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世界を渡る石  作者: 非常口
第4章 渡界4週目
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【悪意の紫甲】迎撃戦 1

「トーヤっ。あれはまさか?」


 港にはすでに多くの人だかりが沖合に浮かぶドーム状の物体に向けて訝しげな表情を浮かべて囁き合っている。そんな中からアリスネル、ライナーとレム、レーテルの順で当夜とフィルネールを取り囲むように集まる。


「ライナー。みんなも集まっているね。

 あぁ、間違いない。奴だ。どうやらこの島の住民が目当てらしい。」


「それってどういうことなの? 何かわかっているなら教えて。」


「ああ。まずひとつ。敵の毒は人体からマナを乖離させるものである可能性が高い。次に侵入方法は傷口からと思われる。そこに注意しなければならない。

 あいつは乖離したマナを栄養源にしている。魔物の海域が出来上がったのもあいつが追い立てたためだと思うんだ。そして、今度はこの島の住民のマナが狙われたってわけだ。」


「小さな傷が命取りになるか。このまま陸上戦に持ち込んだほうがいいんじゃないか?」


「それこそ島が全滅だよ。なるべく潜り込まれないような浅瀬で戦った方がいいんじゃないか。」


 ライナーの提案に当夜が周りの住民たちの震える様子を見渡しながら代案を出す。


「ですが、それでは船の動きが抑制されます。」


「任せとけ。ギリギリのところで戦域をキープしてやる。奴さんは待ってくれねぇ。急いで出るぞ。」


 議論が平行線を描こうとする中、船長であるガーランドが議論を遮るように決意を燃やす。

 船員たちもこうなることを予期していたのかすでに乗り込み始めている。最後尾となった当夜たち一向もまた男たちから甲板に向かって梯子を駆け上がる。思い出したように当夜は降りるとアリスネルに危機感を持って告げる。


「アリス! 君は残るんだ。」


「嫌っ。トーヤの話の内容からエルフは特に危ないのはわかっているわ。だけど、みんなが死ねば、結局は私も同じよ。それにあれだけの魔物だもの、戦力は多いほうがいいに決まってる。」


 アリスネルは当夜の話したわずかな情報からいち早く自身の危うさを理解していたが除け者にされることを恐れて頑として首を縦に振らない。そこにあるのは当夜の隣に立てるものとして意地である。


「おい! 早くしろ。出ちまうぞ。」


 一向に上がってこない当夜たちをせかすようにガーランドがまくしたてる。


「今、行きます。」


「くっ。あ~もう、無理はしないでくれよっ。」


 アリスネルは当夜の願いに返事することなく上がっていく。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「相手の体が船の下に潜り込めるほどの深さまで進むんじゃねーぞ。ギリギリの深さを狙え。エルフは遠距離魔法で奴の体力を削れ。背後をとるように動け。間違っても鋏の間合いに入るなよ。」


 ガーランドが徐々に大きくなる紫のドームに目を向けながら甲板と船内に向けて指示を飛ばす。


「みなさん。小さな傷でも毒がまかれる前に治療してください。そこから侵入されます。毒がまかれるより先に絶対に直してください。」


 当夜もまたガーランドに次いで船員たちに指示という名のお願いをする。


「「「「「わかった。」」」」



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 出港後、5分もせずに戦いの幕が切って落とされる。

 エルフたちが魔法の射程に入るや否や数々の風の矢を紫の背甲に雨のごとく降らせる。だが、それは背甲に傷一つ付けることができない。悠然と近づいてくる杉石を思わせる紫の巨大なドームに飛び出た3つのこぶに紅い光がそれぞれ点る。巨大な黒い二又の鋏が一対海上を割って現れ、当夜たちをその黒光りする凶器で威嚇する。


「来るぞ!」


 巨大な鋏が船体を掠めて空を切る。だが、掠めた壁には【黒の硬木】で守られていることを忘れさせるほどに鋭い裂け目が走っている。


「後方に回り込めっ。エルフども、もっと本気出せ! 死にてぇのか!?」


 ガーランドの喝にエルフたちが長い詠唱に入る。そんな彼らをしり目にアリスネルが出港から温めてきたエルフたちですら驚愕するほど高位の風魔法を紡ぎあげる。


「舞えっ。【スピリチュアルテンペスト】!」


 【風の精霊】を模した鮮やかなクリソプレースのような不透明な緑の光の繭玉が【悪意の紫甲】の周囲を舞うと、高速で渦を作り始める。高速で舞う緑の玉はさながら糸がほどけるように細い光の筋へと姿を変える。しばらくして、緑の光の粒が昇華すると、かき乱されていた波が船へと押し寄せて当夜たちを激しく揺さぶる。波の中心では傷一つなかった紫甲に無数の傷が入り、スコルダイトのような毒々しい青紫の体液がにじんでいた。


「っ...浅い。」

「突き立てよ、【ライトニングスウィープ】!」


 アリスネルの落胆するような声にかぶせる形で緑の光が奏でる轟音の中詠唱を進めたフィルネールの高位魔法が文字通り炸裂する。いつの間にか空を覆っていた鉛色の雲が割れ、目を開けていられないような白く輝く巨大な剣が高速で落下する。浅いとはいえ傷を負った背甲に容赦なく突き刺さる。瞬間、すべてのものが視界を失い、爆音とともに降りかかる水しぶきによってその視界を取り戻す。


 アリスネルとフィルネールが飛沫を浴びただけとは思えないほど濡れている。どうやら相当な疲弊を伴う魔法であったようだ。対する相手は大きな亀裂を甲羅に生じてドクドクと体液を海に流し込んでいる。


「マインドダウンの間際まで絞ったのですが、とどめを刺しきれませんでした。」


 彼女たちの健闘を無駄にしまいと残りのエルフたちも次々と魔法を打ち込む。どうやら【悪意の紫甲】は思わぬ反抗に防御態勢に移行したようである。ひたすらに沈黙を守っている。


「どう、なの?」


「二人とも早くこれを。」


 倦怠感を表情に浮かべたアリスネルとフィルネールに当夜は【マナの雫】を手渡す。

 戦場から3人が目を離した内に戦況が大きく変わる。エルフたちの放つ魔法は水面をいたずらにかき乱してガーランドら指揮者の目を狂わせていたのだった。ライナーがその異変に気づくまで皆、勝利を確信していた。


「おい、船長! あの甲羅、中身が無いんじゃないか!?」


「そんな馬鹿な!? 撃ち方止め。止めろって言ってんだろうが!」


 皆、騎士団やギルドを壊滅に追いやった魔物を前に出し惜しみをするわけもなく、ガーランドの指示に耳を傾けようとしない。ガーランドの威圧が解き放たれて場の空気が凍り付くまで風魔法の攻撃が止むことはなかった。

 静まり返った甲板の縁でガーランドが大きく揺れる海面を見つめると途端に顔色を青くし、船内に通じるパイプに向かって声を荒げる。


「右、全速前進。

 全員、衝撃に備えろ! けが人は直ちに治療の準備を、」


 船体が急激に傾いて進路を変更し、船長が声を張りあげた瞬間だった。船体の正面にサソリの化け物が姿を現す。【悪意の紫甲】は、偶然にも脱皮の直前だった。彼のものは古い殻をおとりに、背甲の薄い身体を活かして人知れず底伝いに移動し、船の櫓の動きを観察していた。騎士団やギルドとの戦略的な戦闘を経験した彼にとって、慌てて進路変更を行うその船はもはや詰んでいると言って過言ではなかった。そのまま彼のものはいち早く船首をとれる位置に回り込んだのだった。

 振り上げられる巨大な鋏。一人を除いて誰もがスローモーションを見るかのようにその動きを目で追っていた。


 船体に黒い鋏が突き刺さる直前だった。

 

ガギィーーーーン


 船首から巨大な【波切銛】が打ち出される。

 船体が大きく揺れ、船体に鋏の半分が埋まる。悲鳴がそこら中から響き、少なくない漕ぎ手が命を失う。けが人も出た。だが、それは誰もが予想した結果よりも軽微な被害だった。鋏はそれ以上動くことなく宙に浮いている。本体と切断されていたのだ。


『ギィィジャーーーー!』


 聞いたこともない高音と低音が入り混じるその悲鳴は【波切銛】にその身を貫かれた【悪意の紫甲】から放たれたものであった。皆の視線が魔物の動向にくぎ付けになる。【悪意の紫甲】は青紫の体液で海を濁らせながらうねりもがいている。折れた【波切銛】が体から抜け落ちる。この光景の立役者を探そうと発射台にその目線が集まる。そこにいたのはレムに支えられながら息を荒くする病床に伏しているはずのフライムであった。


「フライム!? 君、どうしてここに?」


「同じ過ちはしないって誓ったんです。僕を守ってくれたあの人たちに。」


 当夜の問いに怒りから安堵に感情を移しながら小人族の少年は笑顔で答えた。

 だが、彼らに感傷の暇を与えることなく次なる試練が訪れる。海を染める青紫の帯が次第に船に接近してきているのだ。見張りの一人がそれに気づき、船長が後進を指示するが、仲間を失い混乱に陥った漕ぎ手たちがうまく機能しない。

 船首の【波切銛】を警戒してか、側面から顔を出した【悪意の紫甲】は尾部を海上に突き出し、船の内外に紫色の毒霧を吹きかける。動けない船は一瞬にして悪霧の中に囚われる。


「早く船を動かせ! 死にたくなければ全速前進しろ!」


 船長の声だけが響く。ほかの者たちは皆、息を止めて毒の霧を吸い込まないようにするほかなかった。

 当夜と隣にいたアリスネルもまた、そうした者たちと同類である。

 怪我を直ちに塞いでしまう当夜たちの対策によってなかなかマナを得られない【悪意の紫甲】がついに動いた。彼が狙ったのは最もマナの保有量が高いアリスネルであった。

 振り落とされた鋏がアリスネルの目前で霧を分けて迫る。アリスネルの顔に驚愕と恐怖が色濃く表れる。そんな彼女をかばうように一つの影が覆いかぶさる。まさにフライムをかばったシスターのように。

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