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世界を渡る石  作者: 非常口
第4章 渡界4週目
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出航 その2

 第2突堤に見るからに他の船と一線を画する船舶が一艘接岸している。この世界では戦艦と呼ばれるものでも木製である。ただし、木と言ってもただの木材から世界樹の木材まで様々だ。材質によっては鉄の船よりも強固である。目下、当夜達の前に浮かぶ帆船は【黒の硬木】と呼ばれる世界樹に次いで硬い特殊な材木で補強されていた。


「まさか【黒の硬木】で固めるとはな。どれだけ注ぎこんだんだ。」


「まぁ、安くは無いな。だが、トーヤの金と会長の力をもってすれば可能な話だ。それにトーヤを失う方が損害がでかいと考えれば大した投資では無いさ。」


「とは言うがな。まぁ、使わせてもらう側が言うことでは無いな。」


「なるほど。相当な無茶をしてくれたということだけはよくわかったよ。そこまでの価値は僕には無いと思うけど。それにしてもどんだけ注ぎこんだのさ?」


「そんなことはどうでもいいんだよ。それよりまずは上がってくれ。自慢したいものがまだまだあるんだ。」


 タルフレットが目を輝かせながら船舶に取り付けられた梯子を昇って行く。メーネが首を左右に振って呆れている。どうやら予算を大きく飛び越えて整備したようだ。不安を隠しきれないメンバーは誰もその後を追おうとしない。全員の視線が当夜に集まる。仕方なく当夜が先陣をきって上がって行く。


「おお、見晴し良いね。その手を乗せている台は何だい?」


 甲板にたどり着いた当夜の目には運搬船ならではの広い甲板と5組の真っ白な布をいくつも縫い合わせた巨大な帆とそれを支える巨大なマストであった。甲板の中央にいたタルフレットは如何にも真新しい黒木からできた直径1m、高さ1.3mほどの円柱に寄り掛かってこちらの様子をうかがいながら、早くこの存在に気づいてほしい感を漂わせている。当夜はとりあえずその空気を汲んで質問に及ぶ。


「おう、良いところに気づいたな。とりあえず全員が上がってから説明しよう。」


「そうだね。おっと、大丈夫かい、アリス?」


「え、ええ。ありがとう。

 ひゃっ? な、何? レム、お尻を押さないでよ。」


 甲板の上は大きな旗がはためくほどの海風が時折流れる。アリスネルが甲板に乗り出したその時がまさにそれだった。僅かに体勢を崩したアリスネルの手を当夜が掴み引き寄せる。その下でレムが支えているが、当夜の顔を見つけた途端何やら不穏な動きを見せる。


「うひひひ。トーヤ、アリス姐さんのお尻は柔らかいで~。揉み心地をこっそり教えたる。せやからウチに後で褒美の品を頂きたいんやけど。

 ギャンっ!」


「レ~ム。殴るよっ。」 


「殴っとるやんっ。って、あっ?」


 言葉による牽制よりも先に物理的な制裁が下された。レムはアリスネルを支えていた手で頭頂部の拳骨の落下点を擦ろうと姿勢を反らした時だった。後方に反れた力は重力に引かれてレムの体を梯子から引きずり落とす。


「はい。」


 最後尾のフィルネールが落下していくレムの襟首をつかむと自由落下とは真逆の力で甲板に放り込む。計算しつくされたことのようにライナーの腕の中に吸い込まれるレムの目は恐怖と混乱によってグルグルと不規則な円を描いている。


「レム、貴女も女性なのですから気分を害する行為であることぐらいわかるでしょう? ほどほどになさい。」


 甲板に舞うように降り立つフィルネールがライナーの片腕に抱かれて宙を浮くレムに苦言を呈する。


「ごめんなさい。気を付けます。せやけど、ウチはお尻触られるの結構好きやで。お尻は結構凝りがたまるんやで。」


 素に戻ったレムが謝りを入れるが、その後すぐさまいつもレムに戻り冗談めかしてお尻を叩いて見せる。


「ほう?」


「にゃ、にゃにするんや、ライナーっ。」


「いや、気持ちいいって言うもんだからな。試してみた。」


「うう。何や母さんにやってもらうんとちゃう。」


 その手が止まるのを見計らってライナーがレムの小さなお尻を鷲掴みする。レムが涙目になって抗議の声を上げるが、ライナーはしれっとした表情のまま悪びれる様子も無く言ってのける。不快な気分に気づいてか抵抗すること無くぐったりと成すがままにされるレムだったが、ライナーは反省したものとみて手を退ける。


「まぁ、アリスにやった行動もまさにそれってことだよ。

 それでみんな集まったけど何を紹介してくれるのかな、タルフレットさん?」


 当夜がレムに最後の釘を刺して、話をタルフレットに向ける。


「おう。まぁ、これを見ろ。こいつは【波切銛】の撃ち出し装置だ。ここにある円筒を押し込むことで船首の巨大銛が風の魔法によって撃ち出される。

 そうだな。まぁ、物を見た方が早いな。おい、トーヤ。全員を船首の見える場所まで連れていけ。面白いもの見せてやる。」


 タルフレットは大事そうに体で覆い隠していた台の中央にある直径20cm、高さ30cm程度の黒い円筒を全員の目に留まるように大げさに体を広げて注目を集める。


「お~い。船首に集まったよ。」


 当夜が手をタルフレットに向かって振ると、大声で返事が返ってくる。


「よし。全員、近くのものに掴まれっ。」


 皆がそばにある手すりや柵に摑まる。その様子を確認したタルフレットが小さい円筒を大きい円筒の台に力いっぱい押し込む。


ガギィーーーーン


 重低音と高音が入り混じった爆発音と同時に船体が大きく揺れる振動が乗組員を襲う。皆がその衝撃に驚きを以て目を見開く。タルフレットが満足げに頷くと指を刺して先端を見るようにジェスチャーする。全員がその光景に目を奪われる。10mを越える巨大な黒木の銛と言うよりも巨大な槍が海を裂いていた。しかし、よく見ればそれは勢いよく収納されている姿であった。


「お、おい。こいつは一体どれほどのリーチを持っているんだ?」


「驚け、この船の半分の長さだ。それ以上だと相手が大型で暴れた場合に船の方が転覆させられる恐れがあるからな。」


 船の長さと同じと言っているが、この船はこのオルピスきっての大型商船であってその長さは60mほどある。つまりは【波切銛】は30mほどの長さになる。それほどの物を急速に撃ち出すこの兵器はまさに規格外である。


「まぁ、あまりのでかさだけに【風の精霊】の加護者の中でも相当な恩恵を受けている者ですら2鐘はチャージにかかりっきりになるな。本当の意味で切り札ってところだ。使い時は見誤るなよ。」


「ハハハ。まぁ、気を付けるよ。だけど、風魔法が使えるとなるとアリスだけどそっちにかかりきりになるのはちょっと困るね。」


 フィルネールが何か言いたげな顔をして当夜に視線を送っている。おそらく彼女も使えるのだろうがここで相手に塩を送るつもりはない。極力戦力は囲っておきたい。


「安心しろ。こちらですでに乗組員として用意している。お前らだけにこの船を預けるわけにはいかんからな。その航海が終わっても頑張ってもらわないかん。」


 当夜の心配は杞憂だったようでタルフレットは無事の帰還を当然のことと計算して先行投資をしているようだ。おそらく、未来の彼の乗組員の育成という意味もこの旅に見出しているのだろう。


「こちらとしても専門家が多い方がいい。それじゃ、その人たちとも顔を合わせたいんだけど。」


「よし。今夜は俺の店で顔合わせを兼ねた出発式だな。盛大に金を落としてもらうぞ。」


「じゃあ、僕の奢りでやらせてもらうよ。良い出立となるように盛大に盛り上げてくれ。」


「任せろ! それでは、皆さん、俺はここで。夕刻に俺の店に来てくれ。」


 颯爽と梯子を駆け下りていくタルフレットを見送ると残されたものは託された船の規格外さに各々溜息をつくのであった。

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