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世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
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再会

「タルフレットさんじゃないですか?」


 振り返った男は白のタンクトップと薄汚れたツナギ様のズボンという以前出会った時と同じ恰好であった。ただ、異なっていたのは無精ひげは綺麗に剃られ、いくらか清潔感が増したようだった。


「おう? トーヤじゃねーか! 何だ、まさかお前も乾貝の商売始めようってんじゃないだろうな。勘弁してくれよ。お前さんの発想が敵に回ったんじゃかなわんぞ!」


 二重あごを擦りながら、邪気のない笑顔で出迎えたタルフレットは出会い頭から本音を吐露する。


「違いますよ。でも、」


 当夜は悪戯を思いついた少年のような笑みを浮かべる。


「でも、そうですね。そういう商売に打って出るのもいいかもしれないですね。アイテムボックスもありますし。それにいいアイディアもあるんですよね。」


「お、おいおい。勘弁してくれよ。で? マジなのか?」


 タルフレットは両腕を持ちあげて降参のポーズをとりながら目だけは獲物を狙うような鋭い光を放っている。やはり、商人と言うだけあってただふざけているだけでは終わらないようである。


「いえいえ。冗談です。今は冒険者業が忙しいですからね。当面はそちらに手を出すことは無いですよ。それより今日は買付ですか?」


 何やら狙われている気配をこれまでの戦闘での経験が知らせてくる。当夜は話題を反らすことにした。


「そうか、そうか。安心したぞ。そうだった。今は買付の最中なんだ。」


 ご機嫌な表情を浮かべた入道は親指で対面で礼儀正しく事態の成り行きを見守る青年を指さす。青年は丁寧なお辞儀こそすれど当夜に探るような視線を送る。


「へー。あ、邪魔しちゃいましたね。」


「いや、気にするな。」


「そうですよ。タルフレット様のご友人の方ならこちらは大歓迎ですよ。どうですか、タルフレット様と一緒にお食事でも?」


 青年はタルフレットと当夜のやり取りから当夜を有益な存在と捉えたようだ。


「いえ、そんなご商談のお邪魔をするわけにもいきませんよ。」


「そんな水臭いこというなよ。ぜひ、お前さんの意見も聞きたいしなぁ。どうだ?」


「ええんちゃう。おご馳走になろうや。」


 レムはレムでどうやらこの流れに金の香りを感じとったようだ。


「レム、君はまったく。どう思う、アリス?」


「え? そうね、別に構わないんじゃない。どうせ、向こうは時間かかるでしょ。」


 突然の当夜からのフリにも冷静な対応を見せる。


「それもそうか。では、ご一緒させていただきます。」


「おう、そうこなくっちゃな。ホルク、わかっているな?」


「もちろんですよ。皆さんには最上級のもてなしをさせていただきますよ。」


 ホルクと呼ばれた青年はその言葉を待ちわびていたかのようにそそくさと店の中に足を進める。


「い、いやいや、そんなお構いなく。」


 遠ざかるホルクを諌めようとするが、彼はまったく聞く耳持たずに店内に消えていく。当夜達がついてくることが当然のようにタルフレットも店内に進んでいく。


「な~に遠慮しとるんや。ぎょーさんサービスしたってや。」


 当夜が店内に進むかどうかを悩んでいると3人を代表してレムが突撃していく。


「フフフ。トーヤ、こういう点ではレムにはかなわないわね。」


 アリスネルはレムを笑顔で見送ると当夜の背中を店内に向かって優しく押す。


「まったくだよ。子供がいたらこんな感じなのかな。これじゃ、僕がパパで、アリスがママって感じかな。」


 当夜はアリスネルに振り返ると苦笑いを浮かべて冗談めかして頬を掻く。


「そ、それって、私たちが夫婦ってこと?」


 アリスネルの顔が赤く染まる。当夜はその様子に近頃の不機嫌なアリスネルの印象から不評を買ったのではと急に不安になった。それでもその雰囲気に負けないように努めて明るく茶化す。


「ハハハ。まぁそうなるね。変な例えだったね。ごめんね。」


「そんなことない!」


 アリスネルはそんな当夜の想いと裏腹に力強く、それでいていつになく強い意思の篭もった言葉を紡ぎ出す。


「アリス?」


「あっ、いきなり大きな声を出してごめんなさい。でも、ほら、そういう例えもありだよね。この雰囲気にあっているもん。」


 両手をブンブンと振りながらアリスネルは自身の行動を嗜めるように言葉を重ねる。


「そうだよね。あ、レムが先に中に入っちゃった。早く来いってさ。行こう、アリス!」


「うん!」


 当夜はアリスネルの行動の奥に隠されたところに気づかないのか、それとも気づいていながら触れないようにしているのかそれ以上の深追いはしない。窓から見えるレムの姿を目ざとく見つけた当夜は話を切り上げて店内に進むようにアリスネルの手を引く。アリスネルは嬉しそうにその手を握ると当夜の背を追う。


「もー、遅いで、二人とも。」


 当夜達が玄関をくぐると、屋内の格子状の木造の壁から海風が二人を迎え入れる。奥ではレムがテーブルを前に腰かけて二人を待っている。その手にはすでに箸が握られている。


「「アハハハ。」」


 二人はお互いに顔を合わせて苦笑いを浮かべる。


「レム、もう少し慎みを覚えなよ。」


「ええやん。せっかくの歓迎なんやしもうちょいトーヤは素直になりーや。」


 当夜の苦言もどこ吹く風とレムは爽やかな海風と共にさらりと受け流す。まさに暖簾に腕押しだ。

 そんな二人のやり取りにアリスネルはこめかみに青筋を立てている。


「レ~ム~。」


「なんや二人して。あんたら、ウチの親みたいやん。あー、怖!」


「べ、別にト、トーヤとはまだそこまでは...。それよりっ!」


 アリスネルは先ほどまでのやり取りを思い起こして一瞬取り乱すもそのことを怒りに替えてレムを再び睨み付ける。


「ハイハイ。わかりましたよ。お淑やかにさせていただきます。ほんま、ウチの母ちゃんみたいやな。」


「‘はい’は、一回!」


「ほ~い。」


「レームー!」


「くくく。アリスも大変だな。それで、えーと、ホルクさんは?」


 かく言う当夜も二人のやり取りを見て頬を緩めた。当夜から見ると、二人の姿は母親代わりに大人ぶる姉と敢えて子供ぶる妹のように映った。


「んー? そっちの奥に行ったで。もう一人のダルマのおっちゃんとな。今なら二人でイチャイチャしてもバレへんで?」


 レムがどこで習ったのか下種な笑みを浮かべる。


「あ痛たた。悪かって、勘忍してや。アリス姐さんはすぐ本気にするんやもん。ちょっとからかっただけやないかい。誰が見たってもトーヤにメロメロなのバレバレなのに。えっ、あの、本当に冗、だ、ん...ですから~!」


 間髪入れずにアリスネルの天誅が下る。アリスネルのこぶしがレムのこめかみを捉えると万力の如く絞り上げる。涙目のレムが上目遣いにアリスネルを見上げるが、その怒りは全く収まる様子は無い。さらに地雷を踏んだようで彼女の周囲にマナの流れが沸き起こる。


「じゃあ、僕はちょっと様子を見てくるよ。アリス、ほどほどにな。よそ様の家なんだから壊すなよ、レムはどうでもいいけど。」


 当夜は理性ある常識人としてアリスネルを諌めようとしたが、下三角に座る彼女の目を見てすごすごと退散する。


「ちょいとトーヤ、ウチを見捨てんといてー! ギニャーッ!」


 当夜が隣の部屋に入ると戸の隙間から漏れる光と振動が伝わる。どうやらまさに天罰、雷が落ちたようだった。

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