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世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
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強襲

「おい、おめーら、抜かるんじゃねーぞ。今回の獲物は上玉なうえに数もいる。おめーらもおこぼれに与れるぞ。」


 ガロンの低い声が手下たちを鼓舞する。盗賊たちのやる気は俄然高まる。我先にと足を速めようとする手下をガロンは腕で制し、目標の野営地の様子をうかがう。小高い丘の上に設置したことに胡坐をかいたか、見張りは女二人だけだ。


(こいつは運が良い。見張りはエルフとガキか。)

「エルフは俺が捕獲する。ガキはできるなら人質にしたい。だが、手間がかかるようなら迷わず殺せ。商品価値は他のに比べりゃ低い。いいな。中の奴らに気づかれるなよ。」


 ガロンと33名の手下はその腰を浮かせる。ある者は刃こぼれの激しい大ぶりの大剣、ある者はスパイクを余すところなく取り付けたメイス、またある者は巨大な肉切り包丁、斥候職の者は麻酔薬を塗った短剣を強く握りしめて。


「なんや? 今、物音がしーへんかったか?」


 空間把握の能力の無いレムが気づいたときにはすでに魔法の届く範囲まで接近を許していた。もちろん、レム以外のパーティメンバーは盗賊団の動向など疾うの昔に把握している。アリスネルなどむしろ今か今かと待ち構えていたくらいだ。おかげで当夜などは逆に盗賊に感づかれるのではないかと肝を冷やしていた。


「そうかしら?」

(ようやく来たわね。さぁ、私とトーヤの自信作に恐れ慄きなさい。)


 顔に笑みを浮かべて声を上ずらせてアリスネルは応える。当夜はこの時が明かりの無い夜であり運が良かったとテントの中で横になりながら息を小さく吐いた。


 ガロンが片腕を星空に掲げる。一斉に当夜達のいる野営地に襲い掛かる。


「な、なんや!?」


 レムが振り返るとひげをむさ苦しく生やした男たちが武器を手にこちらをめがけて押し寄せてくる瞬間であった。


「えっ?」

「なっ!?」


 可愛らしい少女の声とむさ苦しい男たちの声が重なる。

 レムが次に目にした映像には男たちの足元に、いや野営地を囲むように出現した落とし穴に吸い込まれていく盗賊達の姿であった。その先にはアリスネルが仕掛けたいくつもの岩の剣がそびえており、おそらく助かるものはまず居ないだろう。


「油断するな。まだ10はいるぞ!」


 テントが宙を舞うと完全武装したライナーが檄を飛ばす。フィルネールに至ってはライナーの言葉が終わる前に3人を切り伏せている。


「もう3人終わってやがる。」


 落ちなかった者たちは主に重武装で鈍かったものであり、動きの速いフィルネールやアリスネルの格好の餌食となっていた。そして、当夜もまた盗賊たちの腱や手を刎ねるなど殺すことに戸惑いながら相手を無効化していくのだった。ただ一人話の伝わっていなかったレムだけが野営地であたふたしていた。そんな彼女の頭上に巨大なバリスタの矢が現れる。


「ひっ!」

(死ん、)


 レムは自らの頭を潰そうと迫る悪意の塊が放つ恐怖にただその動きを追うしかできなかった。

 だが、彼女の頭とバリスタの間に割って入った盾は激しい衝突音と振動を周囲にふりまきながらその勢いを止める。そして、レムを覆い包むように現れるライナーの体に彼女は安堵した。しかし、それも彼女の頭に落ちた赤い液体によってかき消される。


「―――ライ、ナー?」


 盾を突き破ったバリスタの矢がライナーの胸に深々と刺さって見えた。


「ライナー様! レムさん、すぐに手当を! ライナー様、お気を確かに!」


 ゆっくりと膝をつくライナーに御者のレーテルが慌てて肩を貸す。


「騒ぐな。大した傷では無い。それよりレムは無事か?」


「わ、私は無事です! ライナー、大丈夫だですよね? 死なないですよね?」


「なんだ、その口調は? 気味が悪いぞ。いつもどおりっ、に、ガハッ!」


 ライナーの口から大量の血がこぼれる。レーテルがバリスタの矢を引き抜くとそこからもおびただしい血が噴き出す。


「レムさん! 傷口を抑えてください!」


「...」


 ライナーの血を浴びて放心状態になったレムにレーテルが平手打ちをして現実に呼び戻す。


「レムさん! ライナー様が死んでしまいますよ!」


 レムは泣きながらひたすらにライナーの胸の傷を抑える。そこに慌てて戻った当夜から上級治療薬が手渡される。


 その頃、フィルネールは遠方でバリスタを射る砲兵の二人に止めを刺したところであった。改めて空間認識を図るとアリスネルの背後に迫る男の影を捉える。それは落とし穴に落ちたはずのガロンであった。

 ガロンは一歩目を踏み出した時にその足元の違和感にすぐに手下を止めようとしたのだが間に合わず手下諸共確かに死の穴に身を躍らせたが、その手の剣を壁に刺すことで耐えたのであった。そして、フィルネールが離れ、ライナーが手傷を負った隙を見てアリスネルに狙いを絞ったのである。

 アリスネルが後ろの気配に気づき、はっと振り返る。巨大な大剣が彼女の身を横薙ぐ。慌てて【世界樹の木壁】と【風霊の障壁】を張る。中途半端なイメージで作られたそれらは僅かに力を軽減したに過ぎず、彼女の軽い体を地面にたたきつける。


「くふっ! う゛うぅ...。」


 ガロンとて、商品を傷つけるのは本意ではないが、今は人質の確保が最優先である。切り捨てる気はもとよりないが剣の横腹でたたきつける。おそらく骨のいくつかが折れたであろう。本来ならば意識も刈り取るつもりだったが予想以上に良い反応と魔法を使われたためにそこまで至らなかった。呻く少女の下に近づく。


「速いな。」

(だが、俺の勝ちだ。)


 フィルネールが間合いをつめるよりも先にアリスネルの首元に剣を添える。


「それ以上近づくな! 近づけばどうなるかわかるな。テメーらの負けなんだよ。大人しく俺に従え! まずは武器を捨てろ!」

(この女はこんな華奢な癖にとんでもねー化け物だぜ。)


「くっ!」

(この者を殺すのは容易い。ですがそれではアリスが...。)


 フィルネールが愛剣を握る手に汗のにじむのを感じていると、その背後に只ならぬ気配を感じとる。


「おめーもだ。ガキ!」

(なんだ、こいついつの間にそこにいたんだ?)


「トー、ヤ?」


 アリスネルが薄目を開けながらぼやける視界に愛する者の姿を捉える。


「大丈夫だよ、アリス。少し休んで待ってて。」


 当夜の普段の優しく語り掛けるような声が響くと、星明り照らされたアリスネルの頬に血に染まった涙が流れる。アリスネルは僅かにほほ笑んで応えて見せるがそのまま意識を失う。


「彼女を離してください。そうすれば命までは取りません。」


 ひどく冷淡な声が闇夜に響く。味方であるはずのフィルネールですら寒気を感じるほどに冷たい声であった。


「くっ。

 貴様、立場がわかってないみたいだな? この女の命はお前らの行動一つでどうなるかわかってんのか!?」

(なんだ、このガキは? 気味が悪いな。)


「くくく。あなたこそ、あなたこそわかっているのですか? 彼女が死ねばあなたは殺される。人質は命があって初めて意味があるのです。全体を見れば追い詰められているのはあなたですよ。それでも僕はチャンスを与えると言っているのです。命までは取らないと。」


「て、てめー! こっちは脅しじゃないんだぞ!」


 ガロンの手が動きアリスネルの白い首に紅い筋と流れが通る。

 ガロンは当夜にこれでもかと優越者の視線を送る。だが、当夜の顔が大きくぼやけて見える。ようやくピントの合った当夜と自身の位置関係に大きな違和感を感じた数瞬のちようやく思考が追いつく。


(なんでこいつは目の前にいる?)


 腕に走る強烈な痛みと胸を焼くような衝撃が走る。ふと、遠くの女騎士の姿が映る。自身に向けられたその顔には驚愕の色が浮かんでいる。遠目から見ればそのような事態がわが身に起こったということだ。

 目線を人質にむけると真っ赤な鮮血がほとばしる自身の両腕が映る。エルフと自身の手が無くなっていた。さらに胸からは大量の血が止まることを知らないかのように前と背後に流れ落ちる。


「残念。残念です。交渉決裂でしたね。」


 声の主に目を向けると霞んだ視界に少年が銀に艶めく剣を片手にエルフの少女を抱えて立っている光景が入ってきた。霞んでいく映像にもかかわらず、その少年の闇夜すらも明るんで見えるほどに暗く虚ろな瞳がどこに焦点を合わせるでもなく彷徨いながら薄ら笑いを貼り付けた表情だけが鮮明に伝わってくるのだった。はたしてそれは死の恐怖が彼に見せた幻想か否かは彼にもわからない。


 程無くして、ガロンは崩れ去るようにその場に倒れこみ、その生涯に幕を閉じた。当夜はその姿をまさにゴミを見るような目で見送った。


「貴方はトーヤですよね?」


「? もちろんですよ。そ、それより治療を早くしないと。」


 駆け寄ってきたフィルネールからかけられた声に疑問の返事を返した当夜は普段通りの振る舞いを取っていた。人らしく緊急事態に焦ったあまりに治療薬を取り違えるなどの凡ミスをしてはフィルネールをハラハラさせた。


(先ほどのトーヤと今のトーヤ。本当に同一人物なのでしょうか?)

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