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世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
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それぞれの反省2

(魔人を殺した時もこんな気分にはならなかったのに、アリスを攫おうとした輩の腕を切り落とした時もこんな不快な思いはしなかったはずなのに。)


 当夜は小川に映る自身の青白い顔を見つめながら深い深いため息をついた。


「大丈夫ですか?」


「ん? あぁ、フィルか。まぁ、問題ないよ。」


「そうですか。その割にずいぶんひどい顔してますよ。」


「そうかな。そうかもね。なんだか気分が悪くてね。」


「盗賊を殺めたことですか?」


「まぁね。」


「ですが、あれは盗賊です。殺されて然るべき存在です。そんなにお気になさらなくても。」


「それでも人だよ、彼は。」


「ですが、貴方が殺さなければ私たちが殺されたか、それよりもひどい目に合っていました。賞賛こそあっても誰も貴方を責めませんよ。」


「そうだね。だけど、死の直前に見せたあの反応はまさに人の生への執着だった。僕はそれを断ち切った。今にして思えば殺す必要も無かった。殺さずとも無力化できたんだ。そこが悔やまれる。」


 最後に縋り付くように手を失った腕を当夜に伸ばして助けを求めるように息絶えたガロンの姿を思い出して当夜はもはや数えることも諦めたほどに繰り返した行為を再発させる。胸が焼けるような痛みと鼻孔に強烈な刺激臭が広がる。もはや胃の中身など出る幕も無い。

 フィルネールが傍に屈むと優しく背をなでて抱き寄せる。当夜の肩が小刻みに揺れて泣声を懸命に抑えているのが伝わる。


「大丈夫です。貴方は確かに命を奪いました。それは貴方がどんなに苦心して助けたとしても処断される命です。ここまでに犯してきた罪を考えれば当然です。だから気に病む必要はありません、と言っても貴方は納得しないでしょう。ですが、気づいてもほしいのです。その行為で救われた命と心があることを。」


 フィルネールの言葉を静かに聞いた当夜はしばらく黙ったまま彼女の抱擁の中に留まっていていたが、再び心の内を吐露し始める。


「それも何となくわかる。でも、それは見えないんだ。奪った時の感触も光景も鮮明に残っているのに、失われていくものが放つ暗い闇が強すぎて得られたものがまるで見えない、そんな受け入れがたい感覚なんだ! 何よりこれを認めたら次に人を殺しても許してしまう、そんな口実を生んでしまう気がする。」


「はい。」

(この人は臆病者です。それもただの臆病者ではなく優しすぎて正義感の強い臆病者です。これこそが彼の本性なのですよ、ライナー様。この人はこれ以上人を殺めてはいけない。優しさと臆病を失った彼に残されるのは強すぎる正義感、それは狂気に等しい。)


「だけど、もし、次は相手を殺さなければ誰か大切な人が失われる恐れがあった時に僕は、」


「その時は私が守ります。貴方のその手がそれ以上血に染まらないように。」


 当夜は力強く言い放たれた言葉に思わず顔を上げる。そこにはエメラルドよりも鮮やかに光り輝く碧眼が当夜を力強く見つめていた。


「ありがとう。」

(だけど、その時が来てしまった時に僕はその力を振るうことができるだろうか。

 ———覚悟か。)



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「クックック。こいつは傑作だ。まさかあの餓鬼がこれほどの力とはな。あの女も面白そうだが、あの餓鬼も楽しませてくれそうだな。しかし、バリスタを与えたのは正解だったな。男はリタイヤしちまったが、代わりに面白い奴が見つかった。」


「いやはや、いやはや。『隻眼の赤神』殿に興味を持たれるとは彼も大したものですね。」


「ほう、俺の背後を取るとはなかなかおもしれーな。誰だあんたは?」


「これは、これは。お初にお目にかかります。道化とでも申しておきましょう。」


「ふん。神殿が血眼になって探している化け物か。なんだ俺とも遊んでくれるのか?」


「まさか、まさか。ぜひともご免被りたいですね。」


 風になびくことの無かった赤髪が大きく揺らめく。次の瞬間、巨大な大剣が片足でフラフラと立つ道化の頭上に振り落される。フィルネールを以てしても初撃で見切ることが難しい速度で迫る。


キィーーン


 甲高い音と強烈な衝撃波が道化を中心にして大地に幾重もの同心円状のひびを作る。

 道化はまるで慌てること無く剛剣をタロットカード一枚で受け止める。


「ちっ! 噂以上に化け物だな。」


 必要以上に見えるほどに大きく間合いを取る『隻眼の赤神』は自らの大剣にタロットカードが10枚も突き刺さっている様子に目を細める。一度でも斬撃を繰り出せば衝撃でその剣はその命を終えることになろう。


「いやはや、いやはや。避ける余裕もいただけないとは驚きですね。とは言え、とは言え、その剣はしばらく使えそうにありませんね。」


「ああ。まったくだ。久々に楽しめそうだったんだがな。それにしても道化が女とはな。」


 『隻眼の赤神』は道化の顔をまじまじとみるとその平凡な顔立ちに期待を外された気分でいた。


「あらあら。困りましたね。まさかお面を割られちゃうなんて。それで、それで俺の顔を見た感想はどうだ?」


「むっ!?」


 その顔は自身のそれと全く同じとなる。その不気味さといったらない。


「どういうことだ。先ほどの女の姿が本当の姿なのだろう?」


「はてさて、はてさて。お面が割れたのも手品の種の一つかもしれんぞ。」


 落ちたお面の欠片が次第に煙を放ち始める。瞬く間に辺りが真っ白になる。次なる攻撃に備えて『隻眼の赤神』は徒手空拳で迎え撃つ構えを取る。

 5分ほどして煙が霧散し始める。そこに残された『隻眼の赤神』は地面に胡坐をかく。


「いつか真剣に戦ってもらうぞ、道化(ばけもの)め。

 はぁ、やる気が削がれた。しばらくは休暇だ。道化はどうやらあいつらの知り合いの可能性が高いな。奴らについて回れば再戦できそうだな。今回はあいつの思惑に乗ってやろう。

 それと俺の名はゴルディロア・ローグメルだ。」


 道化の姿はそこには無かったが、聞こえているものと判断したゴルディロアは自らの真名を告げる。それは彼なりの猛者への賛辞であった。

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