ぶらり街歩き その3
タルメアの軒先を抜けて大通りに戻る。先に出ていたウォレスにカーチフを冠ったチュニック風の衣装を身に纏った女性が頬を赤らめて話しかけていた。
「今日はこの後予定がありまして。それが終わってからなら構いませんが。」
「ええ。お願いしてもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。では、のちほどこちらで。ごきげんよう。」
「邪魔したかな?」
「何のことですか?」
タルメアの玄関をくぐり、レーテと会話する少女の後を追う当夜の目線にウォレスが気づく。
「ああ、彼女? 違いますよ。あの娘は以前警護してあげた隣町の商人のカーレットさんです。私の同僚が口説いているようですが、あまりにしつこいとのことで困っているようなのですよ。紹介した手前、間に入っているのですがこれは失敗したようですな。その相談を持ちかけられただけですよ。」
「ふ~ん。」
(あれは完全に脈ありだと思うんだけどなぁ。たぶん狙いはあんただったんだよ。)
当夜はそれほど親しくも無い他人の恋路ということもあり、それ以上の追及を止めた。そんな当夜の気遣いを他所にウォレスは次の目的地も告げずに道すがら延々と街自慢を繰り返した。
次に案内されたのは5軒隣の建物と呼んで良いのかわからないレンガ小屋であった。このわずかな距離にもかかわらず、道のわきを流れる水路や家と家の間の細い路地とあちらやこちらに顔を出すことになったため距離以上に時間をくってしまった。赤い耐火レンガを粗雑に積み上げたそのドーム状の建物は3本の煙突を天に向けて突きだし、今も白煙を空高く炊きあげている。中からは金属と金属のぶつかり合う高い音が漏れている。
入り口らしき木の扉を前に振り返った当夜とウォレスの目線が重なる。先を促すようにウォレスが大きく一つ相槌を打つ。深呼吸を一つ打った当夜は上を見上げる。入り口の上にかけられた木製の板に描かれた槌と剣が交差する絵が目に入る。さらに一呼吸おいて戸を叩く。
「どなたかいませんか?」
一向に返事の無いその店に入るべく当夜は引戸に手をかける。
「お邪魔しま~す。っと、二重扉かよ。」
(そりゃ、声も届かないよ。ってこっちは鉄の扉かよ。重っ)
僅かに開いた隙間から何かが這い出る。熱気よりも先に飛び出たその者は、ぼろ布をかぶった小人だった。鉄扉に苦戦する当夜が正面に居たせいかその小人は額を当夜の膝にぶつける。慌てて謝ろうとすると額を擦る小人は老人のような顔立ちに反して軽快なステップを踏みながら当夜の体をよじ登る。扉に手をかけていたこともあり対処が後手に回る。気づいたときには当夜の財布は彼の者の手に渡り、持ち主の目の前にも関わらず中から小銭を取り出し始めた。思わずドロボーと叫ぼうとしたとき、小人は叫んだ。
「これほど純粋な金属たちに出会おうとは! これには我が祝福を送らざるを得ないな。そうであろう少年!」
姿に似つかわしく雄雄しい声は威厳に満ちていたが、盗人猛々しいとはこのことだ。
「え? あ、はい...」
「そうじゃろ、そうじゃろ。よし。これで良いぞ。ほれっ」
「おっ、と。」
(このパターンは、デジャブ?)
押しの強い言葉じりに流されるがままに生返事を返すと、小人は満足げにうなずいて財布を投げて返すと消えていった。
(あれも精霊ってことかよ。精霊ってそこら中をウロウロしているんだな。ひょっとして身近な存在で別段珍しいわけじゃないのか。それにしても何を祝福したんだ?)
手元に投げてよこされた財布を確認しようと札入れを見るも変わり映えは無い。続けて小銭入れを確認するも特段大きな変化は見られない。他にもいじってみても特に気になるところは見当たらない。
(———そう言えば金属って言ったよな。ってことは、ああ、硬貨のことか。)
確かに【美の精霊】が祝福したルースも見た目に変化は無かった。ともすれば金属といえば硬貨が真っ先に思い浮かぶ。片メガネで確認しようとしたところで遠くから呟くような低い声が届く。
「...お、お主、」
その様子を半開きの扉の奥で見ていた店主と思われる人物が無言でよろめきながら近寄ってくる。その絵柄はまさにホラー映画のような構成だが、むさ苦しい小柄なおっさんでは迫力が足りない。
(きっとドワーフ。間違いなくドワーフだ。うわぁ~、近づいてきたよ。
———あっ、こけた。)
見た目ドワーフの男は当夜との距離を中ほど詰めたところで床に転がる大きな槌の柄に足を取られて転倒する。見事な前転を一回転。そのまま頭をテーブルの脚に頭を突撃する。折れた脚とバランスを失って崩れたテーブルが彼の頭をさらに叩きのめす。目がまわるってこういうことを言うんだなと当夜に感心させるほどに見事に目を回している。
(...コメディアンドワーフかよ。絶対に突っ込んじゃだめだ。静観に徹するんだっ)
とりあえず店内を見渡すと中央に向かって落ち込んでいく床。その床は石材が同心円状に並べられている。そして中央には赤い火の粉を吹き出す炉とそこから天井を突き抜ける煙突がある。さらに炉に相対するように鍛冶場が整えられている。それにしても熱い。壁にはスリット状の廃熱窓が開けられているにも関わらず熱気が凄い。サウナのようだ。
作業台には無造作に並べられた剣や鎧、兜などがここを鍛冶屋足らしめている。その横には受け台に飾られた一振りの剣があった。銘を【レゾールの剣】。どうやら相当な業物らしい。片メガネで覗いてみる。
【ロングソード】32,000シース
製作者レゾールが鍛えたロングソード。自称、レゾールの剣。だが、ただのロングソード。
「鍛冶の精霊の加護」残量3,000
(うわぁ、ただのロングソードだ。レゾールって誰? センス無いなぁ。って、また突っ込まされた? 恐ろしい店だぜ。)
「トーヤ様、ひょっとして今のは精霊の祝福ですか?」
驚愕の表情を浮かべながら尋ねてきたのは目の前のドワーフではなく背後にいるウォレスだった。良いタイミングだった。
「そうみたいですね。これらの硬貨に反応したみたいですよ。」
財布の中から833円分の硬貨を取り出す。手の中でジャラジャラと音を立てて銀と銅色の効果が転がる。
モノクルを通して見た情報は以下のとおりであった。
通称一円玉については、
【異世界の硬貨(未知の金属)】30,000シース
異世界の技術により精製された金属のみで鋳造された硬貨
鍛冶の精霊の琴線に触れた一品
『【鍛冶の精霊】の加護』残量500
『特異製錬』金属の質を高める(鍛冶師・錬成師用)
通称十円玉については、
【異世界の硬貨(銅貨)】6,000シース
異世界の技術により精製された純粋な銅のみで鋳造された硬貨
『【鍛冶の精霊】の加護』残量200
通称百円玉については、
【異世界の硬貨(白銅貨)】10,000シース
異世界の技術により精製された銅と未知の金属による合金で鋳造された硬貨
『【鍛冶の精霊】の加護』残量300
となっていた。
(どうやら、この世界ではアルミニウムやニッケルは使われていないみたいだね。こっちの価値と日本での価値が比例しないってのも不思議な感覚だ。まぁ、当然【日本円】の価値なんてここじゃ意味ないし、金属的価値が評価されるのも道理か。何にせよ『特異精錬』はこっちでやっていく以上有利になりそうだね。)
脳に直接押し寄せる情報に眩暈を覚えた当夜は堪らず片メガネを外す。額を押さえて頭を振る当夜の肩が突然掴まれる。
「お、おい、坊主! それをちょっと見せてくれ!」
大声とともに肩を揺さぶられると、どうやら現実に戻ってきたドワーフらしきオヤジが声をかけてきた。血走る目が怖い。背丈が同じせいか近すぎる。可愛い女の子ならそれはそれで緊張して困るが、むさ苦しい髭面で迫られても大いに困る。同列に並べるべきでないことは重々承知しているが。
揺らされるがゆえに手元を狂わされて思うように硬貨を取れないがどうにか3種類を拾い上げる。
「え、えぇ、どうぞ。」
とりあえず一通りの硬貨を渡して様子をうかがうことにした。
「こりゃ~、なんちゅー純度の銅じゃ。な、なんだ、この軽い金属は。こっちは白銀か、だが見た目だけで中身は違う。いったいどこの国にこれほどの技術が...
模様や文字から推測すると...
―――いや、まるでわからん。」
客であり、もてなさなければならないはずの当夜たちを完全に置き去りにしてドワーフ(仮)は硬貨を宙に掲げて真剣な表情で観察している。その顔には親近感を感じる。そう当夜が結晶やルースを観察しているときのそれに酷似しているのだ。そう、こいつもマニアなのだ、分野こそ違えど。
「おお、綺麗な形の貨幣だな。レゾールのおやっさんが自分の世界に入っちまうとは相当レアなモンなんだろうな。金に興味が無いおやっさんがこうまでなるってことは素材か。ドワーフの血が騒いじまったか。こりゃ、戻ってくるまで長いぞ。」
ウォレスは言葉遣いが元に戻ってしまったのも気づかず野次馬心に突き動かされて当夜たちの頭上から覗き込む。そのおかげで目の前のおっさんの正体がわかった。
「レゾールさんというお名前なのですね。精霊が見えるということは相当珍しいということなのですか?」
「...いや、しかし、」
未だに一円玉を角度を変え、光の当て具合を変えて観察し続けるレゾールは一切当夜の言葉に聞く耳を持っていなかった。
「それはそうですよ。私も人生35年の中で初めて見ましたよ。多くの人が一生見ること無く終わります。今日は幸運でした。我が守護精霊、【地の精霊】に感謝します。」
返事の無いレゾールににらみを利かせたウォレスだったが、彼がまったく気づかないことに見切りをつけて自ら当夜の問いに答える。
「へぇ、そうなん、だ...えぇ!? 35!?」
当夜は一瞬ウォレスの守護精霊なるものに興味を引かれて詳しい話を得ようとどう話を切り出すか作戦を練ろうとしたところでこの男によって言葉の隅に仕込まれた毒が頭に広がり始める。それは聞き流したはずの数字、35。思わずその顔を見上げる。突き出た顎とややこけ気味の頬、目は鋭く、眉間や額には幾重にもしわが刻まれている。何より目立つ白髪の目立つ紺の髪である。虚偽の報告でなければ大層な老け顔だ。
だが、続くウォレスの言葉はそれが真実であることを告げている。
「いやー、若く見えるでしょう。わたくしの悩みの一つですよ。ハハ。」
(逆、逆!僕には40代後半に見えたよ! それと、その悩みは僕にこそふさわしいよ。)
ちょっと気恥ずかしそうに照れ笑いするウォレスに、思わず心で突っ込む当夜であった。
二人の他愛もないやり取りなどまったく目にも耳にも入らないレゾールは一人唾を呑み込む。
(こいつぁ、是が非でも手に入れてぇ。
精霊の顕現はすでに国に観測されているはずだ。だとすりゃ、あの小さいのは接収される可能性が高いな。儲けはでかいが、面倒は要らん。銅貨と大きい方の白銀貨だけでも手に入れてぇなぁ。)
「なぁ、坊主。これを俺に売っちゃーくれねーか。」
(だから、坊主じゃないって。何なんだよ、エレールさんやらレーテさんやら、今度はこの人もかよ。いや、きっと職人気質のドワーフならでは言い回しに違いない。)
当夜は腕を組むと目線を斜めに上に向けて考え込む仕種を見せる。レゾールは己の不躾な言葉遣いに気を悪くさせたのではないかと心配になり、思わず声をかける。
(こいつは失敗したか。つい癖でいつもの口調で頼んじまった。しかし、この機会を逃すなんてことはできん。)
「お、おい?」
「ああ、レゾールさんでしたか。僕は当夜です。えーと、一円、その小さい銀色の硬貨は譲れませんが、ほかのでしたらお譲りしますよ。もちろん無償では困りますけど。」
(まぁ、110円くらいタダであげても良いけどこの世界のお金なんて光に渡された分しかないし取れるものは僅かでも取っておこう。でも、何も物や金で無くても良いんだよな。)
思考の海から呼び戻された当夜はその価値を深く考慮せずに日本での価値基準のもとで了承してしまう。
「こりゃあ、失礼。もちろん、この小さい硬貨は無理なのはわかる。残りの二つで十分だ。いくら出せばいい? 俺としちゃあ、二つで20,000シースで許して貰えると助かる。」
当夜の肯定的な意見に安堵したレゾールは机の横にある金属製の宝箱に首から下がる鍵を差しこむ。ガチャリと音を立てて鍵が外れる。レゾールは重そうに蓋を開けると中から貨幣の形が浮かぶコンビニのビニール袋ほどの大きさの布袋を取り出して机に置く。ジャラジャラと中で硬貨が音を立てる。
「20,000シース!? おやっさん、冗談がすぎるだろう! 子供が持つような額じゃないぞ。」
本人たちを差し置き、真っ先に反応したのはまたもやウォレスであった。机に詰め寄るとレゾールににじり寄る。
(うるせぇ! ウォレスめ、相変わらず固えやろうだ。んなことはわかってる。だが、何としても手にいれてーんだ。こいつもこんなもん持っているくらいだ。きっと貴族かなんかだろ。)
「いやいや、もし坊主がもっと高い額を提示してきても出すつもりだ。見たとこどっかのボンボンみたいだしな。大きな金も見飽きてるかもしれんぞ。」
レゾールが袋の中から銀貨を一枚抜き出すと当夜に見せるように宙にはじく。クルクルと表裏を入れ替えながら落ちる銀貨は室内の光球から与えられる光と炉の中から洩れる赤い光によって赤や銀に色を変える。
(だから、坊主じゃないんだって。それにボンボンって、やっぱりこいつも子ども扱いかよ。さっき謝ったじゃんか。何に失礼ささげたんだよ。って言うかウォレスもさりげなく子ども扱いしてるし。)
「だがな~。
トーヤ様もあまり大金や高価なものを持たれるのは危ないですよ。」
振り返ったウォレスに当夜はにっこりと笑顔で礼を述べる。もちろん心の中では評価を一段階下げているが。
「ウォレスさん、お気づかいありがとう。あと様付けはちょっとやめてほしい。レゾールさん、別にお金は良いよ。だけどそれなりにお世話になるつもりだから来るたびにそれなりに優遇してほしいんだよね。どうかな?」
「いいぞ、いいぞ。お前さんならもっと面白いモン持ってきそうだからな。で、今日は何か買っていくのかい?」
ガハハッと笑いながら机の上に置かれていた瓶の栓を抜くと一気にあおる。周囲にアルコールの香りが広がる。明らかに度数の強い酒だ。
「いえ、特段買っていくものは無いので、また次回にでも。それでは、今後とも良しなに。ウォレスさん行きましょうか。」
「いつでも来てくんな。」
景気のよい声を背に浴びながら、入り口を出るとウォレスが心配してきた。
「良いのですか? 20,000シース以上の価値があるそうですよ。あんなに簡単に渡して。」
先ほどまでお金を受け取ることに難色を示していたウォレスの言葉とは思えない。当夜としては角が立たないように丸く収めたつもりだっただけに目を細めてぶっきらぼうに返す。
「別にかまわないよ。長い付き合いになるかもしれないし。
それより次はどこへ? あまり家から離れるとエレールさんにご迷惑をかけるかもしれないし。次を最後にしてもらうよ。それにウォレスさんを拘束し続けるのも失礼だし。」
「そんなことは、
いえ、承知しました。では、ギルドにしておきましよう。とにかく困りごとがあればギルドに相談してください。ではこちらへ。」
返事を待たずして歩き出した当夜にウォレスは慌てて追いつく。女性の態度には鈍いウォレスだが仕事においては機敏なのだ。当夜の反感を買ったことに即座に気づいた。その原因までは特定できなかったのだが。
(ギルドがあるんだ。受付嬢とか喋る猫とかいるのかな。)
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ウォレスの場合
【タルメア】をほっとしたのもつかの間、次の鍛冶屋【ローレンツ】では店に入るなり奇蹟が起きた。なんと精霊の祝福が起こったのだ、それも精霊の姿が顕現する規模で。普通、精霊の祝福では精霊が姿を現すことなどない。これは鑑定士たちの言葉だが出来上がった物にはいつの間にかそう言う力が宿っているというのだ。何しろ精霊の実体化を起こした物は非常に貴重であり、いずれも国宝級のアイテムとして国が引き上げるほどである。どうやらトーヤ様の持っていた硬貨に反応したようであるが、彼はあまり驚いたようにはみえなかった。レゾールなんて魂が半分以上抜けたような顔していたのにな。この反応は王宮にも観測されているだろうからすぐにでも観測局お抱えの魔道具師がやってくるだろう。邪魔が入る前にギルドまでは案内して差し上げねば。
しかし、レゾールのおやっさんが硬貨を売ってほしいと食いついた。最初にエレール様の縁者であることを伝えられなかった私にも非があるとはいえ、まったく以て態度がなっていない。トーヤ様がいなければぶん殴っていたところだ。
だが、トーヤ様はさらに斜め上をいった。なぜそんな貴重なものをただであげられるのか。いくら今後の便宜が図られるといっても。まったく大物である。
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レゾールの場合
ワシは、この街に数多くいる鍛冶師たちの中でも屈指の鍛冶の腕前を持っていると自負している。そんなワシの力作たちには、鍛冶の精霊が良い祝福を授けてくれる。しかしながら、冒険者どもの多くは、愛おしい我が子達をいつも余計な一言を添えて買って行きよる。
『名前のセンスが良けりゃ尚良いのに...。』
見よ、この【レゾールの剣】を。見た目はロングソードだが、鍛え方が違うのだ。刃こぼれなんて起こりやしない。特別なのだ。と、く、べ、つ。なにせ、第一戦級パーティの『逆上がりの嵐』だか『巻き上げ風』だかのハー・・・、いや、ホビットだったかが贔屓にしてくれているぐらいだ。良いのだ、買い手の名前なんて。大事なのはこの俺の腕を認めるかどうかだ。
ワシの先祖はドワーフ族の英雄と謳われている。ライト様たちが魔王に止めを刺した英雄レンドルの剣、神の武具にも等しいと評価された【レシア・レナメント】を作り上げたというのが理由だ。20年の歳月を経て作り上げられたその剣は、現在、この国クラレスレシアの宝剣と呼ばれて宝物庫に厳重に保管されている。この宝剣は打ちあがりと同時に、鍛冶の精霊が顕現して祝福を授けたと言われている。
そんなおとぎ話を子供の頃から兄弟ともに聞かされ、いつしか自分自信のことのように誇りに感じてきた。ドワーフの宿命か、鍛冶に魅了された俺は、いつの間にか親父の作業を真似するようになり、気がつけば一つの店を持つまでになっていた。そして、抱いた目標は、先祖が成したように鍛冶の精霊の顕現を以て祝福される一振りを世に送り出すことだった。そう、この目で鍛冶の精霊の姿を拝んで見せるということだった。
そんな奇蹟がまさかこれほど早く訪れるとは。ただ、ワシの作品に対してではなかったが。
それは突然であった。
貶しながらも贔屓にする冒険者の一人だったウォレスの声が聞こえたので、憎まれ口の一つでもぶつけてやろうと知恵を絞っていた時だった。いつも以上に慎重に戸が開いた。入ってきたのはウォレスではなく人族の少年であった。その少年の目の前を着点として膨大なマナが炉から流れ出したかと思うと、伝承に謳われる鍛冶の精霊がその姿を現したのだ。
あまりの出来事にワシはしばらく放心状態になってしまった。何を大げさなというかもしれないが、いわば神との邂逅である。それは驚きもする。ややあって我を取り戻すと、すでに精霊の姿はなく、少年がウォレスに祝福を受けたであろう硬貨を見せているところであった。慌ててワシも近くで見ようと声をかける。
驚くほどに純度の高い金属でできた硬貨であった。おそらく文様が見たことのないものであることから異国の貨幣と思われる。この国の銅貨は、銅の含有率が6割~8割くらいと考えられている。粗悪なものではすぐに錆が出てしまい、錆貨となってしまう。鍛冶をやるものとしては金属の溶け出す温度の違いを利用すればうまく精錬できそうなものであるが、温度を一定に維持する方法が無いのだ。
少年の持っている硬貨のうち一つは銅貨、間違いなく純度100%に限りなく近いものであろう。残りの銀色の硬貨2種類は銀貨ではなさそうである。特に小さい方はあまりにも軽くこの世の金属とは思えない。ほしい。タダでは無理なことぐらいわかっている。ガキだが金をだますようなことはしたくない。全財産でも構わないくらいだ。きっとこれは俺の目標成就に関わる案件だと直感した。
まさか本当にタダで手に入れられるとは。いや、タダじゃないか。
(ほぉー。こいつはただのガキじゃないな。金じゃない伝手を選ぶとは大したもんだ。
おそらく国にあの硬貨も買い上げられて相当な金も手に入るだろうし、上客になるうる逸材だな。なにより不可思議な物をまだ隠していそうだしな。)
後は硬貨と眺めっこだ。この素材を調べて自分の鍛冶をさらに高見へとあげるとするか。
硬貨をめでること数分。甲冑の足音を複数響かせ、やつらが来たようだ。
「おおっと。観測室がもう来やがったか。」
(しゃーねぇ。坊主のためにもはぐらかせるだけはぐらかすとするか。)




