戦いを前にして(当夜)
当夜はゴルディロアと別れてパーティメンバーのもとに戻ると事の成り行きを説明した。大きく動揺したのはフィルネールとライナー、レーテルである。彼らには『隻眼の赤神』の恐ろしさと彼の置かれた厄介な立場がどれほど危機的な状況に自身らを追い詰めているかが理解できたのだから。
「まさか『隻眼の赤神』か!? もがっ!」
ライナーが大声を上げる。宿屋の横に併設された居酒屋にどよめきが走り、注目が一気に集まる。当夜が慌ててライナーの口を押えて頭を下げて見せる。
「それは、」
「ええ、トーヤの伝えてくれた内容が事実なら間違いないかと。だとすれば突破は至難ですね。ともすれば、私が引きつけますので皆さんには裏口から突破してもらうより他にありませんね。」
フィルネールが腕を組み、口の前で交差させて小声で静かに作戦を立案する。
当夜がその自己犠牲を前提とした作戦に異を唱えようとしたところに、小さな体を割り込ませた少女がテーブルの中央の焼肉を取ろうと身を乗り出しながら話を脱線させる質問を投げかける。
「ちょいと待って~な。ゴルディロアちゅうんは有名人なん?」
「おいおい、有名も何も第10位に地位する化け物だぞ。問題はその性格だ。あいつは戦闘狂で有名なんだ。それに今の順位がとにかくまずい。」
ライナーが敢えてフィルネールの提案への反発を反らすかのように話を合わせる。
「10位、か。ちなみにフィルは何位なの? 15位くらい?」
「私は、私は第28位です。正直、私ではどれだけ時間を稼げるか、」
「おお、もう第28位まで上がったのか? 昨年は第42位だったはずだろ。」
ライナーが大げさにフィルネールを立てる。周りでも小さなささやき声が木霊する。
「28位なんだ。もっと上だと思っていたよ。」
「おい、トーヤ。言っておくが第30位以内にいる人間なら、一国の戦力とも言える力だ。多くは国のお抱え職として優遇されている。ちなみに第20位以上だと下位の魔人と互角と言われている。一桁台だともはや精霊の域だな、帝王の名を冠する存在だ。ちなみにわが国では第4位の剣帝ライト様、第8位の賢帝エレール様がいらっしゃっていた。」
当夜がライトが1位でないことに意外さを感じているとレムが話の根底を漁る質問をぶつける。
「ふ~ん。どうでもええことかもしれんけど、そないなランキングを誰が付けているん?」
「それがよくわからんのだ。何者かがギルドに定期的に届けてくれるんだが、誰が、どうやって決めているかわからないのだが、多くの者たちは【武の精霊】が知らせてくれていると信じている。」
事実、毎年、年の初めに何者からかギルドに一通の紙が送られてくる。そこにはこの世界にいる人族の上位100名の序列が記載されている。誰が、何の目的に、何を基準として作っているのかも分からない代物である。ただ、第1位から第9位までには帝王の名と称して二つ名があてがわれ、記念品が贈られるとのうわさがある。当の本人たちも認めることからただの噂では無いことも確かである。
「ちなみにライトより強い第1位と第2位、第3位って誰なの?」
今まで全く関心を示さなかったアリスネルが何気なく確認を取る。
「わからん。第9位以上は名が伏せられているのでな。お二人の情報は自己申告によるものだ。まぁ、我々は彼らが謙遜しているだけだと思っている。
それより問題は『隻眼の赤神』だな。第10位とあるとおり、一人でも追い抜けば帝王の名が与えられる。武を志す者の誰もが憧れる地位だ。それゆえにその地位を望み、強さを求めている。それが最も顕著になる位置に奴がいて、奴の好戦的な性格がその行動に拍車をかけている。」
「だったら帝王級の奴らと勝手にやっててくれればいいのに。」
当夜が本音を吐露する。
「もちろん出会えればそうなるだろうが、そうそう出会える存在では無い。それに所在のわかっているものは多くはお抱えだ。そんな奴に喧嘩を売れば、本人にたどり着く前に消耗しちまうだろ。そうなると単身の『隻眼の赤神』は同じく単身の者を狙うか、弱くとも同列に近い存在を倒すことで強くなろうとするわけだ。そして、今回はフィルネールに白羽の矢が立ったわけだな。俺も一応第93位にいるからな。まぁ、トーヤはついでだろうな。」
「ぜひ僕は除外してもらいたい。
ってそんなことはどうでもいいけど、自分が助かるためにフィルを差し出して逃げるなんて出来ないよ。」
「でも、トーヤ。ここで貴方やライナーが出ていったところで足手まといになるのではないの? みんな出来れば一緒に戦いたいと思っているはずよ。だけど、それはただの犬死で、それどこかわずかにある可能性を下げるものになりかねないわ。わかるでしょ?」
アリスネルが冷静に、だが声はいつもの透き通った声から離れた震える声で自らにも言い聞かせるように言葉をつなげる。
「そ、それは。」
当夜とてわかっている。自身が加わることの意味を、その必要性を疑わずにはいられないことを。。
「そやな。ウチもそう思うで。ここはフィルネール様とアリス姐さんの意見が正しいと思うで。ウチら足手まとい以外の何物でもないもん。」
「まぁ、確かにな。俺たちには俺たちの役目がある。ここはフィルネールが踏ん張るところだ。俺たちの出る幕じゃない。」
二人も当夜を説得するというよりも自身を納得させるために口にして確認したように見える。
「そのとおりです。皆さんが居ては本気を出せません。もちろん死ぬ気はありませんよ。向こうを満足させればいいのですから。」
フィルネールは全員のことを足手まといとは思っていないと否定したかったが、あえてここはその言葉を呑み込んだ。
「だけど...。わかった。頼むよ。」
(でも、ペインに敵わなかったフィルが勝てる、いや引き分ける相手なのか?)
ふと見つめたフィルネールを真っ赤なベールが覆う。思わず見直す当夜にフィルネールは普段と変わらない美しい笑顔を向けてきた。
(絶対に死なせるものか! 何か僕にもできることがあるはずだ。考えるんだ!)
その夜、当夜は準備を始める。道具屋では煙玉と爆薬、防具屋では8つの盾を購入するのであった。そして、ゴルディロアの待つ西の門に立つと外の様子をうかがう。空間把握が100mほど先に一つの禍々しい力を捉える。途端に汗が流れる。
(いる! あのあたりが戦場か。これ以上は刺激しない方が良いな。あとは、)
当夜はアレキサンドライトの指輪を渡界石から取り出す。
(これにはどんな精霊が来てくれるんだ?)
夜空に浮かぶ月に似た衛星の光が失われてセピア色に統一された世界が広がる。
「これは、まさか。」
「そうです、私達です。」
「そうだよ、僕たちさ。」
当夜の影から少年と少女の二人が姿を現す。だが、その顔は謎に包まれている。だが、当夜はその異様な姿に違和感を感じることも無くなった。何度も出会い、話し、力を与えてくれた二人を信頼しているからこそである。
「久しぶりですね。【時空の精霊】さん。」
「そうですね。この宝石に惹かれてしまいました。この石と貴方に加護を。」
「久しいね。少し色を付けさせてもらったよ。厳しい状況だけど君ならやれるさ。応援しているよ。」
二人の影が指輪を包み込む。アレキサンドライトが青黒く艶めいたかと思うと世界に淡い色が戻る。
「ありがとう。二人を信頼しているよ。だから僕に力を貸してくれ!」
当夜は指輪を自らの指にはめるとそっと包み込む。




