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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
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滅びの贄 その2

 灰の月13日、当夜たちがフーレに向かう道すがら盗賊の強襲を受けた翌日、帝都では得体のしれない疫病が蔓延し始める。それは、難攻不落の城内から始まった。狂気に囚われて若き命を散らした少女たちの肉体を苗床に急速に城内から帝都に広まり始める。

 その病は、数日の潜伏期間は一切の症状が見られず、ある日を境に急激なだるさを覚える。やがて、感染者は強烈な眩暈による吐き気と共にマインドダウンを頻繁に繰り返すようになる。さらに進行すると、四肢から腐敗が進み、最終的に中枢部を侵されて死に至る。だが、この病の恐ろしさはここで終わらない。その遺体は生ける屍(リビングデット)として徘徊を始めて住民を襲うようになった。家族や親友、知人の死を悼んでいた肉親、知古の者を当の本人が襲うという悲劇が繰り返されるようになる。

 あまりに早い疫病の拡散は広大なグランダール帝国全域をその魔の手で包み込むのに一月とかからなかった。

 疫病の発生源たる帝都は、腐臭と紫の瘴気に飲まれ、生き物の気配一つ残されていなかった。運悪く、飛来した渡り鳥など僅かな傷口から瞬時に毒され、ものの数秒で命を落として腐敗してしまったほどだ。

 帝王の去ったグランダール帝国はまさに阿鼻叫喚の地獄と化した。さらにその悪夢に拍車をかけた事件が起こる。噂を聞きつけた辺境の少なくない集団が他国への避難をすべく国境に詰めかけた時のこと、アルテフィナ法国の使者を名乗る者たちがハーメルンの笛吹よろしく彼らを帝国に新しく建立されたという教会や神殿に連れ去ってしまうのであった。結果、【原始の精霊】を主と盲信する才ある者だけが神殿や教会といった瘴気から隔絶された安全地帯に囲い込まれ、その他の者たちはそのまま死の霧の中へと放り出される。前者は信者として自己犠牲を美徳して受け入れてその身を差し出し、後者は再び隣国に助けを求めて引き返すも次々と疫病に毒されて魔物の如くなり下がる。支援や調査のために訪れる隣国の人々を巻き込みながら。画して、世界の救い手と謳われたアルテフィナ法国によって大陸随一の強豪国は蹂躙されたのだった。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 時はさらに一月ほど流れ、白の月17日、当夜が【悪意の紫甲】との戦いによって地球に強制送還されてからエキルシェールに戻ったその日、帝都を追い出された帝王とその一行は広大な帝国領の縁辺までたどり着いた。道中、襲撃されること100を超える。中には明らかに帝国領の民の姿が混じっていることとその力は決して人のそれとは信じがたい力であったことは彼らを危機に幾度となく陥れた。確かにアルテフィナ法国によって正式発表された今回の疫病の発生源にターペレットら逃亡者の名が上がっているが、向かってくるのは世界最強と名高い王に刃向うとは到底思えない年端もいかない少女達ばかりである。

 襲撃のたびに大きくその身を傷つけられる同志たちの姿にターペレットは目を細める。


(逃亡生活も飽きたな。目的達成に近づくかと放置してみたが手段が気にくわんな。これなら近道などせずにあの場で全員滅して遠回りを選ぶべきだったか。不可解なのは負の感情がこれほど周囲を満たしているのにこちらに一切の恩恵がないことだ。それどこらか消耗が著しくひどい。)


「居たっ。」


 ターペレットが疑問を浮かべ、問題の解決を図ろうと思案し始めると見越したように襲撃が繰り返される。弓を片手にこちらに狙いを絞る少女はあらゆる体液を流し、足は傷つくのも恐れず行軍してきたためについたとみられる擦り傷や打撲痕でひどいありさまであった。


「ちっ。追手か。本当にしつこい奴らだ。」


 ゲーペッドが放たれた矢を撃ち落としながら次の矢を番える少女の首を落とす。血を吹きあげながら坂を転げ落ちる顔には狂気の笑みが張り付いている。


「悪意の塊であるはずのあたしが気味悪く感じるなんて相当いかれてやがる。」


 レントメリの引き攣った声をさらに聞き取りづらくする物音が響く。追手は当然のように一人では無いようだ。


「相当性格の悪い奴が指揮しているようだな。休ませる隙すら与えてくれないらしい。だが、やつらの数の戦力にも限界があるようだな。所詮は人の体だ。先ほどの奴も足はほとんど動かない様子だった。もう少し頑張ればどうにかなる。」


 ターペレットが冷静に戦況を分析する。逆に言えば目の前の事態の分析をこなすだけで精いっぱいとも言える。彼らもまた想像以上に追い詰められていた。


「二手に分かれるぞ。ターペレットとレントメリ、トグメルは南に向かえ、俺は北に向かう。合流はドワーフの国だ。俺はちょいと工作して引きつけ役に回る。こういうのは俺の方が向いているからな。」


「しょーがないね。」


「わかったよ。死ぬんじゃないよ、ゲーペッド。」


「ゲーペッド、...お前。」


 ゲーペッドが来た道に一瞬目を向けたかと思うと再び3人に向けてニヒルな笑みを浮かべる。ゲーペッドは北方を、3人は南方にそれぞれ舵をとる。

 程無くして、無秩序な爆発音がターペレットらの後方で響く。一向に鳴りやまないその戦闘音はその戦いの苛烈さを雄弁に物語っていた。やがて静まり返る後方を不安げに振り返るトグメルがレントメリの背中をきつく掴む。普段なら荒い言葉遣いで注意するレントメリだが、今の彼女にはその余裕はない。


「どうやら、分かれた意味なかったみたいだわね。」


 手にゲーペットのものとみられる魔核を握りながら前方で待ち構える金色の装備に彩られた赤目の少女が待ち構えていたのだから。やがて、フレイアはその手に握られた魔核を何の躊躇も無く砕き散らす。タンザナイトのような青紫色の煌めく小片が瞬く間に蒸発する。ターペレットがそのマナの動きを捉える。


「貴様の望むとおり彼は無事【星喰】に取り込まれたみたいだな。しかし、腑に落ちんな。別に我らを食わせんでも今の【星喰】ならば世界を、この星を滅ぼせるはずだ。これ以上大きくしたところで何も意味などないはずだが。」


「ふふふ。所詮、貴方もこの星の中での存在。その先や異世界という概念を持ちえない貴方がたでは理解できないでしょうね。お父様の意思を継ぐ我らの考えは。」


「お父様? それが俺が半分違えた答えと言うわけか。だが、貴様らに目的があるように我らにも目的がある。ここで消えるつもりは無い。」


「目的? クククッ。我らを生み出した世界に復讐を!ってやつかしら? だとしたら向ける怒りの矛先を間違えちゃったかもね。アハハハッ。貴方たちが生まれるように仕組んだのは私たちなのよ。だって、自然に起こる不幸や災いなんて待ってられないもの。そう思うでしょ?」


「おまえぇぇぇええぇぇっ!」


 飛びかかろうとするトグメルの肩を掴むとそのままレントメリに投げ渡す。


「レントメリ、フランベルのもとに下れ。ここは俺に任せろ。こいつには聞きたいこともある。」


 ターペレットが誰よりも前に踏み出ている。ここまでお供の3人に任せてきた帝王が自らその重い腰を上げた。


「ターペレット! あたしもっ、」


 レントメリがトグメルを背中に乗せたまま一歩踏み出そうとするがターペレットの異様なまでの殺気に意思と反して脚が地に降りことを避けようとする。トグメルに至っては顔色を青ざめて震えあがっている。


「お前たちがいると足手まといだ。さっさと去れ!」


「あらあら、冷たい王様だこと。」


 フレイアが愉快そうに茶化して挑発を繰り返す。彼女は他人のもっとも嫌う言葉を探すのに長けていた。


「っ、貴様!」


 レントメリが恐怖に震える体に無理やりいうことを利かせよう全身の血管を浮き上がらせながらその足を前に踏み出す。


「レントメリ!」


 ターペレットの叱りつけるような一言に踏み出した一歩を大きく超える後ずさりを強いられる。


「わ、わかったわっ。あんたも必ず合流するんだよ!」


 一気に駆け出すレントメリを追うようにフレイアが手で合図を後方の部隊に送る。だが、彼女たちが動くことは無い。すでに押しつぶされた血と肉の塊がフレイアの背後に広がっている。


「ふん。やってくれるわね。使い捨てとは言え集めるのも結構大変なのよ。」


「それは悪いことをしたな。さて、我が問いに答えてもらうぞ、小娘。」


 ターペレットの体を覆うマントが翻り、その体に漆黒の鱗が瞬く間に生え始める。手を地にかざすと全身にまとう鱗と同色のすべてを飲み込むような禍々しい大剣が現れる。宙に浮く大剣は主が掴むと全ての生き物の生を求めるようにマナを奪い始める。

 荒野と化した森に漆黒と黄金の鬼神のみが立つ。


「悪いけど私の方がお姉さんよ、坊や。」


 ふぅ、と溜息を吐きながら少女は黄金の剣をシャランと音立てて振るう。その切っ先上に大地の裂け目が生まれる。

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