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世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
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トータルでの夕食

「ようこそ、俺の店、トータルに。歓迎するぜ!」


 タルフレットがその姿にまったく似合わないスーツ姿で当夜達を出迎える。


「タルフレットさん、お世話になります。」


「って、こりゃすごいメンバーだな。まさか、」


「タルフレット氏、わかっていると思うが。」


 タルフレットの言葉を途中で遮るようにライナーが集団から抜け出して耳打ちする。


「ええ。ですが、皆さんもすでにお気づきなのでは?」


「いや、フィルネールとレーテル以外は知らんだろう。まぁ、アリスは気づいているようだがな。」


「でしたら教えて差し上げればよろしいのではないでしょうか?」


「まぁな。ただ、もう少しこの関係を続けたいんだ。身分がばれれば当然今のような対等な関係も崩れてしまうだろう。俺は残された少ない時間をただのライナーとして仲間と過ごしたいのだ。」


「そうですか。トーヤのご友人とあっては従わざるを得ませんな。」


「物分かりが良くて助かる。」


 しばらく二人で囁き合う二人の姿に当夜が目を細めて疑惑の目線を送る。


「何、二人でヒソヒソ話しているんだ?」


「い、いや。大したことではない。それより食事に入ろう。」


 ライナーは慌てて振り返ると話をはぐらかす。当夜は首を傾げるが特段大したことでは無いと判断するとタルフレットに案内をお願いする。


「そうだね。お願いできますか、タルフレットさん?」


「わかった。では、みなさん、奥にお進みください。」


「いよっ! その言葉、待っとったで!」


 奥へ手を差し向けるタルフレットの言葉にレムが大きく飛び跳ねながら歓迎の意を示す。タルフレットの案内で高級そうな店内でも最も奥にある個室に誘導される。すでにテーブルクロスの上には色とりどりの花と重ねあわされたような飲み物が注がれたグラスが用意されており、個々の席の前には食器と箸が用意されている。

 それぞれがウエイターに誘導されて適宜席に座る。全員が着席するとコック姿の料理人が銀の台車に載せて料理を運び込み、各人の皿に料理を盛り付けていく。それは以前当夜が作って見せた煮貝に似たものであった。

 当夜の前に料理が盛り付けられていく。厚さ5cmほどの貝の身は琥珀色に染まり、その身をまとうソースはやはり琥珀色、ただし、その色はバルトアンバーに稀にみられる赤色、粘性が高いのかトロリと音を立てそうな照りを見せる。その上にパセリのような葉が舞う。付け合わせにコーヌ茸が2本添えられる。その横の小皿にご飯が盛られる。どこか甘い香りは普段口にする米と言うよりも子供の頃に餅つきの準備をする祖母の姿を思い起こさせる。

 そんなことに意識を取られているうちに全員に配膳されたようである。タルフレットがいつの間にか目の前に用意されたグラスを手にしている。当夜も皆と同じようにグラスを手にする。


「では、精霊に感謝を!」


「「「「「「精霊に感謝を!」」」」」」


 タルフレットの挨拶に合わせて皆が声をそろえる。一人を除いて飲み物を口にする。仄かに広がるワイルドストロベリーに似た香りが鼻腔内に広がる。当夜がその香りの感想を口にするよりも早く飲み物を無視した人物の叫びが場内を独占する。


「う、うまいっ! うまいで~。この煮貝に沁み込む魚醤の旨みと塩気、さらに柔らかく時間をかけて煮込まれたこの噛み心地。堪らんで~。」


(何だ、そのどっかの料理漫画みたいな台詞は。ん? これがタルフレットの仕入れた米の変わりか。まぁ、見た目は米っぽいな。どれ。味の方はどうかな。)

「これは...。」


「どうだ? 北の穀倉地帯、ホーデンベルグでこの俺が見つけて来たんだぜ。」


「もち米だね。」


 そう、香りや食感、味わいあらゆる点で当夜の記憶の辞書から引きだされた一つの回答、それはもち米だった。


「もち米? コメなのだろう。何か違いがあるのか?」


「いや、全然違うだろ。こっちの方がモチモチしているじゃん。」


「どっちもパンに比べれば同じじゃないか。」


 どうやら当夜を除くここに居る者たちには区別はつかないようである。彼らから見ればパンこそが主食であり、あのパサパサした触感になれているため区別をつけにくいのだろう。だが、しっとりした白パンを食べる貴族にはコメは受け入れられる範囲にあったようでこの店でも好評のようだ。


「そりゃ、パンと比べたらな。いずれにしても悪くは無いな。これがあるならイカ飯も作れそうだな。」


「おいおい、なんだそのイカメシとやらは?」


 タルフレットがそのでかい図体を当夜に押し付ける。当夜は鬱陶しそうに押し返すと話を切り捨てて自身の要望を押し付ける。


「ん~。そんなことはどうでもいいだろ。それより、困った時は声をかけてくれって言ってくれたよね。今でも良いかな?」


「おいおい、そんな中途半端な情報で止めやがって。そういや、そんな約束したっけな。それで、何をしてほしいんだ?」


 タルフレットが先ほどまでの陽気な雰囲気を縮めて真剣表情を向ける。


「それが、アルテフィナ法国を急ぎで目指しているんだけど、知ってのとおり船が出てないんだ。というわけで、」


「まさか船を出してくれとか言うんじゃないだろうな。」


「そのまさかだよ。」


「本気か!? だが、海域にはまだ多数の魔物がいるはずだぞ。そんなところに武装船でもない船でいけば一瞬で海の藻屑だぞ。」


 タルフレットの表情が硬くなっていくのがわかる。当夜から見てもかなり無理難題であろうことは想像に難くない。それでも引けない当夜は煽り気味に交渉を続ける。


「やっぱ、そうだよね。いやぁ、タルフレットほどの商人ならと頼ってみたんだけど無理か~。じゃあ、しょーがないね。」


「くっ。言いたいように言ってくれるな。安い挑発だが高く買い取ってやる。だが、3日準備の時間を寄越せ。あとは金の工面か。」


 タルフレットは即断即決で当夜の無茶を受け取る。だが、その表情はかなり焦っているように見える。当然、当夜とてすべてを彼の負担でお願いしようとは考えていない。出来る範囲で彼の負担を減らしたいとも考えていた。そんなところでお金の話が出たわけである。


「そう言えば、昼間教えてくれた店の人って今ここに呼べる?」


「んぁ? オルフェルス商会か。だとしたら丁度いいな。実はお前の話をしたら会長が会いたいってことで食後に時間を取ってある。お前には食事の後にでも紹介しようと思ってな。驚いただろ。」


 タルフレットは虎の威を借りる狐のごとく胸を大きく張る。だが、当の本人は驚くというよりは知らぬ間に会うことになっていた人物への不信感が色濃く漂っていた。


「はぁ、そんなに驚くこと? 確かに立派なお店だったけどさ。それより勝手に話進めないでないでよ。」


「何ゆうとるねん! オルフェルス商会の会長やで、オルフェルス商会の会長!」


「まぁ、トーヤだからね。」


「そうだな。トーヤだからな。」


「トーヤ様ですからね。」


 レムの激しい反応と対照的に落ち着いた雰囲気で当然のように呆れるアリスネルとライナーの声が当夜の胸に刺さる。だが、もっとも大打撃を与えたのは冷静に続くレーテルの声であった。


「レーテルまで!? いや、そんなに驚くことなの?」


 当夜は愕然としながらタルフレットに振り返る。


「流石はトーヤだな。オルフェルス商会はすべての国に支店を持っている大商会だ。どの国も彼らの落とすお金が貴重な財源になっている。加えて各国の情報はもちろん、辺境の情報まで持っている。そういう意味ではギルドもずいぶんと厄介になっている。まぁ、俺たち商人も困った時はオルフェルス商会にって言うのが口癖になるほどだ。起業に必要な貸金もやっている。俺の事業もまさにそれさ。そんな大商会のトップがお前に会いたいと言っているんだ。貴族でも卒倒ものだぞ。」


 自慢げに語るタルフレットに当夜はまた厄介な人物との接触が待っているかと思うとうんざりした気持ちになっていた。


「へー。タルフレットの長い説明がすごさをよくわからせてくれたよ。ただ、僕は単に売りたいものがあるだけなんだけど。」


「あら、ぜひそのものを見てみたいわね。」


 凛とした声が声の大きさと反比例するかのような影響力を以て会場を支配する。

 振り返った当夜の目に映った人物は細身の体を黒いヴェールに包んだ妙齢の女性であった。彼女は銀髪のロングヘアーを床ギリギリまで伸ばし、レッドジルコンのような赤い瞳で当夜を鋭く射抜いた。

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