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世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
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夜明け

「ふぃ~。眠いよう。」

「ホンマになぁ。」


 初日の夜警は魔物がいないような街道沿いで一夜を越しただけなので当然ながら何一つ大きな事件は発生しなかったが、最後の3鐘分を担当したアリスネルとレムはそろって欠伸をする。やり遂げた二人に陽の光が祝福を与える。


「朝になっちゃったね。話し込みすぎちゃったかな。」


「そやねぇ。はしゃぎ過ぎてもうた。せやけどおもろかったでー。」


「私だって。それにしてもレムはすごいのね。そっか、男は押しと引きの緩急で落とすんだね。」


 まだ暗い時間から二人はひたすらお互いの恋愛観をぶつけあっていた。まぁ、どちらかといえばレムの講義形式の授業であったようであるが。


「そやねん。特にトーヤはここまでアリス姐さんに押されまくりや。ここらで一度身を引くのがええんや。きっと食いついてくるで~。」


「そ、そうかな~。実はね、この間、フィルにトーヤのひざまくらを許可しちゃったの。こういうので良いんだよね?」


「チッ、チッ、チッ。アリス姐さん、あまい、甘々やで。重要なんはトーヤ本人がその場面にいることなんや。その場にはおらんかったんやろ?」


 レムは両目を瞑って指を振りながらアリスネルに確認を取る。


「うん。じゃ、じゃあ、どうしたらいいのかな?」


 アリスネルは上目づかいで後輩にすがるように見上げる。


「そやなぁ。一先ず、フィルネール様を立ててみたらどうやろ? 普段、アリス姐さんは対抗しようと必死やん。それが見ぐ、単調なんや。」

(まずいなぁ。今の誤魔化せたんかな。少なくとも短気は損気や。もう少し柔らこうならんと。ウチやほかの人やとそんなに尖った印象ないんやけど、トーヤが絡むと異常な気もするんやけどな。)


 レムは先輩から頼られていることに優越感を感じながらも、どこかで引っかかる印象を拭えずにいた。それは後に重要な鍵でもあったことをこのころのレムには知る由もなかった。


「そっか。ちょっと意識してみるね。

 それより、レムの方はどうなの? 噂じゃ、婚約に近いところまで行っているみたいじゃない。」


 出発前にライラとの会話の中で出た事柄であったが、アリスネルは自身の話を打ち切ることを望んでいるかのようにその具体的な中身を問う形で切り変える。


「まぁ、そやね。あんときはそこまで詳しく話せへんかったけど、隠しとくようなことやないしな。確かにもろうたで、妾として迎えてくれるちゅう言葉をな。せやけど、軽い言葉やったなぁ。ウチが諦めることを見越したような言いようやった。ウチ、カチンときたねん。だってそやろ、ウチは本気やったんやで。せやから絶対向こうが結婚してくれって言わせるような女になるんや。」


 強い意思の篭もった目には決して諦めるという文字は見当たらない。


「そうなんだ。でも、レムはやっぱり強いね。」


「そないなことあらへんよ。姐さんと一緒や。見苦しく縋り付いて、少しでも認められようと足掻いとる。ただ、ウチと姐さんの違いは妥協したかしてないか、や。ウチは逆にアリス姐さんが羨ましいし、強く見える。」

(まぁ、トーヤは強すぎて困ってるみたいやけど。)


 実際問題、レムはアリスネルの行動に呆れると同時に尊敬の念を抱いていた。人である以上はどこかに抱いているであろう演じるなら主役がいいという願望、そこに向かってアリスネルはどこまでも純粋に進んでいるように感じられたからである。対して、レム自身はどうだろうかと考えてしまう。自身は悲劇のヒロインを気取ることで満足していないかと。そんな気持ちがライナーを振り向かせるという発言に繋がっているのだ。


「そんなこと...。」


 レムの気持ちを量りきれないアリスネルは口ごもる。その言葉には思い当たるところもあれば脚色されているように感じる部分もある。決して否定も肯定もできない。


「せやけど、男っちゅうもんは弱い一面も求めているんや。そこを守れる器を示して愛した女に気にいられたいっちゅう願望があるんや。その点でアリス姐さんは完璧すぎて高嶺の花になってしもうてるねん。そのうち高すぎるところに上り詰めて目に入らんとなってしまうで。ついこの間まで料理下手な一面があったのに克服してまうんやもん。」


 アリスネルは上げられたところから急降下した気分になった。レムのいうことは非常にわかりやすい例えであり、まさに未来の彼女がたどり着こうとしている情景そのものに感じられる内容であった。


「―――だって、良いところ見せたいじゃない。」


 アリスネルは下を向きながらどうにか言葉を吐き出す。


「そらまぁ、そうやな。でも、」


 レムが更なる追い打ちをかけようとしたところでタイミング悪く当夜が姿を現す。当夜からすれば朝日が差し込み、眠ることも無い暇な時間を有効に使うべく起きてきただけなのだが見事なまでに空気の読めない登場であった。ただし、仮にレムがアリスネルに追い打ちをかけたとしても彼女の対応は変わること無かったであろう。個人の努力だけでは解決できない問題が彼女には秘められていたのだから。


「やぁ、おはよう。二人とも朝から何を話し合っているんだい?」


 彼のせいでこんな気遣いをすることになったにも関わらず、当の本人の能天気な挨拶がレムの神経を小さく逆撫でる。もちろん当夜が彼女に被害を直接与えているわけでも無いのだが、自身の恋の進展と重ねてしまうとどうしても感情が揺れ動く。


「噂をすれば何とやら。何でもな~い。それよりどや? 寝不足のアリス姐さんの寝ぼけ顔は?」


 気の利いた言葉の一つでもかけてみろと鎌をかける。


「ん? それほど寝ぼけた顔してない、というよりシャッキとしてるよ。そういえば最近、アリスの寝ぼけた顔見てないなぁ。」


 だが、先ほどまで確かに眠そうな顔をしていたはずのアリスネルの顔はそれこそ当夜が表現するような表情を顔に張り付けていた。


「え?」

(あちゃー。まるで伝わらんかったかぁ。)


「あったり前でしょ。それより当夜も顔洗って目をしっかり覚ましなさいよ。」


「あ~い。水場、水場っと。」


 当夜はすぐそばの水場に向かって歩いていく。そんな当夜を見送った後のアリスネルの顔は眠気を隠そうともしない情けなくも可愛らしい表情であった。その後、レムを見た彼女の顔に‘今がチャンスだったの’といわんばかりの表情が浮かんだのとレムがため息をついたのは同時だった。

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