それぞれの反省1
「ということなのです。ライナー様はどのように思いますか?」
フィルネールは盗賊団の撃退の翌日、テントで横になるライナーに昨夜の当夜の豹変ぶりを説明して意見を求める。
「そうか。まぁ、俺の見解では大きな問題は無いと思うぞ。
それよりも心配をかけたようだな。すまない。」
「いえ、お気になさらず。ただ、今後は御身を最優先していただきますようお願いいたします。それと、話を戻しますが、なぜ問題ないと言い切れるのですか?」
「ああ。あれは、あれこそがあいつの本性ってことさ。誰にでも優しいってことは人の価値に優先付けをするのが得意では無いということの裏返しだ。そんな人間が突如として優先付けを行った。守るべき仲間と敵という両極端の位置づけが価値の最高位と最低位に置き換えられて表現された。結果、ゴミ同然の存在をゴミとして処分しちまったってことだろうさ。まぁ、さじ加減がわからんかったというところだな。」
「本性、ですか。」
いまだ納得のいかないフィルネールは小さく頭を傾げる。それだけで絵になる元国王の護衛役を見てライナーは笑う。
(まぁ、そういうお前さんも人のことを言えないんだがな。)
「何か?」
ライナーは怪訝な顔で彼をにらむフィルネールに王宮では見られなかった感情の芽生えを感じるのであった。
「大したことではないさ。
だが、あのお人よしのことだ。今頃、人の命の重さに押しつぶされそうになっているかもな。少し流れが違えばこちらの人生が狂うとわかっていてもな。まぁ、あいつは見た目以上に大人だ。一人で解決しちまうだろうが俺とアリスがこのざまだ。早いところ立ち直ってもらうに越したことは無い。本来なら救った人物とか親密な存在に励ましてもらうのが一番だが、本人は気づいてないわ、眠りに入っちまうわで動かないからな。」
ライナーは天井を見上げながらいつになく真面目な顔をして語る。
「そうですね。」
「そうですね、じゃねーよ。お前が慰めに行って来いって話だぞ。」
「え? 私がですか? なぜ?」
フィルネールは如何にも心当たりのないといった表情を浮かべて純然な疑問の視線を送る。
「なぜじゃねーよ。お前もトーヤのガールフレンド宣言してたじゃないか。」
「あ、あれは皆さんのパーティに入れてもらうための口実と言いますか、作戦と言いますか。トーヤとてわかって受け入れてくれていると思いますよ。」
言葉の意図に気づいたフィルネールは慌てた。せっかくアリスネルとも良好な関係を築きつつあるこのタイミングで彼女のお株を奪うようなことをすればここまでのことが無駄になってしまう。そもそも、当夜とフィルネールは互いのことを命の恩人として捉えている。好感こそあれどそこに恋愛感情はまだ芽生えていないはずだ。
「いやぁ、それはどうかわからんぞ。何せこの国一の美女から声をかけてもらえたんだ。普通の男なら骨抜きだぞ。いくら鈍いトーヤでももしかしたらと期待くらいはしてるんじゃないか。あいつ、ああ見えて年上好きっぽいからな。」
普段から聞きなれたはずの褒め言葉に僅かながらに動揺するフィルネールは自身の中の形容しがたい感情に言葉を窮する。
「そ、それは...。そ、そんなことよりずいぶんと情報をお持ちみたいですね。最近ではやけにレムちゃんを可愛がられているようですが、やはり皇子様の好みは年下ということでしょうか?」
フィルネールは何とか一矢報いようと話題を無理やり転換させる。
「あんなお子さ、つうっ、何のことやら。
ふぁ~あ、俺は怪我人だぞ。絶対安静なんだぞ。というわけで寝る!」
話を打ち切るとライナーは寝袋の中に潜り込む。フィルネールは一人分とは思えないほどに膨らんだ寝袋に冷ややかな眼差しを向けると観念したように溜息を一つはいて当夜の姿を探し始める。
女性用のテントの入り口をあけるとそこにはアリスネルが静かに眠っていた。
「あ、フィルネール様! ライナー様のご容態はいかがでしたでしょうか?」
甲斐甲斐しくアリスネルの体を拭いているレーテルがフィルネールに声をかける。
「ええ。大事ありませんよ。むしろお灸を据えて差し上げる必要があるくらいに元気です。それよりあなたにはずいぶん助けられました。ありがとう。」
レーテルは昨夜から寝ずの看病をしている。治療薬によって見た目上の回復はしているとはいえ、内側の傷や体力の消耗までは回復できない。よって、いつ急変するかわからないのである。そのために戦闘に参加していなかった彼女がその看護役を買って出たのだ。その介もあって二人は比較的早く意識を目覚めさせることができた。
「そんな、当たり前のことをしただけです。アリスネル様は先ほど目を覚まされたのですが、今はお休みいただいております。言伝でしたらお伺いします。」
「いえ、それには及びません。それで、そ、その、トーヤはどちらに?」
フィルネールが普段は見せないような恥じ入るようなしぐさを見せる。
「? トーヤ様でしたら、アリスネル様とお話をなされた後に外へ出られて行きました。だいぶ落ち込まれていましたね。」
「そう。ありがとう。では、彼女が目覚めたら教えて下さい。」
「はい。あ、あとこれをフィルネール様にお渡しするように頼まれておりました。」
レーテルは思い出したように棚の上に置かれた羊皮紙をとってフィルネールに手渡す。
「え? 誰からですか?」
「アリスネル様からです。トーヤ様が出ていった後にもう一度お目を覚まされて記されました。」
「そう、ですか。」
フィルネールが小さく折りたたまれた羊皮紙を広げると震える文字で彼女に託したお願い事が記されていた。
『まずは迷惑かけたことを謝ります。
フィル、私はトーヤを励ましたい。だけど、素直になれなくて感謝も慰めもできなかった。悔しいし情けない。だからあなたに託します。トーヤの心を救ってあげてください。
追伸 今は難しいけど必ず私の口からも伝えます。』
手紙を丁寧にしまうとフィルネールはアリスネルの横にしゃがむと頬をなでる。
「貴女ならできるわ。だから、今は私に任せて休んで頂戴。」




