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世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
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放たれる恐怖

「あの~、僕そろそろ帰りたいんですけど。」


「そんなつれねーこと言うなよ。」


 依然囚われの身であり続ける当夜は現在、酒場にて聞き役に徹している。もちろん語り部はゴルディロアである。

 彼は小樽を器に並々と注がれた白濁した酒を一気に飲み干す。


「おかわりだ!」


「は、はい!」


 リスのようにせわしく動き回る給仕の娘が一瞬硬直して返事を返すと一目散に厨房に駆け込む。先ほど彼女はゴルディロアに体を自愛するように求めた結果、目の前でテーブルを粉砕されたのである。それを見かねた彼女のファンとみられる冒険者3人が彼を抑え込もうとしたところ、全員が教会送りとなった。ついで通報により駆けつけた騎士団がいとも容易く武器や防具を破壊されて丸裸にされるともはや彼を止めるものはいなくなった。ただ一人、当夜だけが話を聞いてあげる形で抑え込んでいるようなものだ。


「あの娘、怖がってるじゃないですか。せっかく貴方のことを心配してくれてんだからもう少し愛想よくしてあげたらどうですか?」


「ば~か。俺の酒を奪おうとした時点で心配しているとは言えねーよ。」


「そういうもんですかね。」


「それにしてもよ。俺とだいぶ馴染んできたんじゃねーか。気に食わねー奴がいたら格安で殺してやるぞ。」


「結構です!」


 店の入り口の観音扉の開き戸が大きく音を立てて開かれる。同時に15名ほどの男たちが続々と店内になだれ込む。


「おいおい、てめーか? 俺の縄張りで暴れまわっているのは?」


 集団の中心にはこの裏通りを牛耳る闇ギルドの首領である屈強な男の姿があった。

 こと戦闘においては初心者に近い当夜から見ても、【時空の精霊】の加護が無ければまるで相手にならないであろうことがわかるほどの実力の持ち主であった。


「まぁ、そんなところだな。貴様はここら辺を牛耳ってるドバルか?」


「ほう、俺のことを知っててここまでやるとはいい度胸だな。」


 ドバルは大剣を構える。だが、ゴルディロアは一向に気にするでもなく気負いのない言葉をつづける。


「まあ、待てよ。ここじゃ店に迷惑かける。外でやるとしよう。」


(まったくどの口が言うかね~。)


 当夜は心の中でツッコミを入れる。おそらく店員たちも同じ気持ちだろう。


「ちっ。そう思うならこんな真似すんじゃねー!」


(ごもっとも。)


 当夜の中ではこの醜悪な面構えのドバルの方がよっぽどかまともに見えた。


「嬢ちゃん、ここにお代は置いておくぞ。釣りは迷惑代と弁償代だ。とっとけ。行くぞ、トーヤ!」


 ゴルディロアはおもむろに懐から金貨1枚を取り出すと無造作にテーブルの上に置いた。当然ながら諸々の費用を勘案しても過払いであることは確かである。ドバルはテーブルの上で輝く金貨を見ると目の色を変える。それを悟られないようにするためか話題を突然当夜の存在に替える。


「こいつもお前の連れか?」


「そうだ。」

「違います!」


 ドバルは明らかに被害者に見える当夜に憐れみの目を向けるが、すぐにゴルディロアに怒りの矛先を向け直す。


「もういい! さっさと外に出ろ!」


「へいへ~い。」


 ドバルとその部下一行が先に店を出る。つづいて、ゴルディロアがフラフラと出ていく。当夜は僅かに躊躇したが、厨房に一礼するとその足を店の外に向ける。


 裏通りではすでにゴルディロアを囲むように15人ほどの屈強な男たちがドバルの合図を今か今かと待ちわびている。


「さっきから黙ったままだが、言い残すことはねえんだな。」


「はっ! そんなことよりも貴様の住処の元住民の親子を覚えているか? 確か、娘は6歳くらいか。母親は20くらいか。」


「ん? ああ、奪った女のことなんぞ覚えているものか。待てよ、ああ、思い出したぞ。たしか、旦那の前で抱いてやったな。おう、娘もいたな。」


「そうかい。それでどうした?」


「もちろん刃向かってきた男はその場で殺したぞ。良い顔だったな。母親と娘は知らんな。」


「その娘から依頼されてな。断ろうとしたんだが成り行きで依頼を受けちまったからな。お前を殺しにきたんだよ。」


「なんだぁ? 同情でもしたのか?」


「まさか。とはいえ金だけ渡してそのまま死んじまったからな。保護者たる母親も死んじまっていたおかげで返すこともできやしねー。否応なく受けさせられただけさ。」


「ほう。ではお前がいなくなればその縁は切れるということだな。まぁどうでもいいが。さぁ、皆の者、やってしまえ。こいつは金貨を持っているような男だ。剥ぎがいがあるぞ。かかれ!」


「「「おおう!」」」


 男たちが一斉に武器を振り下ろす。その中心に真っ赤な血だまりと肉塊が生産されるはずだった。少なくともドバルはそう予測していた。部下たちから5歩ほど引いた位置にいたドバルの目に映ったものは彼の予想を大きく超えるものだった。血だまりはもはや池となり、肉塊は環状に積み上がっている。その中心には肉塊となっているはずの男の姿があった。


(なぜ、奴の姿が見えるんだ? 部下はどこにいった?)


 ドバルの目とゴルディロアの外した眼帯から覗く目とが交差する。


「ヒッ!?」


 ゴルディロアの紫紺のはずの目が金緑石のように輝く。


「魔、魔人、だと?」


(テリスと同じ?)


「おう、言っておくが魔人でもハーフでもねーぞ。喰った奴の特権だ。別にお前を狩るのにこの姿になる必要はないが、今日は観客がいるんでな。ちょっとしたサービスだ。」


 今、その存在と対峙しているわけでもないのに当夜には死のイメージがよぎる。もちろんドバルも同じだった。


「ひっ!」「うっ!」


 2人の違いは対峙していたかしていなかったかだけのものだった。ゴルディロアから見れば力量はどちらも炉辺の雑草同然だった。それは抜くべき雑草か気になる雑草かの違い程度の物である。結果として、ドバルだった肉塊と恐怖に引き攣る当夜が残される。


「おう、そうだった。道化の奴からは止めは刺さないよう約束させられたが、それ以前の段階で殺しちまったらどうなるか聞いたんだよ。そしたら、そいつはその程度の存在ってことで仕方ない、とさ。精々、一撃で死なねーようにして気を付けるんだな。」


 ゴルディロアは背を向けると、ドバルの肉塊に向かって石貨を3枚放り投げる。そして、手をひらひらと当夜に振ると悠然と去っていく。当夜はその姿を震えながら見送るしかできなかった。


「っく!」

(こいつはマジでやばいって。差し向けたのは道化か。いつか化けて出てやる。って死ぬわけにいかないんだよ。できれば戦わずに逃げたいな。だけど、あれだけの実力者だ。普通に逃がしてくれるとは思えない。急いで帰ってみんなと相談しないと。)

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