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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
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再会

「トーヤ、トーヤっ。会いたかったよぉ。」


 アリスネルの甘えた声が背後からライナーの背を打つ。ライナーはアリスネルがとうとう壊れたものと判断してそのまま振り返ること無く足を進める。ただ、彼の肩は不自然に上がり、きつく握られた拳からは赤い雫が滴る。


「アリス? どうして、どうしてこんなボロボロに。何があったの?」


「トーヤ、トーヤぁああぁ!」


「っまさか!」


 その声はまさに彼らが求めていながら二度と手の届かないところに去ったはずだった。だが、確かにライナーの耳にも届いた。まさに当夜の声だった。振り返ったライナーの目に飛び込んだ少年は、アリスネルに抱き付かれて不安げにアリスネルの傷み切った髪を優しく撫でていた。アリスネルが大粒の涙を流してただただ当夜の名を呼び続ける。まるで当夜が再び目の前から消えるのを恐れるかのように。そんなアリスネルにどう対応して良いものか判断しきれないその姿はややもすれば大胆不敵な当夜の姿と離れて見えるが、みすぼらしく変わり果てたアリスネルを一瞬で認めてその身を案じる姿はまさに当夜そのものであった。


「トーヤ、トーヤぁぁ。」


「大丈夫、大丈夫だから。」


「トーヤ、なのか?」


 ライナーもまた、自身の声が当夜と言うかすれた存在を吹き飛ばすのではないかと恐れていることにその震える声と差し出された手が触れることを躊躇っていることで気づく。


「ああ、ライナー、戻るのが遅くなったみたいだね。ごめん。」


 ライナーの危惧とは裏腹に、答える当夜の声は明るく存在の確かさを主張している。


「ハハッ、ハハハ。トーヤ、本当にお前なんだな。良いさ、いくら遅くなろうと帰ってきたなら何の問題も無い。それで、体は大丈夫なのか?」


「まぁ、まだ安静にしていたいな。今も立っているのがきつい。」


 そう言うなり当夜は膝をつく。まだまだ絶対安静にあるべき状態の当夜は息を荒げ始める。アリスネルが当夜の前に回り込むと抱きしめるように支える。しかしながら、彼女の体は細くやせ細り、到底当夜を支えることなど出来なかった。当夜に押し倒される形で仰向けに崩れ落ちる。当夜もまた彼女を庇うように体をひねる。2人は肩から地面に倒れこむが、寸でのところでライナーの手がその間を埋める。


「ふ~。帰ってくるなりハラハラさせやがって。アリス、これなら町に戻っても大丈夫だよな?」


「うん!」


 アリスネルが弱った体と対照的な満面の笑みを湛えて頷く。

 村に着くとレムが駆け寄ってくる。レムはライナーの腕で眠るアリスネルを見て安堵の溜息をつくなり薄布を弱った彼女にかける。


「あ、お帰り。アリス姐さんを説得できたんや。良かった。」


「まぁな。それより朗報だ。もう一人も連れ戻ったぞ。」


「ん? 誰や? レーテルか?」


 ライナーが背中を傾けて当夜の顔を見えるようにレムの目線近くまで下げる。当夜が罰が悪そうに乾いた笑いを吐き出す。


「え? ええ!? 嘘? トーヤ、トーヤなん?」


「やあ、レム。元気してた?」


「な、何が‘元気してた?’や! 心配かけて、ほんまに。アホ、生きてるんなら何で早よ連絡よこさなかったんや。アホッ。おかげでアリス姐さんがこないに弱ってしもうたんやで!」


 レムが連呼するアホの言葉が重く当夜にのしかかる。普段の彼女の言葉は訛りのせいもあって少し小馬鹿に感じるうえに彼女の幼さが醸し出す稚拙さも相まって当夜には軽く感じることばかりだったが、この時ばかりは迫力が違っていた。


「それはすまなかったね。一応、これでも急いで戻ったつもりだったんだけどね。」


「アホッ!」


 レムが当夜の頭に殴り掛かるが、急停止すると頭を撫でて泣き始める。


「ホンマに良かった。生きててよかった。良かったよぉ。」


「ふふふ。お帰りなさい。トーヤ。」


 レムの頭を軽くたたく当夜にフィルネールの落ち着いた声がかかる。 


「フィルはそんなに驚かないんだね。」


「ええ。貴方なら生きていると信じていましたから。マナに包まれてどこかに転移したように見えましたからね。きっと無事だと、」


 当夜が内心でその強さに感心しながらもどこか寂しさを感じたときだった。ふと、言葉に詰まったフィルネールを見ると涙が頬を伝って勢いよく流れていた。


「はっ。あぁ、おかしいですね。うぅ、予想通りだったんですよ。ですけど、なぜだか涙が止まりません。どうして?

 そ、そうです。トーヤが遅すぎたのが悪いんですから。本当に遅かったじゃないですか。もうっ。」


 涙を誤魔化すように言い募るが一向に留まる気配の無い感情にフィルネールは半ば八つ当たりという形で当夜に想いをぶつける。


「アハハハ。」


 彼女の想いを受け取った当夜は出だしに感じた寂しさを吹き飛ばすように笑う。


「笑い事じゃないですよ。本当に心配させてっ。」


 フィルネールが頬を膨らめて心からの不満を露わにする。


「ごめんね。いや、何だが本当に帰ってきて良かったなって思えたんだ。これで良かったんだよね。」


「当たり前なこと言わないでください。」


「よし、みんな、言いたいこと聞きたいことも山ほどあるだろうが、2人をまずは休ませよう。これで悪化させたら目も当てられん。」


 ライナーが当夜を背負い直す。フィルネールが顔を赤らめながら俯く。そんなフィルネールの行動が可愛らしく当夜は思わず顔を綻ばせる。


「す、すみません。私としたことが...。」


「いや、僕は何だか新鮮で良かったけどね。」


「トーヤ! 貴方はもっと反省しなさい!」


 フィルネールの珍しく怒った姿に軽い笑いを抑えられない当夜に再び鋭いまなざしを向けたフィルネールであったが、すぐに心からの笑みで応える。また少し距離が縮んだ気がした当夜であった。

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