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世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
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行路変更

 赤神との戦いから3日が経過した。この間、当夜達は城壁損壊の状況説明や負傷者の休養にあたっていた。

 

「とりあえず状況は落ち着いたな。皆にも心配かけたようだが、ようやく戦線復帰だ。」


「そやなぁ、一番の重傷者はライナーやったからなぁ。最年長者が情けないなぁ~。」


「うるさい! ほっとけ!」


 普段のライナーであればここで感謝の言葉がよどみなく出るはずだが、どうにも彼らしからぬ軽率なツッコミがレムに向けられる。


「こら、ライナー。レムは貴方が目覚めるまでずっと看病してくれていたのよ。それなのにその言葉はひどいんじゃないの?」


 アリスネルに咎められて初めて自身のらしからぬ発言に気づき、その目が宙を泳ぐ。


「う、うむ。それはわかっている。そ、その、まぁ、その改まってお礼をいうのも恥ずかしいな。」


「ま、まぁ、ウチとしてもこれくらい返しがある方が会話のし甲斐があるっちゅうか。」


「ははは。仲のよろしいことで。」

(二人ともこの3日間でだいぶ進展したみたいだからな。)


 当夜は宿屋での心の壁を感じさせない二人のやり取りを知っているだけに今でこそ違和感を感じていないが、初めてその空間に足を踏み込んだ時は気まずい空気になったのを覚えている。だが、そんな心の距離感をつかんだ二人を羨ましいとすら思っていた。


「ほっとけ!」

「うるさいで!」


 息の合う二人に3人は小さく笑う。


「はいはい。それで、次はどうするだい? 帝国を抜けては行けないんでしょ?」


 当夜は二人がすねる前に話題を先に進める。


「そうですね。元はレアール、アルテフィナ法国、コートル王国の順に訪問する予定でしたが、帝国を通れない以上は海路でアルテフィナ法国へ一先ず渡ります。こうなった以上はアルテフィナ法国、コートル王国、レアールの順に切り替えた方が良いでしょう。どう思いますか、レーテル?」


「はい。フィルネール様のお考えのとおりの行路がよろしいかと。」


 フィルネールの問いに道先案内人であるレーテルが肯定する。それにしても彼女は多少のことではぶれることの無い優秀な秘書官である。ライナーとレムのやり取りにも冷静沈着であり、いつか彼女を笑わせてみせることが当夜とレムの一つの小さな目標となっているほどだ。


「ちょいと待ってくれ。俺にもやらなきゃならんことがある。レアールを優先したい。アルテフィナ法国の後はレアールに向かいたい。」


 そこに国王から首都再建のための物資調達の命を受けたライナーが割り込む。


「まぁ、使節団の長がそういうならその方が良いんじゃない? 私もお母様のところに一度挨拶行きたいし。レアールの後は、世界樹の森によって貰っていいかしら?」


 アリスネルが珍しく要望を上げる。


「へぇ、世界樹の森かぁ。アリスの故郷ってことでいいの?」


「そうよ。トーヤにもぜひお母様にあってほしいわ。」


「えっ? アリスのお母さんに?」


「うん。何か問題ある?」


「いやいや、問題は無いんだけど、なんか緊張するね。」

(ま、いきなりお父さんでないだけいいか。)


 当夜としては好意を意識し始めた少女の家族に会うことの意味を深く意識してしまっているのだが、アリスネルにその意図はなく、完全に当夜の空回りとなっていた。


「?」


「それで、世界樹の森ってのはどうやっていくんだ? 聞いた話じゃ、エルフ以外の種族が入ることは難しいと聞いたことがあるが。」


 世界樹の森はこの世界でも有数の未到達・未開発地域である。かのドワーフたちも豊富な資材に目を付けて近くに都市を構えたほどである。だが、その森は、世界樹の力によってエルフ以外が入り込むと入り口に戻されるという怪奇でガードの固い森であった。それでもドワーフは世界樹の森の開拓に執念を燃やして今もとどまり続けている。ドワーフとエルフの仲が進展しない大きな理由がそこにあった。また、ドワーフの開発行為に力を貸す人族についてもあまり好意的な感情をエルフから得られていない理由がそこにある。

 ライナーがそんな事情を加味して問うと、アリスネルは胸を張りながら自信を持って答える。


「私がいるから大丈夫! 場所はレアールの東側の大森林が入り口だからレアールの後で良いよ。」


「せやけど、そないな重要な話をウチらみたいな部外者に簡単に話してもうていいん?」


 種族の問題を深くは知らないレムですら心配するほどにこの問題は深い。


「え? 別に問題ないわよ。どうせ深き森人以外にたどり着けないから。まぁ、私みたいな高貴な存在が案内すれば誰だってフリーパスよ。それに、みんなは部外者じゃないわ。私たちは仲間で友達でしょ。」


 人差指を下唇に当てると首を傾げて、さも当然のことのように言って退けるアリスネル。


「ま、まぁな。」

(というより、アリスネルはそんな上位のエルフだったのか?)


「そ、そうだね。」

(なんかアリスが友達とか言うと新鮮だな。どちらかというと人を寄せ付けないイメージが先行しているんだけどな。まぁでも、良い傾向かな。)


「そ、そやな。」

(なんやこそばゆいなぁ。)


「そうですね。」

(そうですね、アリス。私たちは親友です。)


 アリスネルのらしからぬ姿と言動に思わずたじろぐライナーと当夜、レムであったが、フィルネールだけは笑って答えた。


「な、何よ。行きたくないの?」


 アリスネルはなぜ多くの者たちが挙動不審になったのかわからず、ちょっと不機嫌な態度を取り始める。当夜は慌ててフォローに入る。


「もちろん、そういうわけじゃ無いよ。じゃあ、レアールの後で世界樹の森に向かうということで。アリス、楽しみにしているよ。」


「ええ。楽しみにしてて。楽しみに。」


 満面の笑みで応えたアリスネルであったが、すぐに俯く。当夜にはその様子が照れ隠しのように感じられたが、フィルネールには寒気を感じるほどに冷たい目をしたアリスネルの姿を認めることとなる。だがすぐさまフィルネールの目にも、それが気のせいだったかのように恥じらいに揺れる姿として映るようになる。


(気のせい、ですか。ですが、どうしてこうも胸騒ぎがするのでしょう?)



 当夜達はフーレを後にする。

 その馬車を見送る一人の女性の姿が城壁の突端に浮かぶ。その顔には彼女の身を包む純白の法衣とは真逆の印象を与える仄暗い笑みを浮かべていた。やがて、彼女は足元の爪で掻いた跡を見つけてさらに深くその美しい顔をゆがめる。


「盟主さまの御意思をかなえる道具よ、存分に働きなさい。」

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