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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
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滅びの贄 その1

「神殿がこれほどまで力を得ていようとは。忌々しい奴らめ。」


 もとより低音の声にさらに重みを増したレントメリの声が仲間内に内容を伝えた後に雨音によって地に落とされる。四足を使って地を駆けるケンタウロスを彷彿とさせる女性の足取りはいささか重い。もちろん雨にぬかるんだ足場に勢いを奪われているのもあるが、原因はそれだけではない。彼女の肉体には真新しい鋭い傷跡が幾重にも刻まれている。


「だがこれは異常だ。ただの人間が精霊と互角の力を持つなどあってはならんことだ。それとあの吸血鬼め、不可思議なことを言いやがって。」


「ゲーペッド、あいつの言ってた‘消耗品は消耗品らしく主のために使われて消えなさい’ってどういうことだよ! あいつめ、僕らのことを下に見てやがった。どう見たってあいつの方が格下だろっ。」


 額に有角を誇らしげに生やす目つきの悪い青年が毒づきながらこの事態を作った者たちに苛立ちを募らせる。レントメリの背中で揺れる少年は、背中に刺さった6本目の矢を引き抜くと苦悶の表情を浮かべてその時の光景を思い出し、ゲーペッドに同調して一人の存在に怒りを募らせる。


「馬鹿っ。そんなことよりさっさとこの国からずらかるよ。

 ターペレット、これで王国を脱するわけだけどこれからどうするのさ?」


 ただ一人無傷の青年は顎に手を添えて考え込むそぶりを見せる。


「第一にアルテフィナ法国に近寄るのはまずいな。第二にグエンダール帝国は負の感情に支配されていながら我らに恩恵が一切ない。よって、とても戻れる状況にない。第三にクラレスレシア王国は帝都を通らねばいけない。これも不可能。第四、ともすればドワーフの国に紛れ込むよりほかあるまい。」


 追い詰められた状況の中、青年とは思えぬほど落ち着いた声で限られた答えを導く。


「あの汗臭い国か。とはいえ、それも止むを得んか。」


 ゲーペッドのつぶやきにトグメルが小さく笑う。


「僕らには似合わないんだけどなぁ。」



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ことは40日ほど前、当夜がクラレスの図書館で不思議な体験をする数日前、グエンダール帝国にアルテフィナ法国の使節団が訪れる。彼らを代表した神官の道衣を身にまとう金髪赤眼の少女は片膝をつきながら頭を上げる。彼女の向かいには1段が1m近い8段の階段状の登りがあり、左右に臣下が控える最上階に真紅の飾り椅子に深く腰掛ける紫の髪の美丈夫が冷たい視線を投げかける。やがて、皮肉を込めた言葉をどの国もが恐れる国の使者に投げつける。


「これは、これは、遠路はるばるアルテフィナ法国から我が帝国にご挨拶のためにご足労いただけるとは痛み入る。我が帝国には教会も神殿も不要であると常々伝えているはずだが。」


「それはよく存じておりますわ。ですが、」


「では、去れ。我らが帝国に指図するな。」


 使節団の長がいつも通りの口上を始める前に精悍な人狼族を模したゲーペッドがかぶせるように重ねる。


「フフフ。調子に乗るなよ、小僧。すでに盟主様の計画は条件を満たした。そろそろ貴方たちは鍵として役立ってもらわないといけないわね。使い捨ての、ね。」


 地に付けたひざを上げると服装を整え、顔を下に向けたまま呟くように冷たい声を出す。途端に広間に濃密なマナの気配が漂う。凄まじいマナの奔流に呑み込まれた兵士たちが気を失い始める。


「何なのさ、あんた。喧嘩売ってんの? 帝国があんたらをビビってことを構えないなんて思っていんのかい。」


 レントメリが漂うマナをかき消すように足を一歩踏み出す。爆発に似た轟音が城内に木霊する。気付け薬を投げつけられたように気絶して兵士が起き上がり、自身がなぜ飛び起きる事態になったのかを把握するために辺りを見渡している。


「アハハッ。そうじゃないわ。単に消耗品は消耗品らしく主のために使われて消えなさいってだけよ。」


 冷淡な雰囲気から一転、何がおかしいのか神官は陽気に一国の王を消耗品扱いする。今度は帝国側から暗く冷たい空気が漂い始める。


「あんたねーー!」


「待て。フレイア殿、貴女は我らを道具と評する。だれの道具だというのだ? 君たちの敬拝する【原始の精霊】か?」


 まさに火ぶたを切って落とすレントメリの叫びに神官が口角を釣り上げる。剣が、槍が、その身を抜かれんとするその時に押し黙っていた帝王が口を開く。


「まぁ、半分正解ですね。流石は最も警戒すべき魔人さんね。すばらしいわ。」


 仰々しく驚いて見せるフレイアは挑戦的な紅い瞳をターペレットに射る。対する金緑色の瞳が鋭く細まると薄い笑いと共にその主は身を乗り出す。


「それすら知るか。目的は何だ。」


「だから言っているでしょう? 貴方たちが愛してやまない【星喰】の糧にね。」


「なぜその存在を知っている?」


 鋭い怒気が放たれる。神官服が風も無いのに大きく揺らめく。後方のほかの神官やシスターが悲鳴を上げる。だが、放たれた当の本人は至って愉快そうに快活に笑い、魔人たちのみならず彼らの天敵すら小馬鹿にし始める。


「ハハ、アハハハッ。なぜって、それはそーでしょ。だって、あれは私たちが作ったシステムですもの。貴方たちは私たちの計算の中の誤差みたいなものなのよ。でもね、誤差が大きくなればなるほど計画が遅れちゃうの。だから、修正が必要でしょ。これまでは異世界人の力を利用していたのだけど今回は役立ちそうにないし。」


「ふん、何言ってんのか理解に苦しむね。まるであんたは僕らの生みの親とでも言いたげじゃん。んなわけねーじゃん。こいつ、殺していいでしょ?」


 小人族に扮するトグメルが得物の投げナイフでジャグリングを開始する。その顔には凍り付くほどの殺気が張り付いている。


「...。」

(ここまでは彼のいう通りか。ともすれば...。)


「お、おい。ターペレット。何黙っているんだよ。もういい、やっちまえ、トグメル。」


 ターペレットの不動の様子にゲーペットが慌てて声をかけるが、普段の彼らしからぬ判断の遅延が生じる。変わってゲーペットが独断で許可を下す。仮にターペレットの意にそぐわないものであれば本人が止めるだろう。


「あいよ。死ね。」


 言質を取ったトグメルの短剣が目にも留まらぬ速さでフレイアののど元に迫る。彼得意の【マジックナイフ】である。フレイアが撃ち落とそうと黄金に輝く剣を振るう。その斬撃も高速であって金の糸が舞うような残像が残る。金と銀の線が交わる寸前、銀の閃きが急降下する。彼女の胸を貫くように。しかし、苦痛の音を上げたのは少年の方であった。


「うぐぅっ。いったい何が?」


 トグメルのナイフは彼女の神官服を確かに貫いたがその先に隠れた鎧によって阻まれる。折しも二人の紡いだ金と銀の煌めきと酷似した輝きを放つそれは不変を司るほどに理不尽な防御力を誇る。同時に、ナイフをはじき出せなかった金の閃きは斬撃なって弾丸のようにトグメルの身を抉る。


「さっさと役に立って消えなさい。さぁ、先制攻撃を仕掛けたのは帝国です。思う存分、盟主と我らが精霊のために魔人を滅するのです。」


 穿った体から噴き出る穢れたマナを抑え込むように膝をつくトグメルの首に剣を添えるとフレイアは鬼の首を取ったかのように勝鬨を上げる。その声に押されて可憐なシスターたちが次々と矢が帝王に向けて放たれる。その威力たるや上級魔法の直撃を受けてもびくともしない城壁をいともたやすく貫く。よく見ればその目は狂気に染まり、真っ赤に血走り、弓を引く手は自らの血に赤く染まっている。


「「「あああああぁぁぁぁぁ!」」」


「ちっ。」


 ゲーペットが体中に矢を浴びながらも捨て身の突撃を繰り出すことで身を引いたフレイアからトグメルを救出する。その手を掴んだレントメリがUの字を描きながらターペレットの背後の窓を突き破って落下する。その反対の手で未だ考え込むターペレットを掴みながら。


「逃げ足の速いこと。魔人は皆殺しにしなさい。人民は苗床にして構わないわ。私はクラレスに向かう。世界樹が芽吹いたとか噂があるし、念のため異世界人の様子も確認しておきたいし。」

(場合によっては処理しなければならないわね。魔人の処理はできない力量と聞くし、封印(せん)を強化できるなら利用価値はあるけど無ければなおさらね。)


 フレイアは魔核を砕かれて滅び始めた魔人の亡骸と精神崩壊を来し血の涙を流して果てる力なきシスターに平等な一瞥をくれると側近の一人に言づける。


「了解しました。お戻りは?」


「そうね。一か月ほど空けて戻るわ。せいぜい、我らが主を落胆させないようにね。」


 冷たく言い放つフレイアにその側近も無機質に答える。

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