それぞれの決意
宿屋の裏庭、大きな木に寄り掛かりながら瞑想するライナーに一人の少女が声をかける。
「なぁ、ライナー。あれでよかったん?」
「さぁな。俺にもあれが正しい答えかどうかの判断はできないさ。むしろ俺が教えてほしいな。」
ライナーはレムと目を合わさなように空を見上げる。星空が蒼月の明かりに隠されていた。
「ウチは正直間違ったと思うんや。」
レムの言葉にライナーは動揺して言い訳を言い募る。
「なぜだ? 仮に俺たちが行っても足手まといなのは明白だぞ。それに俺たちにはやらなければならないこともある。それに、」
「もう止めや、ライナー! それ以上言い訳を探しても意味ないで。あんたは、貴方はわかっているのでしょう? 言葉でどんなに繕っても本心は隠しきれないの。だから、そんな顔しないで!」
レムは彼女を見ずに言い訳を重ねるライナーに苛立ちを覚えるとともに悲しさも込み上がる。
(ウチの知っとるライナーはこないな貧弱な奴やあらへん。喝を入れる必要がありそうや。)
ライナーはレムのただならない雰囲気に気圧されて一歩後ろに退く。その揺れに耐えきれずに一滴、二滴と涙が頬を伝って顎の先から滴り落ちる。決して悲しいわけではないし、苦しいわけでもない。そう、自身の無力さに打ちひしがれているだけだ。固く握りしめる手にそっとレムの手が添えられる。
「大丈夫や。ウチがついとるやん。あんたの思うとおり、後悔せぇへんように動いたらええねん。それであんたはどうないするんや?」
「...。俺は、」
ライナーは握りしめた手を緩めると再び力を込めた。
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一方、宿屋の一室ではアリスネルとフィルネールが激しい言い争いに及んでいた。
「だから何度も言っているでしょ!」
「貴女もわからない女性ですね。今のメンバーで彼の者と対峙して時間を稼げる戦力は私だけです。逆に皆さんが居れば私は皆さんを守ることをどうしても意識してしまいます。邪魔だと言っているのです。」
冷静に見えるフィルネールと感情を露わにするアリスネルが激しい水掛け論を小一時間ほど続けている。
「それは、...。だけど、私なら遠距離からいくらでも支援できる。こう見えても私だって序列第83位なのよ。」
「そうかもしれません。ですが、可能なのですか? 彼の者の攻撃範囲外から有効な攻撃ないしは私への支援が可能なのですか? 貴女はすでに彼の者の力を推し量ったのでしょう。」
事実、アリスネルは『隻眼の赤神』の実力を探るために一度空間把握で彼の者にその効力を及ぼした。アリスネルはその時のことを思い出して顔を青ざめる。あまりに強大で、恐ろしいまでに死の香りを漂わせていたのである。
「それは、」
「そもそも、私が消えればトーヤを独り占めできるのですよ。それにトーヤにはこのことを許すための存在が必要です。その役目は貴女なのですよ。私では無いのです!」
「ち、違う! トーヤのことは関係ないの! 私は貴女が、友人がいなくなるのが嫌なの!」
「ごめんなさい。そうね。ちょっと言い過ぎました。」
(私もまだ迷っている、ということですか。それにしても、やはりアリスの変わりようは異常に感じます。トーヤが絡む、いえ、彼を前にした時の彼女はどこか拘りすぎている。そうではないですね。...トーヤを制御しようとしている。そこに彼女の意思はあるのか、それとも別の何者かの影響を受けているのか。
いいえ、今の彼女の言葉は信じられる。友人ですか。いい響きですね。)
「私も友人だと思っていましたよ。そして、親友になれるとも。」
「えっ?」
フィルネールからの意外な言葉に思考が停止する。
「それでも私は貴女に生きていてほしい。例え親友になれなくとも。貴女には幸せになってほしいのです。だから、皆さんと旅立ってください。」
「私は、私も貴女の親友になりたいの! だから、絶対に生き延びなさい。絶対にまた私と、私たちと旅をするんだからね。」
(そのために私は、)
アリスネルは夜空を照らす蒼月に決意の目を向ける。




