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世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
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海辺のマッサージ

 サンゴの亡骸がその身を削って創った白い砂浜が広がる浅瀬には人の背を超えるほど大きく成長したサンゴ礁の化石がマッシュルーム状に起立してして海面からその頭をのぞかせている。波打ち際には小枝のようなサンゴだけでは無く、星型の棘皮動物の遺骸や星砂を彷彿とさせる有孔虫の殻、色あせた貝殻が複雑な模様を白亜のキャンパスに下書きする。色を忘れた世界に時折、真っ赤な口紅を差したような艶やかな貝殻が顔を見せる。その上に重なるように打ち寄せる波は穏やかであって、それでいて下書きを悪戯程度に書き換えていく。そこに色は無く、ただただ描かれた絵を透過するだけだ。だが、少し目を先にのばせば延々と続く海面は空の色に緑を溶いたエメラルドグリーンだ。

 そんな詩人な思考を目の間の海に向けて描いているのは当夜である。鋭い監視の下、無我の境地に至ることを目指して無心にその手を動かす。言葉こそ無いが少女の視線がその身を貫く。当夜は今、フィルネールの体にサンオイルならぬパリスの実を絞った日焼け止めを塗りたくっていた。パリスは牡丹のような花を咲かせる植物でその種はアケビの実によく似ている。


(なぜ、こうなった?)



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 始まりは1鐘ほど前に遡る。

 体中に痣やら火傷の跡を残したライナーに誘導されて当夜達のパーティは海水浴場にたどり着いた。


「ライナー、罰として休息所を作りなさい。」


「ライナー様、正直あのような行動は人の上に立つ者としてどうかと思います。」


「ほんまになぁ。どうしても見たいんやったらウチに声かければええんよ。思う存分見せたるで~。」


 地味なローブで身を隠す二人とは対照的に水着姿を見せつけるようにレムがライナーの視界を塞ぐように立ちはだかる。


「まぁ、お前の魅力的な体を再確認するためにもたまには発育良好な肢体に目を向ける必要があるかと思ってな。

 いえ、冗談です。

 それよりトーヤだって同罪だぞ。こいつもこんな顔してお前らの肢体に釘づけだったんだぞ!」


 レムの上から下まで眺めた後、ライナーは物足りなそうな顔をして本音を思わず漏らしてしまう。そんな期待外れな反応にレムの拳がきつく結ばれて背後から伸びる怒りのオーラを纏い始める。ライナーが顔を引き攣らせながら謝罪の言葉に次いで首を垂れる。それでも収まる気配の無い目の前の少女たちの怒りを擦り付けるべく当夜を盾に掲げる。


「ちょ、おい! 僕を巻き込むな!」


 当夜が口と肩を同じように震わせながら巻き込まれまいと必死の抗議を上げる。


「ト~~~ヤっ!」


 アリスネルの怒りの矛先がいとも簡単にライナーから当夜に切り替わる。


「でもトーヤですし、イメージと違うような気がします。ライナー様が無理やりといったほうがしっくりきます。」


 すかさずフィルネールの擁護が入る。ライナーが小さく舌打ちすると皆の視線が彼に集まる。


「う~ん、それもそうね。」


「そや、トーヤはそないなことせーへんよ。ライナーとちゃうもん。」


(ま、まぁ、半分正解、半分誤解かな。ライナー、許せ。僕は君の被害者でもあるんだ。)


 当夜は心の中で自らの正当性を無理やりこじつける。彼女たちの愛らしさに見惚れていたことは確かで目を瞑ることを怠ったことも事実なだけに結構な罪悪感を感じるが女性陣の信用に任せることにする。


「お、おい、そりゃないぜ。」


「日頃の行いの違いですね。」


 フィルネールの落ち着いた声にライナーを除く皆が大きく頷く。 


「それはそうとトーヤ、私のこの格好を見て何か言うことは無いの?」


 いつの間にかローブを取り去ったアリスネルが先ほどからチラチラとこちらをうかがっているのは気づいていたのだが、別のところに思考回路を割いていたがためにライナーと同じミスを犯す間際に陥っていた。


(やばっ。先に見てたからついつい褒めるの忘れてた。)

「そ、その、すごく似合っているし可愛いと思うよ。正直見惚れてた。」


 その言葉はフライングして垣間見た彼女の水着姿へのアリスネルが受け取るべき当夜の正直な感想そのものだ。


「ちょ、ちょっと。恥ずかしい、よ。」


 いつになくしおらしく、腕を膝上で組みながら上目目線で当夜を恥ずかしそうに見上げる。そんな姿に当夜は自身の口にした恥ずかしい発言からくる羞恥心が重なり顔を真っ赤に赤らめる。


「むー。私にも少しは評価いただけるとうれしいのですけど?」


 当夜とアリスネルの初々しいやり取りに触発されたのかフィルネールが普段の大人びた冷静な姿からは想像しにくい拗ねたような表情を浮かべながら当夜の視界を占領する。


(なんか珍しいな。フィルってあまりに人の目を気にしないイメージがあったんだけど。やっぱり女の子ってことか。)

「もちろん凄く綺麗だよ。目を奪われる。」

(それにしても目のやり場に困る姿だよ。あんまりじろじろ見るとアリスに怒られそうだし、見ちゃ駄目だと思うと余計に目が行っちゃうんだよなぁ。気を付けないと。)


 アリスネルとは異なり出るところがはっきりと主張する彼女の肉体は当夜の視線を惹きつけるにあまりに魅惑的であった。


「っ!?」


 フィルネールが当夜と同様真っ赤になり、3人が同じように下を向いて心の中で悶絶していると、期待を裏切られたレムが割り込んでくる。例え意中の存在でなくとも異性から褒め言葉がほしいらしい。


「それでウチはどうなん? えらい別嬪やろ? ホレてしまうやろ?」


「アー、ソウデスネ、ホレソウデス。」


 体のラインを強調するように必死に体を絞って表現するレムに当夜は哀愁の表情を浮かべて片言ながらまったく伝える気の無いお世辞を述べる。


「なんやその言い様? 馬鹿にしとるんか!?」


「まぁ、そう怒るなって。俺は惚れ直したぞ。」


 地団太を踏みながら泣きそうになるレムをライナーが抱きしめると渋い声でレムの耳元でささやく。


「―――ライナー。ウチも大好きや~!

 せや、ライナー、ウチの体に日焼け止めを塗ってくれへんか? 冒険者とは言え女の子として日焼けはあまりしとーないねん。」


 名誉挽回の機会を得てすかさず活かすライナーはやはり遊びに長けた人物なのかもしれない。ライナーはレムが差し出した香油瓶を何の淀みもなく当然のように受け取るとレムを木陰にエスコートする。


「あ、私たちも塗らないと。フィルも塗るでしょ。行こ!

 ほら、トーヤもぼうっとしないの。そこは‘僕に任せてよ’くらい言いなさいよ。」


 アリスネルが小走りに浜辺の背後に乱立するヤシ科植物の木陰に向かっていく。アリスネルは道半ばまで至ると残された当夜とフィルネールに振り返って手招きする。


「はいっ。まずは私に縫って頂戴。ちゃんと全体に広げてよね。」


 アリスネルがどこから集めたのか巨大な葉っぱの上に寝そべりながら香油瓶を当夜に投げて渡す。


(まずいな。女の子と海に行ったときは割と自分たちで日焼け止めジェルを塗っていたからなぁ。僕に出番なかったし。確か、いきなり塗らずに手で十分温めてから塗るんだよね。)


 当夜がサンオイルと勘違いしながら香油瓶から乳白色の液体を垂らして手のひらで温めているとアリスネルが怪訝そうな表情で見上げてくる。


「早くしてよ。」

(早く、早く触ってほしいよ。)


「了解です!」

(やばい。アリスがお怒りじゃん。これは相当効率的にやらないとブチ切れるぞ。)


 当夜がアリスネルの気持ちを勘違いして事務的にてきぱきと全体を塗り捌いていく。フィルネールが憐れみに満ちた表情で見下ろしている。ものの5分とかからず当夜はミッションをやり遂げる。その顔にはどこか達成感が満ちていたという。


(何だか期待していたよりもあっさりしていたような?)


 アリスネルがどこか釈然としない表情で自ら前面を塗り始めるとフィルネールが緩やかに腰を落として当夜に彼女の用意した香油瓶を手渡す。


「トーヤ、私はゆっくりで大丈夫ですからトーヤのペースで塗ってください。」


 フィルネールの珍しく間延びした声に当夜のテンポもわずかに進みが遅くなる。


「任されました。」


 当夜の顔に安らいだ笑みが浮かぶ。当夜は日焼け止めの液体を数滴たらすと手のひらで温める。次第に日焼け止めは乳白色から透明に変わっていくと仄かに甘いバニラに似た香りを解き放ち始める。それこそ塗り手の意識を高ぶらせる成分であり、この商品が若い女性たちの間で人気のある理由でもある。


(何だかフィルネールのことが気になってしょうがないんだけど。それに心拍数が上がってきているしどうなってんだ。)


 当夜の手に力が入る。その手が彼女の体を押すたびに圧縮された双丘が行き場を失って横に広がる。当夜の視線は動く女性の象徴に釘付けである。アリスネルに対して施した時間がすでに経過したにも関わらず未だに半分も到達していない。顔を上気させて鼻息を荒くする当夜と恍惚の表情で色っぽい吐息をつくフィルネールはすでに二人の世界に入り浸っている。そんな二人の姿に別の意味で興奮している少女がついに動き出す。


「トーヤっ。いつまでやってんのよ! はやく終わらせてよ。フィルもフィルだよ。トーヤの触り方、何か卑猥な感じだったよ。」


 当夜の耳を力を込めて引っ張ると現実世界に連れ戻す。


「痛たたた。なんだよ、アリス。フィルはゆっくりやってほしいって話だったからしょうがないだろう。」


「私としても気持ちよかったですからこのままで大丈夫ですよ。むしろこのままで。」


「ず、ずるい。私だって、」


「え?」


「な、何でもない! 私、見張ってるからね。トーヤが変なことしないように見張ってるもん!」


 こうして冒頭に戻るわけである。嫉妬に監視された世界では再びあの甘い世界に入り込むことは困難であった。おかげでそこからの作業は早かった。全てを終えるとフィルネールは当夜にお礼と共に小さく耳打ちする。


「ありがとう、トーヤ。ふふふ、後でアリスにもゆっくり塗ってあげてください。」


 そんな様子にアリスネルが体を小さく震わさせながらキッと睨み付ける。

 そんな彼女もその後に訪れる至高のひと時によって海水浴を忘れて木陰で涎を垂らしながら寝入ることになる。他方、当夜はトータル2時間にもおよぶマッサージによって疲労困憊となってアリスネルの隣で仲良く寝込むことになる。

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