赤神との戦い(後編)
「二つ目まで使うことになるとはな。」
「なら、もう満足でしょう。」
「馬鹿言うな。ようやく面白くなってきたんだ。だが、ここからは遊びじゃないぜ。さぁ、俺を楽しませてくれ。いくぞ!」
掛け声とともに砂埃が舞う。当夜の見る世界がセピア色に彩られる。【遅延する世界】が発動したにも関わらずゴルディロアは猛烈な勢いで当夜に迫る。
今の当夜の【遅延する世界】の中ではフィルネールですらその動きを鈍らせて見えるのだが、ゴルディロアの動きはどうにか防戦に回るので手一杯とさせられる。
(くそ、常に殺されるような攻撃が繰り出されているのかよ。これじゃ何もできない。こうなりゃ出し惜しみは無しだ!)
青緑色に輝くアレキサンドライトの指輪が赤紫色にカラーチェンジする。世界がモノトーンに染まる。ただ、アレキサンドライトのみが赤紫の輝きを放ち続ける。そして、それを身につける当夜もまたその輝きと同じ微小な粒子に包まれる。もはや、当夜以外の世界が変化値を限りなくゼロにしている。
(これならっ。)
「くくく。まさか、俺以外にもこの極致にたどり着いた奴がいるとはな。」
「嘘、だろ?」
「それは俺の台詞だ。さて、再開だ。」
大剣が振り落される。当夜の顔を異様に遅く粘ついた汗が流れる。とはいえ、その動きは当夜が危惧したほどの速度では無い。重たい体を無理やり動かしてカウンターを狙う。お互いがそれぞれの動きに合わせて型を変えていく。ずいぶんと長く感じる駆け引きの後に当夜の剣がゴルディロアの大剣と交差する。その瞬間、有無を言わさぬ引力に背中を引っ張られる。
(くっ、競り負けたのか?)
重たい頭を上げようと顎を引き上げる。目があったゴルディロアはその顔に大粒の汗と驚嘆の表情を浮かべていた。その姿は当夜と全く同じであった。そして、その顔が歪な笑みを浮かべる。再び、当夜に向かって駆け出してくるゴルディロアであった。
幾度となく衝突する剣と剣がその度に二人の間に距離を作る。互いに決定打になること無く、十数回にも及ぶ手合いが繰り返される。
外から見るフィルネールには、一瞬にして起きた剣劇の激しい衝撃音と火花と汗が散りながら煌めく様子から自身の入り込む余地のない戦いが起きていたことを理解させられた。
(それでも、それでも私はトーヤから託された機会を活かさなければいけません。そのためにも少しでもその領域に近づかなくては!)
フィルネールが目を閉じて精神を聴覚に集中する。今の彼女はただの的に等しい状態だが、ゴルディロアが彼女を狙うことは無い。それは単に狙わないのではない、当夜が彼の想定を大きく上回る壁となっているからである。
だが、その時は唐突に訪れる。自力でその域に到達したゴルディロアとアイテムに頼って踏み込んでしまった当夜の違いによって起こった、むしろ起こるべくして起きた結果とも言える。
当夜を包んでいた赤紫の粒子が消失したのだ。その兆候は当夜自身も気づいていた。アレキサンドライトはその大きさを徐々に縮小させていたのだ。そう、当夜の身を包んでいた光こそがアレキサンドライトを核としたマナの粒子だった。当夜の指にはストーンの抜けた金の指輪がはまるだけであった。
ゴルディロアが獲物に爪を突き立てた猛禽類のような鋭い視線を向ける。同時にどうにか競り合っていた聖銀の剣が弾き飛ばされる。彼の理不尽な怪力を支えていたチートの源であったルビーが砕け散ったのだ。当夜の左肩に大剣が吸い込まれていく。焼けるような痛みと共に死の恐怖が強烈な悪寒を引きつれて迫りくる。
「あ゛あ゛ぁっ、があ゛あぁ!」
「ほう! 心臓は避けたか。大したものだ。くっ!」
ゴルディロアの足元が大きく爆発する。当夜が時間切れの間際に投げ込んだ爆薬が強烈な熱風とともに二人を吹き飛ばす。
「まぁ、トーヤは合格だ。そして、これを見越したように実にいいタイミングで追撃を入れてきた。だが、」
爆風によって吹き飛ばされて体勢を崩すゴルディロアに向かって突撃するフィルネールを一瞥しながら赤神はニヤリと笑う。フィルネールもその表情に気づいているが決してひるまない。その剣がゴルディロアを貫くよりも速く彼女を地面に縫い付けるようにその背中をめがけて時の止まった世界で大剣を振り落そうとしていた。死の足音がフィルネールの感覚を急激に研ぎ澄ます。彼女にも自身を間もなく貫く死が理解できた。それでも彼女は前だけを見つめる。
(それでもこの剣は届かせて見せる。この命尽きようとも、当夜の努力を無駄にしない!)
フィルネールは自身の最後を覚悟していた。それでも敵に致命傷を負わせられるのであれば皆が助かるかもしれないと信じての特攻であった。
「その意気やよし!」
フィルネールの背中に大剣を振り落そうとしたとき、ゴルディロアの目が遠くで強烈な違和感を捉える。それは、8つもの盾を宙に浮かべてこちらをにらむ当夜の姿であった。
(盾で我が突きを防ごうという魂胆か。何枚重ねようとも防げるものか。その薄ぺらな希望諸共貫いてくれよう!)
振り落した大剣は何かを貫いたような抵抗と全てを貫き地面に到達したのか剣の重量を低減したことをゴルディロアに伝えた。それは盾かフィルネールの体か、もちろんその両方であると彼は確信を持っていた。ゴルディロアが自信をみなぎらせてその結果を確認する。そこにあったのは砕けたゴルディロアの大剣だった。そして、ゴルディロアの腹部に僅かに先端を埋めるフィルネールの剣であった。




