ぶらり街歩き その2
大通りに合流してから2軒目の店に案内された。軒先には乾燥肉や干物、ニンジンやカブに似た根菜、セリやパセリのような小物からセロリのような大型の葉物野菜、様々な木の実やコケモモのような果物が陳列されている。開かれた店の奥には鍋や食器などが見える。おそらく食材や調理器具などの雑貨を扱った店なのであろう。
ウォレスはこの街随一の仕入れのよさを誇る『タルメア』を紹介すべく開いた店の奥に向かって声を飛ばす。
「レーテさん、居るかい?」
(万年女日照りのウォレスじゃないか。まったくこんなババア相手に何を上機嫌で呼んでいるんだか。)
「はいはい。ウォレス、今日も来たのかい。そろそろ女の一人でも連れて来てもいいんじゃないかい?」
「うっせーなぁ。俺はいつでも両腕を広げて待っているし、花束を持って迎えにも行っているくらいだぜ。なのに誰一人振り向いちゃくれねーのさ。」
「———あんた、それを本気でやってないだろうね。そんなことしたらますます女が離れちまうよ。
それで、今日は何の用だね。何か買っていくのかい?」
奥から恰幅の良いおばさんが出てくると、ウォレスと簡単な掛け合いをしている。中身は圧倒的にウォレス不利なものだった。
「...ああ、そうだった。こちらへ。」
なぜか気落ちしたウォレスが軒先の当夜を招くように手招きして呼ぶ。陽を背中に浴びていた当夜だったが薄暗い店内に足を運ぶ。そこには天井からぶら下がる白熱電球に似た光を放つ水晶球が6つほどあり、外ほど出ないにしろ適度に物を見れるほどに明るさを保っていた。
(あらまぁ、ずいぶんと可愛らしい少年だねぇ。まさか、あの女に無縁のウォレスが子供を連れてくるとは。あいつからは女の気配を感じとれなったのに。あたしもずいぶんと耄碌したもんだ。女の勘も78年目に突入して錆が出て来ちまったのかねぇ。)
「ん?」
女性の顔が当夜に近づく。元は美人だったのだろうその整った顔立ちは60歳くらいに見える。
「おばさん、顔が近いよ。いくらきれいな顔立ちでも近すぎると逆に見づらいよ。」
「おや、まぁ! 聞いたかい、ウォレス。あんたもこれくらいの褒め言葉を覚えな。」
レーテがウォレスの背中を遠慮なく叩く。強靭そうな男が前のめりに咳き込む。
(食事が貰えず痩せているってわけじゃ無さそうだねぇ。まぁしかし、線が細いせいか余計に幼く見えるねぇ。物腰やらからすると15歳くらいにはなっているのかもしれないねぇ。年齢的にはウォレスの子供説はちっと無理があるか。とは言え、これは嫁さんを貰えない哀れな小僧をからかうにはちょうどいいネタになるかね。)
レーテにはウォレスに貸しがある。本人が気づいているかはわからないが。ウォレスはまじめで良い性格なのだが、頭が堅すぎるのだ。この間もせっかくレーテが隣町から山の幸を卸しに来る行商人の娘を紹介してやったのに、あのざまだ。脈ありだったのに。簡単に言うとこんな感じだ。
‘今日のお勧めは何ですかな?’
と、ウォレス。
‘私、などいかがでしょうか?’
恥ずかしそうに答えた娘。
‘それは心配だ。俺が警護しよう。’
2人で街に繰り出した。さすがのレーテもうまくいったとウォレスの帰りを待った。それはもう心待ちに。だが、帰ってきた奴の言葉は予想の斜め上を行った。
‘いや~、無事、送り届けてきたぞ。今日も良い仕事をした。同僚のアービがあの娘を気に入ってな。途中で引き継ぐことになったが、ずいぶん楽しんだようだ。俺にもそんな出会いがあればな。しかし、最後になんで俺に宿までの護衛を頼んだのやら。’
グーで殴った、顔を。まったく以てレーテの面子は丸つぶれだった。
「しかし、あんた、いつの間に子供を作ったんだい? ん~、ウォレスにまったく似てないねぇ。母親似かい? だとしたら相当な美人だね。【深き森人】かい? ずいぶんなモヤシっ子じゃないかい。ちゃんと飯を食わせなさいな。それにしてもこの世の人間とは思えないねぇ。」
女性の顔が当夜の鼻先にまで迫る。半歩分仰け反った当夜をまじまじと観察する女性の目の運びは鋭い。まるで人生経験豊富な老人に見透かされているようだった。
「おい、この方はエレール様ご縁のお方だ。ふざけたことを申すな。」
ウォレスが慌ててレーテを引き離す。
「ほう! そうなのかい。それは失礼したねぇ。許してちょうだいね、お坊ちゃん。」
どこか小ばかにしたようなレーテの対応に少しムッとした表情が当夜の顔に浮かぶ。どうにか感情を読まれまいとポーカーフェイスを気取る。
「いえ、お気になさらず。それより、僕は大人ですよ。お坊ちゃんは無いでしょう。」
(エレールさんと言い、レーテさんと言い、僕を幼く扱うけど偶然かな?)
(子供ほど大人ぶりたがるもんじゃが、確かに若造くらいの評価はしてあげてもよいのかねぇ。ま、体はどうみても子供だがね。ウォレスの言い分だとこの少年はあのエレール女史の縁者らしいが。うーん、とりあえずここは袖の下でも送っておくかねぇ。)
「あっはっは、悪かったね。じゃあ、これをお詫びにあげるから許しておくれ。」
そう言うなり傍の箱を漁ると、レーテは赤く濁った飴玉を渡してきた。飴で買収しようなどとは明らかに子ども扱いのままであった。それでも異世界の食べ物を食すチャンスととりあえず受け取る。
(うーん、いくら顔のホリが浅いと言ってもひどすぎないか。まぁ、これまですれ違った大人の男はウォレスよろしくデカいし西洋人みたいに顔のホリが深いんだよね。あれが大人の男性の標準なら僕は子供に見えるのかな。)
そうなのだ。ここまで当夜は8名の男性にあったが、いずれも2mは超えており、トーヤの168㎝はおそらく子供に見えてしまうくらいに大きな開きであった。そして、何より顔のつくりが西洋人のそれと同等かもっと深いホリにより厳つい雰囲気を高めているのに対し、当夜は日本人ならではの彫の浅い東洋人風のそれであり、ただでさえ幼く見えるというのに持ち前の童顔がさらに拍車をかけていた。
「どうも、ありがたくいただきます。」
結局、言葉に含むものを感じながらも飴を受け取った当夜は口に頬り込む。後に彼は語る。
‘だって異世界の食べ物だよ。それにおなか減ってたんだもん。’
(あっ。酸っぱい。それに優しい甘さだ。)
レーテが与えた飴はこの街、クラレスの名前の由来にもなっている特産の【クラーレ】の実から作ったものだ。【クラーレ】は赤いブルーベリーとでも表現すべきか、はたまたコケモモとでも言いかえるべきかそんなような小粒の果物だ。味はグレープフルーツのような強い酸味とキイチゴのような淡い甘味、そしてワイルドストロベリーのような甘い香だ。この【クラーレ】、クラレスの特産だけあって近くの森には鈴なりとなっていることが普通でその気になれば一人で一時間とかからず一斗缶一杯に集めることができる。収穫の時期には主婦たちが小遣い稼ぎ森に繰り出す光景はもはや風物詩だ。
「———美味しい。」
最初は憮然とした表情を浮かべていた当夜だったが、飴を舐めだすと思わず笑顔がこぼれた。
(やっぱり子供はこうでなくちゃ。)
ただ、クラーレ自体はそれほどでもないが、飴の原料となるシロップはすごく貴重である。それもそのはず街路樹にも見られた【糖蜜カエデ】の樹液を3リットルも煮詰めてようやく飴一粒分の量なのだ。この3リットルとて容易では無い。ギルドに依頼を出せば20シースも取られる。おかげでこの小さな飴一粒で50シースは取らないと採算が合わなくなる。50シースといえば大人が一日暮らせる金額だ。この少年は何の躊躇もなく口に放り込んだが、この贈り物の価値がどれほどのものかわかっているのだろうかと不安になってしまうレーテであった。
(とりあえず、店の商品でも紹介しとくかね。)
このままでは何の恩恵も伝手も得られそうにないと危惧したレーテは売り込みを始める。子供相手と言うことを考慮して難しい道具は引き合いに出さない。
「こちらでは、日用品なら大体そろうよ。包丁、フォーク、はさみばし、お皿なんて種類もたくさん、大工用品まであるよ。食品はパンや乾麺、野菜や肉、魚介類、果実ジャムと幅広く扱っているよ。まぁ、あんたほどの身分なら給仕係でもいるだろうからあまり直接は関係ないかもしれないけど、贔屓にしてもらえるとうれしいねぇ。」
「ええ。また近く尋ねますよ。その時はよろしくお願いします。」
(片メガネでじっくり調査したいし。一応、別の似たような店とも比べてみたいしね。)
「楽しみにしてるよ。」
(実際問題、他の貴族様と同じで、この子はうちに来ることはそうそう無いだろうがね。給仕係の子にでも良いように言ってくれれば御の字さね。)
店から去っていく一見親子に見える二人の背をレーテは見送ったのだった。




