバン その1

 アルテフィナ法国の港町、ホロスバン。

 多くのシスターや司祭が行き交うこの場所は、アルテフィナ法国にとってエキルシェールに散らばる国々の教会や神殿に彼らを送り込む重要な街である。白亜のレンガ造りの町並みに、漆喰による化粧を施すなどのオルピス以上に丁寧に造られた港には様々な国の船が整然と並んでいる。船に乗り込む者の中には当然のことながら紅い十字模様のアルテフィナ法国の紋章の刻まれた白いローブの姿が目立っている。だが、それすら凌ぐ勢いで様々な国の衣装をまとう人の動きがある。そう、この街は一大観光地でもあるのだ。


「うわぁ、何やこの街は? ライナー、見てみい、あの建物を。すっごい高いでぇ。」


 レムが指さす先にはいくつもの5階建てほどの住居が立つ。それは地球では一般的なマンションのような建造物であり、複数の世帯が一つの建物に住んでいる。これは一つの世帯で一つの持ち家を成すことが一般的なエキルシェールでは異様な光景だ。異様な光景といえばもう一つ、石畳では無く舗装された道に敷設された金属質のレールである。その上を蒸気機関を搭載した列車が走っていることである。旅行者が一様に驚く光景でもある。


「人が乗っとる? なんや、あの乗り物は。」


「落ち着け、レム。まぁ、俺も始めてきたときはそんな感じだったか。お? トーヤはそんなに驚かないんだな?」


 列車に突撃しそうなレムをライナーが掴み上げる。レムの足が宙をかける。ライナーはそんなレムの足の動きを鬱陶しそうに腕を伸ばして遠ざけると腕を組んで考え込む当夜の姿に目を留める。


「いや、驚いているよ。」

(これは一昔前の日本の都市の姿に近いレベルだ。それにしても、クラレスレシアの首都と比べても文明が発展し過ぎている。王国やクラレスもそれほど田舎ってわけでもないはずだけど。)


「そうか、そうか。だが、首都のアルテフィナはもっとすごいぞ。あそこはもっとわけわからん魔法が常に働いているからな。俺にはさっぱりわからなかったが、王国お抱えの観測師でもまるで理解できなかったそうだ。」


「ふ~ん。」


 当夜はライナーの言葉を半ば聞き流して文明の落差について思案し始める。そんな当夜を現実に引き戻すかのように仲間たちが行動を再開する。


「そんなことより早よ行こうや。」


 レムが子供が親の袖を引っ張りながらアトラクションを目指すようにライナーを引き攣れて駅のホームに向かっていく。


「さぁ、私たちも行きましょう。まずは宿屋ですね。」


「そうね。トーヤにはみんなの頭を洗うって言う崇高なる使命が待っているものね。」


「え? あれって冗談だったんだよね? ...アリス? フィル? ちょっと~、お二人さ~ん?」


 先を行くレムとライナーを追うように足取り軽く進んでいく二人に声をかけながら当夜は小走りに追いかける。その後を追うレーテルがクスリと笑う。


 駅二つを飛び越えて降りた小さくない通りにあるアーチ状の構造を足とする建物の前に5人の姿があった。レムが大きく背を反らせながら代表して評価を下す。


「えっらい高そうな宿やね。」


 建物は大理石を磨き上げた石材を中心に組み上げられた建物で内部にはパイプオルガンが整備された教会を模したフロントが配されている。5階建ての建物の2から4階までは客室で都合6人組が60組は泊まれるほどだ。また、最上階には特別な階級の客層の泊まれるいわゆるVIPルームがある。 


「皆さん、最上階の部屋を取りましたので、どうぞ上にお進みください。」


「悪いな、レーテル。さぁ、行こう。」


 当夜を最後尾にホテルと言うべき宿屋に足を進める。そんな当夜の耳にどこかで聞いたような声が響く。同時に悪寒にも襲われる。それはその声があからさまに不機嫌であるからだけでは無い。


「くっ。私としたことが。お前たちも何をしていた!」


「「「申し訳ありません!」」」


「!?」


 当夜が通りを振り返ると金に輝く鎧を身にまとう如何にも高貴な身なりの少女が怒りに染まった表情で長い金髪をたなびかせて駆けてくる。その後方を司祭服を鬱陶しそうにまくりながら走る10名ほどの集団が追いかける。瞬く間にその一行は当夜の横を通りすぎる。

 その先頭に位置する少女が当夜の真横を通り過ぎたその時、その体に鮮明な記憶の奔流と共に強烈な衝撃が走る。


(あいつは!? そ、そうだっ。確かクラレスの図書館で...。フレイアとか名乗っていたような、)


「ん?」


 その集団は当夜たちを気に留めること無く過ぎ去ったが、その先頭を行く少女は急制動をかけて止まり、振り返る。当夜の黒い瞳とフレイアの紅い瞳が対面する。


「な!?」

(見つかった!?)


「ふん。」

(件の異世界人か。今はどうでもよい。それより盟主様だ。ご無事を確認せねばっ。)


 あらゆる存在を射殺すような、すべてを否定するかのような残酷な色に塗りつぶされた少女の眼光が当夜を貫く。当夜の驚きの表情を確認するまでも無く、前方を振り向き直したフレイアは当夜への関心など元からなかったと言わんばかりに駆け出していく。それも当然である。フレイアからしてみれば当夜は取るに足らない小さな存在であり、逆にこの世界の当夜からすればフレイアなど知る由も無い相手なのだから。だが、当夜には彼女に対する忌まわしい記憶が一方的にあるのだ。


「———ふぅ。」

(危なかった。いや、向こうは僕を知るはずがないか。とはいえあんな危険な奴に近づくなんて頼まれたってするもんか。アルテフィナ法国に居るみたいだし、気を付けないと。)


 当夜は噴き出る汗をぬぐい、ただ安堵するよりほかなかった。そして、当夜にとっては因縁ある相手との接点がこの法国で交わらないことを祈るのだった。


 フロントから響く懐かしさすら感じるレムの声に誘われて巨大なパイプオルガンに挟まれた通路を進む。当夜たち一向が突き当りで止まると突如として扉が開く。自動ドアだ。


「な、なんやこれ? 扉が勝手に開いたで。」


「魔法、かしら?」


「中に人はいないみたいですね。」


「くっくっく。驚いたようだな、諸君。これがジドウドアなのだよ。」


 女性陣が驚きの声を上げる脇から自動ドアの開いた先の小部屋に足を進めたライナーは悪戯っぽくかつ自慢げにその名称を告げる。そして、


「では、俺は一足先に向かおう。諸君。頭をひねって我が高みまで来るが良い。」


と威厳を込めているのか卑下しているのかわからない言葉を残して上階へとその身を進める。


「ラ、ライナー? ウチを置いてってどないするんや?」


「しかし、これはどうしたものでしょうか?」


「魔法で呼び出すのよ。きっとそう! 問題はどこに魔法陣が隠されているかね。」


「...あの、皆様。それは、」


「一つしかないなら上層まで上がったのが戻ってくるまで待たないといけないね。ああ、呼び出しボタンもあるじゃん。まんま、エレベーターだね。」


 レーテルが苦笑いを浮かべて説明を行おうとする横から当夜が柱脇にある上向きのボタンを押す。


「さすがトーヤやね。ライナーのドアホ。後でガツンとしごたるわ。」


「あれは依然来た時に誰かにやられた口ですね。」


「きっとね。本当に器がちっさい。」


 女性陣が次期国王を散々に貶している間に昇降機の降りる音が徐々に大きくなってくる。やがて、音が止むと通路を照らす光の間が再び姿を現す。当夜がまずは乗り込み操作盤の位置を確認すると開閉ボタンを操作して開き続けるように指示を出す。


「ほら、早く乗りなよ。」


 当夜の呼び込みにレーテル、レム、フィルネール、アリスネルの順に乗り込む。狭い室内のせいか入り口付近の操作盤前に陣取った当夜はぎゅうぎゅうと音が鳴るように押しつぶされる。


「ちょ、ちょっと。多い、多いよ。ボタン操作がしにくいって。二手に分かれよう。」


「そ、そんなこと言ったって。操作できるのトーヤぐらいでしょ。いいから早く動かしてよ。」


 アリスネルが不安を声に乗せて当夜に現状維持のまま事を進めるよう命令を下す。


「え、えーと、」


 レーテルが奥の壁際から声を絞り出そうとするが、レムの悲痛な声に塗りつぶされる。


「そうやで。ウチだけ残されるなんて嫌や。さっさと動かして~な。」


「ったく、もう。」


「あ、あの、」


 操作盤に手を運ぶ当夜の動きにレーテルが自分なら操作できますと分乗を訴えるべく再び声を上げようとする。 


「やぁあっ、ト、トーヤ。変なところ触らないでくださいっ。」


 当夜の腕がフィルネールの体に触れたらしく小さな悲鳴と抗議の声が上がり、すべてを解決するはずの救いの声を覆い隠す。


「ト~~ヤ~~っ。」


 閉まる扉の音すらもかき消すアリスネルの怒声がフィルネールの壁を飛び越えて当夜に感情の刃を突き立てる。


「いや、フィル、ごめん。って言っても操作するのに体を動かさないと無理だって。アリス~。」


 2階に到達した際のわずかな揺れが再び当夜とフィルネールの体を接触させる。


「ひゃぁっ!」


「う゛ぅ~~。」


「だからわざとじゃないんだって~。」


 5階までは残り3回の衝撃が待ち伏せている。

 ここでアリスネルが行動に出る。モゾモゾと狭い空間のわずかな隙間を埋めながら当夜とフィルネールの間に自らの体を割り込ませる。


「これ以上はさせないんだから。フィルは私が守る!」


「ちょ、ちょっと、アリス~。そ、そこは触れないでください! ひゃぁ、く、くすぐったいですって。」


「お、おい、アリス。暴れるなよ。エレベーターが壊れたらどうするんだよ。」


 どうにかこうにかフィルネールと位置を改めたアリスネルは当夜に密着すると顔を赤らめてその空間を埋める。


「もう、狭いんだからくっつかないと迷惑だものね。しょうがないよね。本当は嫌なんだけど。」


「...アリス姐さん。」


「な、何よ。」


「匂い、抑えんとまずいで。バレバレやで。」


 狭い部屋だけに広がるのは早かった。甘ったるい香りが部屋中を埋め尽くす。


「ち、違うの。その、これは、」


「うん。甘い香りで良かったよ。」

(体臭が、加齢臭が、とか言われたらマジで凹んだよ。)


「えっ? それって、」

(私を異性として認めてくれたってことよね。脈ありってことだよね。)


「お、お前ら何やってんの?」


 アリスネルが確認を取ろうとしたところでドアが開く。そこには目を見開くライナーと宿屋の主人の姿があった。彼らの目には乱れた衣服に上気して息を乱す少女たちと押し倒された少年の泥沼の愛憎劇の縮図とも揶揄されるものだった。

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