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世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
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褐帯藻の活用談義

「おいおい、よそ様の家で大暴れみたいだな。少しは自重してくれよ。俺の商売にも影響が出ちまいそうだ。」


 タルフレットが肩を上げて困り顔でトーヤに事態の早期収拾を求める。


「まぁ、そこまで大きな被害でなければ構いませんよ。タルフレット様のおかげでこのぼろ屋も建て替えられそうですし、いっそ壊れてしまえばいい口実になります。」


 ところが持ち主であるホルクは他人事のように軽口をたたく。当夜から見ればアリスネルを甘く見ているように思えるが、ホルク自身はタルフレットを成功に導いた当夜との時間を裂かれる方が問題なのだ。


「へー。そんなに儲かったんですか?」


「ええ。実は私の叔父が値崩れするとは知らずに【トトル貝】を大量に仕入れてしまいまして。危うく腐らせるところでタルフレット様が買い取ってくださったんです。」


 ホルクの叔父は漁師たちからの直接買い付けを生業としていた。その日は知り合いの漁師たちが大量の【トトル貝】を水上げていた。高級貝でありながら味の良さに人気の高い【トトル貝】が自らの手元に大量に入ることに心が躍ってしまった彼は何も考えずに独占的に買い付けた。多くの買い付け人たちは漁師が持つ大量の貝に疑問を持って買い控えを行う中、彼だけが一人舞い上がってしまったのである。その日必然的に【トトル貝】の大量発生が報じられると一気に値崩れが起きてしまった。その暴落ぶりはすさまじく、1個15シースの値を張る高級貝がたったの5メタまで値崩れしたのだ。


「まーな。俺も家畜の餌にできると思って買ったはいいが、あまりの固さに不評で困りきっていたんだ。そこへトーヤが良い解決策を持ちだしてくれたってわけさ。乾貝だったか。おかげで今や俺の主力事業さ。」


 タルフレットは古くからの付き合いのあるホルクら家族を救うために赤字覚悟で多くを引き取った。とりあえず、彼らの家族と共に内臓をとり、乾燥させると海から離れた都市の家畜の餌として活用できるのではないか巡る中で当夜に出会ったのである。その後、彼は乾貝の煮貝を売り出し、爆発的人気を得て貴族や王族のお抱え商人となっている。


「事業?」


「おうよ。今は飲食業にも手を広げているんだ。【コメ】とかいう穀物も似た奴を北方のとある国で見つけてな。買付の交渉や輸送なんか大変だったんだぞ。おかげで高級料理になっちまった。」


(貝よりお米が高くなっちゃ意味ないじゃん。)

「へー。今度食べてみたいな。」


「よし、今夜ご馳走してやるよ。俺の新しい店が港にあるんだ。ぜひ発案者のお前の意見を聞いてみたい。」


 タルフレットは腕組みをしながら一人頷くと当夜達を夜の食事会に誘う。もちろん、彼からすれば以前の食事会のお礼も兼ねている。


「別に発案したわけじゃないけど、気にはなるね。それでお店は何て名前なの?」


 当夜が気になっているのは煮貝の完成度ではなく、この世界の米に似た穀物である。いくら渡界石に詰め込みまくれると言えど地球上では隠れて収納できる場所までは物理的に運ばなければならない。その点を考えるとこちらの世界で買えるのならその方が便利だ。


「おうよ。店の名前は『食事処トーヤ』さ。」


「ぶっ!」


 ふざけるなと続けそうになるところをタルフレットは笑いながら制する。


「ハハハ。冗談だ。『食事処トータル』さ。トーヤと俺の名前をそれぞれとって付けた。本音としては最初の名前にしたかったんだが、俺の具材があったからこそということで半々にさせてもらった。良いだろ?」


「いや、むしろ『食事処タルフレット』にしてほしかったよ。」


 当夜は安堵して肩を落としながら薄笑いを浮かべる。


「おいおい、俺がお前に気を使って悩んだのが馬鹿みたいじゃないか。まぁ、いまさら名前を変えるのも何だしな。それにお前に感謝しているのも事実だ。それはそれとして、おい、ホルク、準備はできたのか? 早く持ってかないと嬢ちゃんたちに本当に家を吹き飛ばされるぞ。」


 先ほど来、台所で貝を開ける音を幾度も響かせながら二人の話に耳を傾けていたホルクはタルフレットからの問いにその完了を以て答える。


「ええ。今できました。さぁ、お客さんを待たせるのも悪いですから移動していただいてもよろしいですか?」


 ホルクはざるいっぱいのカキのような貝を持って振り返る。


「あ、その前に一つ聞いてみたいことが。ホルクさん、そこに山積みになっている海藻は何ですか?」


 当夜の目にはカキの山よりも気になっているものがあった。それは台所に併設されたいけすを埋めて山のようになっている褐色の塊であった。


「え? ああ、これですか。これは【褐帯藻】ですね。海の中で帯のように長く伸びているのでこの名があるんです。おかげで漁の邪魔になるんでこうして抜き取るのですが、養殖用の餌や畑の肥やしに使うくらいしか利用価値があまりないんですよ。しかも撒き過ぎれば腐りますからほとんど廃棄物として海に捨てますね。」


「へ~。」

(一見すると昆布みたいなんだけど。食べられないのかな。)

「これ、食べたりしないんですか?」


「まぁ、食べられますけどネバネバがすごい上にあまりうまいものでもありませんよ。」


「なるほど。」

(まさに昆布だな。もちろん種は違うんだろうけど似たような進化をたどった生き物なのかも。だとしたら、)


「おい、トーヤ。また面白いことを思いついたみたいだな。教えろよ。」


 当夜の中で考えがまとまるよりも早くタルフレットが待っていましたと言わんばかりに詰め寄る。


「あっ、ずるいですよ。私にも教えて下さい。」


「いえ、実際思ったように行くかもわかりませんし。」


「大丈夫だ。いいから言ってみろ。」


「う~ん。まだ予想の段階ですけど、この【褐帯藻】でしたっけ、この海藻を天日で干してみてください。たぶん紫外線がタンパク質を壊してアミノ酸を生み出すはずです。そうすれば、」


「ちょ、ちょっと待て。何言っているんだ? シガイセン? タンパシツ? アミ・・・、よくわからん言葉でてきて理解が追いつかん。トーヤ、お前って実は偉い学者さんなのか?」


 どうやら、この世界には無い言葉のようでうまく変換されなかったのか片言のおうむ返しがタルフレットの口からあふれ出る。同時に、当夜の評価が『思いつきのすごい少年』から『すごい学者?』に変換される。


「そ、そうですよ。私もこれでも漁業学校に通っていたんですけど全然わかりませんでしたよ。」


「え? う~ん、そうですか。まぁ、平たく言うと陽ざしの中にある力が海藻の成分を旨みに変えてくれるんです。それを濃縮したものがこれなんですけど。ちょっと嘗めてみますか?」


 当夜は二人にアイテムボックスから旨み成分の塊である白く光り輝く粉を取り出すと二人に嘗めるように進める。


「「う、うまい!」」


 二人の顔が何か大きな衝撃によって打ち抜かれたかのように後ろに傾く。


「ただ、それがこの【褐帯藻】にも適用されるかどうか。」


「ぜひやってみよう。具体的にどうすればその粉になるんだ!?」


「あ、いや、ここまで造るには道具が無いから難しいかと。ただ、天日干しさせた時点で出汁を取ることぐらいできると思いますよ。」


「そうか。だ、だが、それだけでも十分だ。詳しいやり方を教えてくれ。」


「詳しいって、ただ、日当たりと風通しの良い浜辺で乾燥させればいいと思うよ。カラッカラに乾いたら水で煮出せば出汁が取れると思う。あとはその出汁で料理に味と風味を付ければ良いと思うよ。貝の炊き込みご飯とかお吸い物とか幅が広がると思う、けど? どうしたの、二人とも?」


 当夜の説明に二人は口を開けて埴輪のように身動きを失う。当夜はまたも伝えられない言葉や表現があったのかと不安になってしまう。だが、続いた言葉は当夜の予想を大きく裏切るものだった。


「い、いえ。私はてっきり高額な情報料の請求がまずあるものだと。そこからの交渉を覚悟していたのですけど...。」


「まぁ、俺も同じくだな。まさか、こんなあっさりと教えられると逆に怖いな。」


「いや、だって、まだそうなるかどうかもわからない情報だよ。そんなので金なんてとれないでしょ。」


「いえいえ、とんでもない。情報なんて正解かどうかもわからない中で投資するものです。私たちはトーヤさんを信じて投資してみようと考えたのですよ。それなのに...。」


「まったくだ。これじゃ、でかい借りができたみたいで困るぞ。」


「それじゃあ、こっちが困った時にでも力を貸してよ。」


 当夜の中では大したことのない情報提供であったが、二人からすればとてつもない弱みを握られた気分であった。それほどまでに当夜の話す内容は発展性があり、莫大な利益を生み出す可能性が望めた。


「ふー。まったくでかい借金を抱えた気分だぞ。まぁ、そういうことなら困った時は迷わず俺のところに来い。それと今夜はそのレシピも教えてくれよ。」


「はは。また借りを作るの?」


「うっ! 痛いところだがそれだけの魅力がある。」


「わかったよ。じゃあ、今夜の食事はトータルへと伺うよ。さぁ、レムがお待ちかねかな。行きましょうか?」


「そうだな。」


 とはいったものの、3人は静まり返った少女たちが待つ部屋の戸を開けずにいた。それはあまりの静寂さが生み出す恐怖である。だが、二つの世界を分ける扉は不意に開かれる。


「あら、3人ともどうしたの? そんなところに突っ立って。」


「あ、いや。アリスこそどうしたのさ。」


「え? 遅いから様子を見に来ただけだけど。」


「あ、ああ。そうだよね。いや、今丁度戻ろうとしていたところだったんだ。そしたら急に扉が開いたからびっくりしてさ。」


「そうだったの。皆さん、脅かせてしまったみたいで申し訳ありません。」


「いやいや、こちらこそ済まない。遅くなった。」


「じゃあ、席に着こうか。」


「そうね。レムも大人しくしてくれるって。ねぇ、レム?」


「はい。先ほどまでの私はおろかでした。皆さま、ご無礼お許し願います。」


 そこには紫のロングヘアーを肩にかけた可憐な少女がいた。


「誰?」


「ふふふ。トーヤでも冗談を言うのね。」


「ほんまや。あ、いえ、本当ですね。私傷つきましたわ。」


「ああ、ツインテールじゃないとずいぶん雰囲気変わるんだね。結構可愛いんじゃないか。」


 もちろん髪型だけでなく、足の揃え方や手の置き方、椅子への腰かけ方、身だしなみを一から十までアリスネルに徹底指導されたすべてがレムの女性らしさを際立たせただけなのだが。そう、アリスネルに矯正される前のレムは大股を開き、ひじをテーブルにつき、両手は箸で塞がって、髪はぼさぼさ、衣服はよろよろと目の慣れた当夜でも女性としてどうかなと思うあられもない姿だった。当夜はよくライナーはレムに惹かれたものだと改めて感心する。


「えへへ。って傷ついたってところには触れないんだ!?」

「むう。」


 アリスネルの目が鋭く当夜に向かって光る。


「あ、いや、もちろんアリスには敵わないけどね。」


「何だか言わされている感がすごく伝わってくるんだけど。」


「そ、そんなこと無いよ。」


 そんなやり取りの後、焼貝を囲んだバーベキューが始まった。ちなみに当夜がカキだと思っていた生き物はオストールという貝殻を背負ったエビだった。

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