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世界を渡る石  作者: 非常口
第4章 渡界4週目
173/325

凄惨たる騎士団船

表現に一部凄惨な表現が含まれます。

ご注意ください。

 出航から3日、陸地から離れれば離れるほどに発生する魔物との会敵。クラーケンとの戦闘はすでに3回、1日に一度の戦いがあった計算だ。すでに多くの乗組員たちが怪我や疲労に苛まされている。

 船内の食堂では当夜達が同じ味に飽き始めた食事をとり始める。クラーケンとの戦闘により食材のいくつかが駄目になったため食事内容が同じものに限られてしまったのだ。現在は豆のトマトスープ煮のようなものと黒パン、そして時折釣られる魚の焼き物だ。


「船長。カーレス岩礁帯を抜けました。おそらく、次のソルフ島が戦闘海域前の最後の休憩点になるかと。寄港の許可を。」


「よし。客人も急ぎの旅だろうが、万全の体勢を整るためにも少し寄らせてもらうぞ。」


 見張りからの伝言に頷くと、船長であるガーランドが当夜達に寄港の申し入れを行う。ライナーが当夜に目配せで確認をとる。当夜の了承の意味を込めた頷きにライナーが代表者として返答する。


「ああ。わかった。それでどれくらいの間滞在するんだ。」


「そうだな。予定よりも遅れているがこの先の戦闘を考えると1日半はほしいな。食事もさすがに毎日これではきついだろ?」


「ほんま堪忍や~。ライナー、1日半とは言わず2日は休もうや~。」


「そうね。私もきちんと水浴びしたいわ。」


「そうですね。乗組員にも結構な被害が出ているようですし。このまま焦って出るのは危険かと思います。」


「そうだね。僕もみんなに賛成だな。討伐隊の動向も気になるし、ちょっと長めに準備時間をとろうよ。」


「そうか。わかった。では、ガーランド船長、2日で発とう。それまでに準備を整えてくれ。」


「すまんな。急いでいるのに。」


「いや、たどり着けなければ何の意味も無いさ。だが、クラレス復興のかかった任務があるのだ。そのことは重々承知しておいてくれ。」


「わかってますぜ。船首をソルフ島に向けよ。これより寄港する。戦闘は極力避けよ。」


「了解です。」



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 無事、戦闘を行うこと無くソルフ島の港に入る。ソルフ島は豊かな海産資源と航海の中継地として繁栄してきた長径10kmほどの海山島嶼である。今回のように魔物の群れが現れていなければ、数多くの船舶が港を埋め尽くしているはずである。しかし、現在はそのせいもあってか小さな漁船以外に姿がない。

 接岸すると多くの住民が駆け寄ってくる。どうやら仕事を求めて押し寄せたようだ。船長と町の長老が折衝を始める。すぐさま話はついたようで、十数人が船内に乗り込んでくる。そのうちに負傷者が真っ先に運ばれていく。後から乗り込んできた別のグループは壊れた資材やゴミの搬出に出入りする。また、職人風の男たちが外装の修理に汗を流す。さらに、年端もいかないような少年少女が船内の清掃を始める。

 程無くして役人による臨検も終わり、実りの世代に到達したような落ち着いた女性が当夜達の前に現れる。


「大変な船旅だったでしょう。宿にご案内いたしますので、どうぞこちらに。」


 案内に従って船を降りた時だった。甲板から子供達が大声を上げて海に向かって何かを叫んでいる。当夜はその様子が気になり、船体を回り込んで海の見える位置からその方向に目をやる。そこにあったものは亡霊船とでも表現されるほどに損壊した大型の船であった。


「あれは?」


「まさか、あれは。間違いありません、第2海上騎士団の船です。確か第3海上騎士団も一緒のはず。被害が大きくて先に戻ったのでしょうか。」


「ちょっと待て。あの勢いでこの港に入れるのか。」


 船は猛スピードで島に近づいてくるが、その進路の先には港は無い。騎士団の船はそのまま減速すること無く、大きく船体が海底と擦れる音を立てながら港から100mほど西側に座礁する。だが、幸いなことに乗り上げた先は砂浜であり、木製の船は完全破壊されること無く打ちあがる。船体の軋むような大音の後は一転して波の打ち寄せる平穏な音のみが続く。兵士たちの声も響かず、その静寂と唐突な出来事に皆が唖然としていた。

 やがて、当夜の隣にいたフィルネールが顔色を変えて騎士団の船に駆け寄る。当夜もまたフィルネールの後を追う。つられるようにアリスネル、ライナー、レムが駆け寄ってくる。

 船体にはいくつもの亀裂が走り、ここまで無事にたどりつけたことが奇蹟的であることを物語っている。詳しく見れば当夜達の船と同じく【黒の硬木】で作られたその強固な船は巨大な刀で切られたかのように真横に一筋の切れ目が走っている。そこからは黒い船体のせいでわかりづらいのだが海風でも洗いきれないほどの血がべったりと垂れている。

 フィルネールが信じられないような跳躍で10m以上もある甲板まで飛び乗る。


「マジか。フィルネールは本当にスゲーな。」


「ありえへん。人や無いで...。」


「ふん。」


 アリスネルが対抗心剥き出しで風の魔法を発動する。一瞬にして甲板まで舞い上がる。

 その頃、当夜は人知れず転移により真横に薙ぎ払われた切れ目の先にたどり着いていた。


「う゛ぁ゛っ。」


 転移と同時に当夜の吐き気を引きだしたのは異臭、そして異常なまでの凄惨な遺体の山であった。そこは漕ぎ手が配された場所であった。船体の割れ目から差しこむ光が胸で真っ二つにされた獣人や頭部を欠損するドワーフの体を照らし出す。それらのむごたらしい体は深く切り込まれた船内に向かって倒れこんでいた。そこには頑丈な金属性の鎧も、分厚く強固な筋肉も、まるで意味をなさなかったことが示されていた。


「だ、誰かいませんか?」


 当夜は空間把握を全開にしているのだが、そのあまりの状況に精神が不安定となり魔法がうまく発動しない。あまりに静かな船内と惨状、そしてまだ潜伏しているかもしれないこの悲劇を引き起こした敵の存在の恐怖が当夜の心拍数を大きく上昇させる。


「トーヤ、そこに居るの?」


「アリス? うん、今は漕ぎ手のいた部屋にいる。だけど、こっちには来ない方がいい! そっちに誰か生存者はいないか?」


 アリスネルが甲板から降りてこようとするのを制するように当夜が声を張り上げる。アリスネルは当夜の声に踏み下ろした足を引き上げる。


「フィルが6人ほど生存者を見つけたの。一度、町に戻るからトーヤも戻ってきて。」


「わかった。でも、もう少し調べてからいくよ。ちなみに魔物の気配が残っていたりする?」


「え? だって、トーヤなら...。う、ううん。いないみたい。でも、十分注意してね。」


 アリスネルのいる甲板にも広がる船内から湧きあがる匂いに彼女自身も下の惨状を理解する。同時に当夜の心情もまた理解する。


「ありがとう。わかった。」


 当夜はその足をさらに進めて反対側の漕ぎ手の様子を確認する。やはりそこには岸辺側と同じく絶望的な光景が広がっていた。当夜は両手を合わせて一礼すると詳細を確認する。大きな違いはどの遺体も岸辺側とは真逆に海側に倒れこんでいる事だった。どうやら相手は横に薙いだわけでは無く、突きと評する攻撃によってこの惨状を引き起こしたと考えられる。どうやら相手の得物はとんでもない大物となる。もちろんその全体もだが。

 粗方検分すると、中央の部屋を覗き込む。切れ間からではほとんど見えるものは無いが、強烈な異臭だけは変わらず当夜の鼻をつく。空気の流れが鈍い分、余計に強く感じる。やむなく、船首側のひしゃげた扉を蹴破る。猛烈な腐臭とおびただしいハエが飛び交う。思わず当夜は顔をそむける。そこには給仕係や救護係として集められたであろう料理人やシスターと思われる死体が散乱していた。だが、その体は蛆虫によって多くを荒らされて判別はつかない。悲しみは無いのに涙があふれ出す。

 そんな当夜の体に飛びつく者が一人。それは全身を血まみれにした小人族の少年だった。痛みこそないが突然の衝撃に大いに慌てた当夜は尻もちをついて倒れる。少年はそのまま当夜の体に泣きついてすがる。


「助けてください。助けてください。」


「よかった。生存者がもう一人いたのですね。」


 背後からかかる心から安心できる声に勇気を貰ってその震える存在に目を移す。白い髪は地色なのかストレスから来たものか。だがそのほとんどは赤黒く染まっている。その髪が小刻みに震えるほどに全身を引き攣りながら少年は泣いていた。


「だ、大丈夫だよ。君は一体何者...。気を失ったみたいだね。

 フィル、僕は彼を宿まで運ぶよ。君はどうする?」


 小人族の少年は当夜に向かって突っ伏したまま意識を失った。おそらくは助かったことに対する安堵が緊張の糸を切ってしまったのだろう。聞きたいことは山ほどあるが、この惨状をどうにか生き延びた彼にいま問うのは酷と言うものだろう。その小さな頭を撫でながら当夜は彼をその恐怖の場所からいち早く離すために立ち上がる。


「そうですね。私はもう少し生存者を探してみます。どうか、彼をお願いします。」


「うん。ごめん、後は任せる。」


「お気になさらず。これは騎士団のことですから。」


 暗い船内でも彼女の笑顔は鮮明に見えた気がした。取り急ぎ、当夜は小人族の少年を両腕で抱えるとそのまま船の外に転移する。

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