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世界を渡る石  作者: 非常口
第4章 渡界4週目
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見えない影

 ソルフ島の長老の家隣りの小さな教会に小人族を抱えた当夜は誘導される。オルピスよりも日差しの強いソルフ島のシスターは白地のローブと対照的に小麦色に日焼けしている。そんな彼女たちかつて無いほどの被害を被った騎士団の怪我人を介抱して回る。村人たちがそれほど多くは無い治療薬をかき集める。当夜がアイテムボックスから治療薬を取り出そうとしたところでライナーに肩を掴まれて止められる。


「よせ、トーヤ。気持ちはわかるが、ここで消費すればこちらが危うくなる。補充すら怪しくなる雰囲気だ。温存しておけ。」


「わかっているよ。だけど、真に僕らに必要なのは情報だ。彼らをここまで追い詰めた存在の情報は治療薬数本では代えられない価値があると思うんだ。それに後味悪い中ではパフォーマンスも落ちるってもんだよ。」


「むっ、お前のいうことも一理あるがな。だが、余裕を持っておけよ。あれだけの被害だ。件の相手と戦闘になれば情報がいくらあってもこちらにも大きな被害が出るのは明らかだ。」


「そうだね。気を付ける。

 すみません。シスターさん、こちらを使ってください。」


「あ、ありがとうございます!」


 パーマの効いた髪を弾ませながら、普段なら人懐こい顔を浮かべているであろうそのシスターはふくよかな体を揺らしながら患者の下へ駆けて行く。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その日のうちに16名の救助者が教会に運び込まれたのだが、シスターらの懸命の治療も虚しく多くの者たちは驚異的な致死性を持った毒により死に至り、たったの6名のみがその命をつなぐことができたのみだった。そこには当夜の提供した高品位の治療薬のみが効果を呈し、その他のありとあらゆる治療が意味をなさなかった。その上、その高品位の治療薬ですら意味を成したのはかすり傷程度の怪我を負った者に限られるという驚愕の事実まで認められた。


 ヤシ油が燃えるランプの光に当夜達の姿が陰影を大きくつけて映る。彼らは大破した騎士団船から得た受け入れがたいいくつかの情報を持ってテーブルを囲む。


「まさかここまでとはね。正直、予想外だったよ。」


「ああ。これは本国に応援を依頼するしかないな。」


 ライナーが当夜の意見に同調しながらすべての行程を白紙に戻すかのような発言をする。彼にとっても国王の命である故郷の復興よりも優先せざるを得ないほどに危機感を抱かせる内容であった。


「ええ。意識の戻った者の話では、相手は巨大な甲羅を背負った蠍のような魔物だったとのことです。それと、すでに第3海上騎士団は全滅、冒険者の部隊は2艘が壊滅、1艘は行方不明とのことです。」


 フィルネールが得た情報では相手は正確な大きさこそわからないが騎士団船を超えるほどの巨大であり、紫の甲羅を有していることや蠍のような体のつくりであったことがわかっている。


「そうですか。情報がやはり少ないですね。蠍型か。毒、もそこから来たのか。」

(まぁ、毒の効果が僕らに出なかったのは不幸中の幸いかな。)


「残念ながらそこまでは。話の途中で意識を失ってしまいましたので。そのほかに打ち上がった船体からわかったことは斬撃による死者が約30名、毒による死者は約30名、記録上では残りの約30名が行方不明です。おそらく海に落ちたか、喰われたのか、というところでしょう。」


 フィルネールの美しい顔もこの薄明りでは淡々と語られる話の内容も相まって不気味に感じられる。


「う゛ぅ。」


 搬送されていく腐乱した遺体の山を目にしてしまったレムはどうやらその光景を思い出してしまったようだ。口を押えて涙ぐむ。


「レム、お前は席を外せ。」


「い、嫌や。みんなの傍がいい。」


 ライナーの気遣いは空を切り、レムはライナーに飛びつくと涙目で上目遣いに真剣な眼差しで見つめ続ける。ライナーは頭をガシガシと掻きながら残りの仲間を見回す。


「他にわかったことはあるの? 無いならここでお開きにしましょ。詳しい話は明日意識を戻した者から聞きだせば良いでしょ。闇雲にレムを怖がらせる必要はないわ。」


「アリス姐さん...。」


「行こ、レム。私が一緒に寝てあげる。」


「はい...。」


 レムの瞳が女神を見るかのような尊敬と畏敬のまなざしに染まる。ライナーの腕をあっさりと離したレムはアリスネルの腰に腕を回して後方に抱き付きながら寝室に向かっていく。ライナーが自らの腕を見つめながら寂しそうな表情を浮かべる。

 アリスネルが当夜にウインクして見せる。どうやら、レムを席から離すために一肌脱いだようだ。


「では、トーヤ、貴方の意見をお願いします。その顔からするといくつか思い当たることがあるのでしょう?」


 レムが寝室に入った気配を感じとったフィルネールが話を本筋に戻す。


「ああ、船体の中央にある巨大な裂け目は件の魔物の突きによるものだと思う。遺体の倒れる向きがそれを物語っていた。だとしたら、飛んでもなく巨大で鋭利な武器を持っているということになる。それこそ【黒の硬木】はもちろん、鋼鉄の鎧も意味をなさないほどの威力を併せ持っていることになる。

 後は毒だけど、これもまた意味が解らない。後から入った僕らには影響はなかったから持続性は無いと思うけど、体内に入った場合は遅延性の効果を発揮している。死亡例を見たけど体中の至る所で内出血になっていた。おそらく体内のあらゆる場所で起きていたと思われる。それともう一つ、明らかに崩壊の進んだ外傷があることが共通しているんだ。これらのことから、この毒は傷口から侵入する特性を持ち、体内に入ると血液に運ばれて組織を破壊するんじゃないかなと思う。ただ、遺体を解剖したわけじゃないから何とも言えないけどね。それに気になるのはどの患者も恐ろしいほどに痩せこけていたのと腐敗が急速に進んでいることだ。おかげで異常に体が脆くなっていた。

 まぁ、結論としては、正直、物理的に戦闘を挑むのは得策では無いとしか言えないね。戦闘は避けるべき相手だ。」


 当夜がここまでに得られた情報を総合して見えない相手に最大限の賛辞を送る。


「ほう。」

「はぁ。」


「何? 二人ともどうしたのさ。」


「いえ、トーヤは医学に通じていたのですね。驚きました。」


 どことなくてれ恥ずかしそうに当夜は顔を反らす。

 と、自信ありげに語った当夜であるが、実際にはいくつかの誤認がある。

 その一つが毒の効果である。その効果の実態は、マナの乖離を促進するものである。この世界の住民はすべて、マナを体の主要な構成要素としている。それこそ、当夜の体に付いたテリスールの血液がマナの無い地球上では蒸散するほど体の組織との結合は強力だ。つまり、死者の多くは傷口から自然吸収力を大きく上回るマナの放出が起こったことによって体組織の維持ができなくなっていたのである。そして、それは乖離速度よりも強い回復力を高品位な治療薬のみが効果を発揮した所以である。だが、それによって救われた者でさえ悪夢のような恐怖、すなわち効果が切れた瞬間から動き出すマナの乖離に際悩まされていくことになる。そう、その毒は恐ろしいほどの持続性を持っているのだ。まさにこの世界の住人にとっての猛毒である。だが、当夜のように体を構成する要素にマナの無い者やその回復力の高い者には効果が薄いのである。


「問題は本国からの討伐隊の到着を待ってから出発するか、やっこさんとの遭遇を避けながら進むかだな。」


「僕は後者を進めるよ。」


「そうですね。私もその方がよろしいかと。」


「わかっている。わかっているんだが、俺は出来る限り早く先に進みたいのだ。どうにかならないだろうか。」


「事情があるのは何となくわかっているけど命あっての物種だよ。それにこの旅は僕らだけでは無い、いろんな人たちの命がかかっているんだ。簡単には先に進めないよ。」


 当夜のぶつけた覆しようがない事実がライナーの次なる言葉を抑え込む。沈黙が流れる。


「でしたら、船長に意見を乞うというのはいかがですか? ねぇ、ガーランド船長?」


 戸が開き、レーテルが背後に船長を率いて現れる。


「嬢ちゃんも無茶を言うな。オヤジさん、そっくりだ。特に打算的なところがな。」


「で、どうなんですか? オルピスが誇る最強の船乗りの意見は?」


 最強と言う言葉にフィルネールとガーランドの耳がピクリと反応する。


「無理じゃねぇ。だが、危険は相当だ。相手はおそらく【悪意の紫甲】だな。かつて伝説上の魔物として神話に描かれる化け物だ。俺の威圧もただの撒き餌にしかならねぇだろうよ。」


 【悪意の紫甲】は悪事を働いた海の精霊が堕ちた姿とされ、【戦の精霊】によって討伐されたと云われる魔神である。その力は海辺の人々に恐怖と畏怖を与え続け、その精霊同士の戦いは3日に及び、8つの村がその余波によって滅びたとされる。


「無理じゃないそうです。」


 海辺の都市でなくとも有名なその伝記をまったく意に介さずにレーテルはガーランドの出だしの意地の一言を復唱する。


「俺の話、ちゃんと聞いてたか?」


 ガーランドが頭を無遠慮に掻きながらレーテルをにらみつける。


「ならば船長、是非に頼む。トーヤも。」


 レーテルが一瞬たじろぎ、威圧負けしそうになるところでライナーがすかさず形勢を立て直そうと頼み込む。ライナーを王族と知るガーランドは否定的な意見を紡ぐことができなくなる。代わりにもう一人意見を求められた当夜に託したように目線を送る。


「いや、僕に頼まれても。明日、みんなで話あおう。船長は自信ありってことでさ。」


「坊主、てめぇまで...。」


「自信無いんだ?」


「ああ!? わかった。その安い喧嘩、買ってやるよ。船員は俺が説いてやる。後はてめぇら次第だ。死んだって責任とれねーぞ。精々、よく考えな。」


 当夜が目を細めて挑発的な言葉を送ると、プライドを逆撫でられたガーランドが顔を紅潮させて大きな足音と共に部屋を出ていく。だが、戸の先では猛禽類を思わせる鋭い笑みを浮かべているのだった。


「はぁ。」

(煽っておいてなんだけど、無理なら無理って言ってほしかったな。)

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