マナの増幅機構
「メーネさん、確認ですけど、どうして大気中のマナを直接使えないんですか? 生き物でも同じ現象が起こるなら大気中のマナを集めて使えばいいじゃないですか。」
アリスネルの説明に感じた疑問を当人で無く、雰囲気から説明が上手そうなメーネに話を振る。アリスネルの頬が膨れているのが横目に映る。メーネが横目にアリスネルに確認を取る。無言で頷くとアリスネルはすぐそばの机の脚を蹴る。
「それは生き物の体は複雑な組成でうまく集められないからよ。だから、体の中のマナを使いきると一夜かけてゆっくりと補充されていくのを待つしかないの。それと大気中のマナはすごく薄いわ。直接集めて使うなんて難しいのよ。」
「そんな薄いマナを一瞬で補充できるガラス玉か。」
当夜はテーブルの上で色を取り戻した青いビー玉をじっくりと観察する。
「ええ、だから貴重なのよ。」
メーネもまたその直径2cm程度のガラス玉に目を向ける。
(だけど、そんな希薄なものがそこまで素早く集められるものなのか。アリスの話しぶりだと、球体に取り込まれる傾向があるということ、非晶質つまりは方向性が無いものほど効率が良いこと、マナが周回運動を取ることはわかった。でも、生き物でも集められるなんてガラス玉自体に吸収効果があるというわけでもないみたいだけど。)
「ガラス玉はどれだけの空間からマナを集約しているんですか? そもそも人が作るマナの量ってどれほどなんですか?」
どんなに想像を膨らめようとも当夜にとって未知の存在であるマナやその増幅機構を推測しようにも情報量が少なすぎる。当夜は改めて生まれた疑問を問う。
「そう問われると...。ただ、人は一日でだいたい100程度の貯蔵量よ。これだけあれば中級魔法20発分はあるわね。集約量については、アリスネルさんはわかるかしら?」
「う~ん。何だかトーヤの問いって雲をつかもうとするようなつかみどころのない話で難しいですね。でも、そうですね。やっぱり精霊の力で増幅しているって説
が正解なのではないですか?」
どうやらこの世界の人々にとってマナがどのようにして存在しているのか、どのように増幅したのかなどのメカニズムはどうでも良いようだ。
「増幅、か。」
(アリスの情報だけに頼らずに見えることのみに集中してみよう。確かにマナをコントロールして円盤状に収束させていた。色が中心に向かって集まったみたいだったな。そして、光りの粒子が中心から直線状に放出されていた。
そうか、どっかで聞きかじったことがあると思えば、このマナの放出する様は降着円盤を形成したブラックホールから放出される宇宙ジェットに似ているんだ。ガラス玉をブラックホールの効果範囲としたら、ガラスを色づける金属イオンは電磁波の材料、そして、ブラックホールの中心から吹き出す電磁波のジェットがマナの供給って感じか。だとしたら使っていくうちに材料の金属イオン、つまりは色が褪せてくるわけだけど、どうなのかな?)
「使うほどに色が薄くなったりするんじゃないか?」
当夜の頭が遠い昔に聞きかじった大学の授業の記憶を掘り起こして無理やりに結びつける。
「え? えぇ、そのとおりだけど。」
幸いなことなのか当夜の予想を裏付ける言葉が引き出される。
(やっぱり。普通に考えればその程度の物質の濃集では重力崩壊するほどのエネルギーにはならないはずだ。ともすると、やはりマナがそのエネルギー源か。だけど、常にその現象が起こっているわけでもない。利用者がマナの流れを作ることで制御できるなんて恐ろしい世界だ。簡易的に天体規模のエネルギーの抽出法を使っていることになるじゃないか。まさにマナのあるこっちの世界はタイプ3の文明に発展できる環境じゃないのか。まぁ、でも仮説なだけで全然正しいかどうかなんてわからないんだけど。だけど、魔法なら天体規模のエネルギーを生み出すことができるんじゃないか。)
当夜の頭の中でブラックホールの形成仮説を説いた量子物理学上の理論体系がおぼろげな記憶として蘇り、不確かな知識によって肉付けされていく。やがて、それは新たな当夜の魔法として形作られていく。
「さっきから何難しい顔しているの?
ほら、頑張りすぎて知恵熱が出てきたんじゃないの?」
考えがまとまりかけたその時、当夜の顔の前にアリスネルの可愛らしい小顔が超接近する。わずかな呼吸音ですら振動として届くほどに。当夜の目がスイートホームのロードクロサイトのように鮮やかなチェリーレッドの唇に吸い付けられる。ブラックホールの引力もかくやと言わんほどである。
「ち、違うよ。近い、近いって。」
当夜はアリスネルの肩を掴むと強制的に距離を取る。
「えー、何よ。フィルには同じようにしてたじゃない?」
アリスネルは不満そうにオルピスに入る直前の光景を思い起こしながら不満を垂らす。
「え? いつのこと?」
「それはここに来る馬車の中で、あっ!」
当夜には当初何の事だかわからなかったが、付け加えられた馬車と言う単語によってその時を思い出す。
「馬車の中って。ああ、そういえば二人が寝ているときに。あれ? 確かアリス寝てた、」
「っ! そんなことより何考えていたのよ!」
アリスネルが当夜の言葉を封じるため指を当夜の下唇に当てて、彼の長考の中身を披露させる方向に話の路線を強制変更する。
「ちょ、怖っ。
そんな大したことじゃないよ。なんか新しい魔法を思いつきそうだったからさ。」
あまりのアリスネルの迫力に負けてまんまと話の路線を変えられる。
「新しい魔法? どんなの?」
「そうね。私も気になるわね。」
「ちょっと披露してみろよ。」
「うん。ウチも見たいで~。」
それまでじっと聞き役に回っていた仲間たちからもこれ幸いと囃し立てるような言葉が飛ぶ。
「いや、だけど、術式を想いついたわけじゃないんだ。何となくイメージだけができただけ。」
「それでは難しいかもしれませんね。ところでそれは加護精霊に属する魔法ですか? そうであれば術式は不要だと思いますよ。そういう思い付きの場合は大抵加護精霊の魔法であることが多いですから試してみてはいかがですか?」
フィルネールが冷静に補足をしてくれたが、彼女自身、当夜の擁護すると言うよりも披露させるために舞台を整えてくれただけだった。
「そうだな。だが、俺の大事な店でやるのは止めてくれよ。まだ見てのとおり新築だからな。」
タルフレットが茶々を入れるが、逆に話を反らすチャンスとして当夜は活用する。
「大丈夫だよ。いきなりぶっ放ったりしないから。それよりメーネさんこれらを買い取ってくれるのでしょうか?」
「ええ。もちろん。全部で金貨5枚と大銀貨2枚でどうかしら? って一度だけの付き合いなら言いたいところだけど、今後のことを考えると金貨6枚でどうかしら? 私の取り分はほとんど無いわ。」
メーネもまた商売に関わる間はその他の件に横槍を入れられるのを除外するためか剣呑な雰囲気を醸し出す。話は完全に商談に切り替わる。
「別に金貨5枚でも全然かまいませんけど?」
当夜は話を切り替えてくれたメーネに機嫌を良くして大きく譲歩する。もちろん本人はそれほど大きく譲ったつもりは無いのだが。
「あら、うれしい。逆に安く売ろうとしてくるなんて予想外ね。でも、何だか試されているみたいで怖いわね。なら、間をとって金貨5枚と大銀貨5枚でお互いに手を打ちましょう。」
メーネもまた上機嫌に頬を緩めながら少しでも当夜の心証を良くするために商人としての計算を瞬時に行い妥協案を示す。
「流石は商業で成功された方ですね。では、よろしくお願いします。それと、タルフレットさん、このお金で出航の準備を整えてください。」
「馬鹿。せっかく借りを返せるチャンスだ。全部俺に任せとけ! 二人のやり取りの後だけに俺の器が小さく見えすぎちまう。」
タルフレットは2人のやり取りに感覚が麻痺したのか彼の資産規模から見れば大きすぎる冒険に打って出てしまった。発言の後に従業員のことを考えると大きく自責の念に囚われたが後悔はしなかったとは本人の談である。
「ホンマに小さいんやからしょーもないちゃう?」
「お前の分だけ請求するか。」
「じょーだん、冗談や。何、本気にしとんねん。あ、すみません。調子乗りました。ごめんなさい。」
レムがそんなタルフレットをからかうが、当夜はすべてを頼り切るのは筋違いと考えていただけに資金の提供を船旅の充実にかこつけて申し出る。
「じゃあ、お言葉に甘えます。ただ、快適な旅行を望みますのでその分の手配料として先の約半分の金貨3枚をお受取りください。」
「‘約’の使い方が間違っているぞ。多すぎだろ。しゃーない、特別なスイートツアーにしてやるよ。」
タルフレットは内心当夜に土下座をするほどに感謝していたが、そこは体裁上胸を張ることで返事する。
「楽しみにしてます。」
「でも、魔物も未討伐のものも残るでしょうから気を付けて行きなさい。それとトーヤさん、明日の朝、第1突堤で魔法の試し撃ちをなさい。船舶の制限はこちらで手配しておくから。」
当夜の話術も虚しく、からっきし自信の無い魔法発表会は復活してくる。
「あ、やっぱりやらなきゃならないのですね。話がそれて逃げ切れると思ったのに。」
「私も楽しみなのですよ。さぁ、ラダル、行きましょう。では、皆さん、おやすみなさい。」
メーネは支払の硬貨をテーブルに置き、戦利品を懐にしまって立ち上がると、銀髪を流しながら腰を麗美に折ると食事会場を後にする。
「はい。それでは皆様、失礼します。」
その後を追うようにラダルが付き従う。
「さぁ、私たちも宿に戻ろ。」
2人を見送ったところで宴の終了を決める一言がアリスネルの口から放たれる。
「そうだね。」
「おう、さっきも言ったが、船旅の準備は任せておけ。準備ができ次第、宿屋に伝令を残す。それまで英気を養っていてくれ。あと、トーヤ。俺もお前の新魔法楽しみにしてるぜ。シシシッ。」
タルフレットがテーブルに転がる金貨を拾い上げて愉快そうに笑うとトーヤの肩を叩きながら部屋を後にする。どうやら従業員に片付けの指示を出しに行ったようだ。
「お前もか! 絶対来るなよ!」
当夜がその後ろ姿に彼らしくない罵声を浴びせる。
「頑張ってよ、ト~ヤッ!」
「期待してます。」
「ドジってもそれはそれでアリやで、トーヤ。」
「お前も大変だな。」
「私も後学のために楽しみにしています。」
その姿にパーティメンバーが仲間思いな一言をかけて宿に帰っていく。1人部屋に残された当夜はただ呟く他なかった。
「へ? マジ?」




