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世界を渡る石  作者: 非常口
第4章 渡界4週目
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出航 その1

 当夜たちが浜辺でひと時を過ごした翌朝、彼らが寝食を共にしている宿屋の前にタルフレットとメーネが立つ。


「いやー、会長、どうします? 一緒に来ますか?」


「そうね。少々気まずいけど、ここで逃げるのは得策ではないわ。行くわ。」


「さいですか。では、行きましょう。」

(本当に抜け目無い人だ。)


 部屋の戸を叩く音が聞こえる、はずだったが、当夜の耳の横をかすめる枕が轟音を立てて通過するがゆえに気づかない。


「ま、負けへんで~。」


「ふっふっふ。この私に勝とうだなんて千年早い、いえ永遠に勝利は巡ってこないわ。はいっ。」


「あ、アウト。」


 当夜の目の前を通過した竹のような植物を編んで作った枕が別の枕を拾おうとするレムの頭頂部を直撃する。当夜がレムを指さしながらレムの負けを指摘する。


「キーーーッ! またウチの負けやん。ずるいで、魔法を使うんは卑怯やないか!」


「言い訳が見苦しいわね。私は魔法なんて使ってないわ。そもそも、レム相手に魔法なんてマナがもったいないじゃない?」


 アリスネルが悪戯っぽくレムをからかう。


「何やてぇ。いくらなんでも肉体的な強さならウチの方が上やで。」


 レムが肩をグルグル回してアリスネルの目の前でピタッと止めると力こぶを見せつける。


「そうね。力だったらレムの方が上よね。だけど、レムってかなり直線的で動きが読みやすいから、取っ組み合いでもない限り魔法なしでも翻弄できちゃうのよ。もっと場数を踏まないと駄目ね。そういう意味でもこの敗北はきっと貴女を強くする。というわけでトーヤ、勝利の報酬を頂戴!」


 アリスネルが両手を当夜に差し出すと柔らかな笑みを浮かべて何かをねだるように小首を傾げる。


「あぁっ。そうやった。そっちや、ウチもほしい。あのプリンっちゅうお菓子が。当夜、ウチも頑張ったんやからええやろ?」


 レムが上目づかいで胸の前で腕を引き締めて当夜ににじり寄る。


「と言っても、残りはあと1個だけだし。ほら、約束通りアリスのものだよ。レムには悪いけど...。」

(てか、僕の分なんだけど...。)


 当夜は手の上のお宝をレムの手が届かない位置に掲げる。遠くでフィルネールが何か言いたげにこちらを見つめている。その横でライナーのスプーンを持つ手がやけに緩やかであることに気づく。


「あ、ライナーの口に合わなかったみたいで苦戦しているみたいだからあれを貰いなよ。」


「お、おい!」


 ライナーはその至高の一品を舌だけでなく体で味わって己が世界に浸っていただけに突然の当夜からの横槍に慌てて半分ほど残っているプリンをその身に寄せる。その姿に当夜とレムはお互いに顔を見合わせて悪戯を思いついた子供のように癖のある笑顔を作る。


「なんや、ライナー、はよそう言うんは言ってくれへんと困るで。ウチに任せとき。」


「そうだな。そう言えば、かき氷の時にレムにあ~んしてあげられなかったし、ここで名誉挽回、汚名返上だな。」


 当夜が前日の一幕を持ちだす。ライナーが顔色を悪くしながら冷や汗を一つこめかみから流してその後の展開を予想しながらどうにかこの大波を乗り切ろうと画策する。


「ひどいぞ、お前ら。俺が大事に食べているのをわかって言っているだろう。駄目だ。譲らんぞ。これは俺の物だ。だいたい、アリスネルもレムもすでに一つずつ食べたじゃないか。それは当夜の分じゃないのか?」


「おいおい、男が女性に甘えられたら応えてやるのが筋じゃないか? ましてや、相手が想い人ならなおさらだろ。」


「トーヤ、お前、裏切ったな。あぁ、もう、わかった! わかった。レム、こっち来い。半分分けてやる。」


 当夜をスプーンを持つ手で指さしながら涙を浮かべて半ば自棄になりながら妥協案を以てレムを呼びつける。


「半分なんてケチやなぁ。」


「なら、いらないな?」


「冗談や、冗談。ん~。」


 レムがカラカラと笑いながらライナーの前に立つと目を瞑って口を開ける。


「はぁ、しょうーがねーな。ほれ、あ、あ~ん?」


 ライナーが頬をわずかに赤く染めながら昨夜の当夜の行動を思い起こしているのか、それとも照れているからか口を尖らせ瞳を上に傾けながらレムの口にプリンを運び入れる。勢いよく飛びつくとレムの口からスプーンを引き抜くとその小さな唇が弾力を以てはじける。


「ん~、これや、これっ。いや~、見てる側やと羨ましいけど、いざやってみると恥ずかしいもんやな。でも癖になりそうや。」


「勘弁してくれ。」


 ライナーが拭き取られたかのようきれいに艶めくクリアなスプーンの先端を見つめて呟く。

 その頃、アリスネルは期待と不安の入り混じった表情で当夜とプリンを交互に見比べる。


「トーヤ、本当にコレ貰っちゃって良いの?」


「ああ、構わないよ。さっきも言ったけど甘えて来てくれた君に応えたいのは本当さ。」


 そんな二組に申し訳なさそうにハスキーな女性の声がかかる。


「あの、皆さん。ちょっとよろしいかしら?」


「あれ、メーネさん? それにタルフレットさんも。いつからそこに?」


「先ほどからずっといましたよ。一応、目で合図を送っていたのですけど。」


 フィルネールが二人を当夜のそばに誘導する。部屋の主に代わってどうやらしびれを切らして迎え入れてくれたようだ。


「こ、これは失礼しました。えっと、今日はどうされたのでしょうか?」


「ええ、どうにか船の準備が終わりまして。それで皆さんをお迎えに。それと、トーヤ様、先のお披露目式では大変ご迷惑をおかけしました。」


 苦悶の表情を浮かべて首を垂れるメーネは最初の印象とは真逆に小さく委縮しているように見える。まるで親の説教を受ける覚悟を決めて理宇下のようである。


「へ? いえ、僕の方こそご迷惑をおかけしてしまったのにお詫びにも伺わず失礼しております。」


「なぜトーヤ様がお詫びに?」


「いや、僕の魔法で皆さんにご迷惑をおかけしたのは事実ですし。一応、お店にも伺ったんですけどお忙しいようでお会いできなかったもので。」


 確かに当夜はここまで幾度かオルフェルス商会に顔を出しているのだが当人の不在を理由にここまで先延ばしにしていた。もちろん出航の時までに間に合わなければ書面でとは考えていたところであった。そこには、どこかで出会えないならばそれに越したことは無いと思うほどに弱腰の姿勢であったのだが。どうやらそれはその顔に浮かぶ表情から先方も同じようであった。


「それは違いますよ。私のわがままでトーヤ様の魔法を禁忌魔法にされてしまいました。お詫びのしようもありません。どうか、お許しください。」


「そんな。気にしないでください。僕こそあの魔法は皆さんの命を危険にさらすかもしれない可能性を十分考慮できたはずでした。だから、僕も悪いんですよ。」


 お互いがお互いの罪を自身の物として引き合う姿に苦笑する。


「そうですか。でしたらお互い様ということにしましょう。それでは本題に移りましょう。タルフレットさん、説明を。」


「はいよ。一応の戦闘に耐えられるだけの艤装は終えた。だが、俺の持つ、と言うよりはこの街に残っている船はどれも商業船か漁船だ。つまり、もともとそれほどの力は無い。だから極力戦闘は避けてくれ。航海士や操舵員らはこちらで用意したが戦闘に長けた人材では無いことを承知しておいてくれ。」


 中々拝めないであろう二人の弱腰なやり取りを楽しんでいたタルフレットは二人を茶化すこと無く真面目な話をつなげる。


「わかった。ありがとう、恩に着るよ。」


「おう。まぁ、お前の頼みじゃなきゃここまではやらないぞ。十分に感謝しろ。」


「ああ。わかっているよ。あと、こいつはその感謝の気持ちだよ。」


「お、おい。感謝しろとは言ったが俺は恩を返しただけだぞ。だ、だがまぁ、せっかくだから貰っておくぞ。で、これは何だ?」


 タルフレットは言葉のとおり自身を成功に導いた当夜に対して恩をわずかに返したと思っているところに、さらに恩の押し売りをしようと当夜が魅惑的な餌を放り込んできたのだ。思わず、前置きを忘れて飛びついてしまう。こればかりは商人である以上仕方ないのかもしれない。


「醤油っていう調味料さ。豆を発酵させて作るんだ。煮貝の材料に使えると思うんだけど、一つの参考にしてくれよ。僕からのプレゼントであり、ヒントでもある。どうするかはタルフレットさん次第だよ。」


 当夜が袋から取り出したものは醤油のボトルである。タルフレットの目から見れば【気付け薬】に似た液体であるという認識であるが、当夜の説明に目を子供のように輝かせる。


「くくく。相変わらずガキのくせにとんでもねー事ばかりやってくれるぜ。せいぜい悩ませてもらうとするか。」


「まぁ、僕も期待しているよ。それとメーネさんにはこれを。」


「あら、これは?」


「まぁ、石鹸見たいなものです。ただ、体用だったり、髪専用だったり、その中でも洗浄用と補修用ですね。ここを押すと液体状の石鹸が出ます。体を洗う場合には柔らかい布を使うと良いですよ。そういえばクラレスのノルン服屋でそういう製品が出来ていると思います。ぜひ見てみてください。」


 続けて当夜が袋の中からシャンプー、リンス、ボディソープを取り出す。それぞれを説明しながらレムの母親であるノルンに任せたタオル作りを宣伝する。


「ふふふ。そんな貴重な情報を無償でいただいてよろしいんですか?」


「まぁ、ご迷惑をおかけした、いえ、それはお互いさまでしたね。先行投資をしただけですよ。それでも、ただより高いものは無いとだけ言っておきましょうか。」


「本当に怖いお人だことで。でも、その時は十分にお返しできるように背伸びしてみせますわ。」


 先ほどまでの弱腰外交が嘘のように二人は先を見定め合いながら、さながら投資家同士の見えない未来での駆け引きを彷彿とさせるやり取りをその場で算する。


「期待しています。では、現物を見に行くとしますか。僕らもある程度船のことを知っておかなければなりませんからね。」


「はい。タルフレットさん、ご案内を。」


「了解しました。では、みなさん、ついてきてください。」


 タルフレットの大柄の背を追うように当夜ら船の乗組員が後ろについて港に向かっていく。

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