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世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
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クラレスレシアからの旅立ち(序幕2)

「う゛う~。気持ち悪い...。」


 車酔い、もとい馬車酔いにより最初のキャンプ地で地面に横たわりまるで役に立っていない当夜はアリスネルに見守られながら吐き気と戦っていた。


「大丈夫なの? トーヤ?」


「う~ん。大丈夫、大丈夫。ちょっと横になっていればそのうち復帰するよ。うっ!」


「かなりきつそうですね。

 そういえば、深き森人は癒しの香りを発していると聞いたことがあります。アリスがトーヤを癒して差し上げてはいかがですか?」


 フィルネールが野営の準備を進めながらアリスネルに塩を送る。だが、当の本人はどこかあたふたし始めていた。


「え?」


「ん? そんな力があるの? ぜひお願いしたいよ。アリス?」


「え、えーと。その、大した効果は無いし、馬車酔いした人に試したこと無いから効果あるかも怪しいって言うか...。」


「あら、自信が無いの? 確かにある程度親密な仲じゃないと効果は薄いと聞くけど二人ならたぶん問題ないと思うのだけれど。」


 フィルネールからすれば友人のエルフに癒された経験があるゆえに二人の関係ならば十分な効果が望めると判断して推してくる。


「それで、具体的にはどうしてもらえばいいのさ?」


「私の場合はひざまくらをしてもらいました。爽やかな香りって言うんでしょうか。非常に心地よいひと時をいただきました。もちろん私からもお礼はしましたけど。トーヤもその辺はわきまえているでしょうけど。」


「そりゃ、そうだね。」


「ひ、ひざまくら...。

 無理無理! トーヤなら馬車酔いくらいへっちゃらよね? 看病なんていらないよね?」


 アリスネルはあからさまに拒否の姿勢を打ち出すと、その場を離れようとする。


「まったく。しょうがないですね。そこまでの効果は望めませんが、僭越ながら私が代わりを務めると致しましょうか。」


 フィルネールが武装の一部を外すと膝を折って腿を軽く叩く。その顔はきわめて冷静を装っているが、意識しないように目線を合わせず遠くを見つめている。どうやらここに頭をのせるように促しているようだ。

 当夜が躊躇していると、アリスネルが芝のような植物の繁茂する草原に自らもしゃがみ込み膝を叩く。こちらはフィルネールへの対抗心と羞恥心がせめぎ合い顔に紅が差し、当夜を睨み付けるかのように熱視線を送ってくる。


「ほら、これで良いんでしょ! トーヤもグズグズしないで早く来なさいよ。」


「いや~、もてる男は大変だねぇ。俺なら二人の両膝使うぞ。良い案だろう。」


「あ゛ぁ゛ん? ライナー、あんたって男はウチっちゅう存在がありながらそこに手ぇ出すんかい。ライナーにはウチがうんとサービスしといたる。万力で挟んでぐりぐりと締め上げたる。」


「おいおい、冗談だろ。そんな怖い顔すんなって。おい、冗談だよな? その顔怖いぞ。まさか、本当に万力なんてもん持ってきてんのか!?」


「持ってくるわけ有るかー!」


 ライナーの不用心な言葉に猫が威嚇するような唸り声を上げながら中々に息の合った漫才を始めるレムの姿が当夜の霞む視界の中に映った。

 するとフィルネールはくすっと小さく笑いながら立ち上がるとふらつく当夜の手を取ってアリスネルの膝元に誘導する。


「ほら、トーヤ。せっかくアリスがその気になったのですから心行くまで堪能してきてください。」


「ちょっと、フィルネール! あなた仕向けたのね!」


 アリスネルは噛みつかんばかりにフィルネールをにらみつけるが、こうなってはその策を抜け出す手立てがない。


「大丈夫ですよ。お二人の関係なら良い方向にしか転びようがありませんよ。」


「そ、そうじゃなくて...。ね、許してってばぁ、フィル。」


 フィルネールはアリスネルの言葉を最後まで聞くこと無く立ち上がろうとするアリスネルの腿に当夜の頭をそっと乗せる。


「あっ!」


「どう、トーヤ? 清々しい香りがするでしょう?」


「んん? 確かに、清々し、い? あれ、何だか香りが変わってきたか? どちらかって言うと甘、う゛ぅ゛~!」


 アリスネルが当夜に覆いかぶさるように体を重ねると当夜の口を全身全霊をもって塞ぎにかかる。当夜の遠のく意識の中に少女の可愛らしくも恥ずかしさを多分に含む叫び声が木霊する。


「い、言うな~~!!」


「あま、...甘い?」

(確か、彼女(ゆうじん)も一刻そんなことに陥っていたな。あれは...、)


 フィルネールは当夜のもがく手が動きを止めるまでの間にこの事態の真の意味を導こうとする。そんな答えがすぐ手元まで上がってきたところに当夜に止めを刺したアリスネルが猛然と襲い掛かる。だが、魔法を使っての襲撃ならいざ知らず物理的な突撃では騎士として鍛えたフィルネールに通じるはずもなく、あっさりと受け止められてしまう。同時にその衝撃はフィルネールに昔の記憶を呼び戻す。


(あぁ、そうでした。甘い香りを出さないようにしたいって恥ずかしそうに相談してきてましたね。そう、確か幼馴染のエルフの男性にのめり込んでいたときだったかしら。求愛、そう【求愛の香り】でしたね。)


 フィルネールは自身の胸に顔を押し当てて鎧越しに軽いパンチを入れているアリスネルに優しく声をかける。


「アリス、トーヤには気持ちは伝えてあるのでしょう?」


 アリスネルは叩く手を止めて小さくうなずく。


「トーヤは受け取ってくれたのでしょう?」


 今度の反応は胸に頭を強く押し当てるだけ。肯定とも否定とも受け取れる反応にフィルネールは更なる確認を行う。


「では、トーヤは拒否、した?」


 今度は明確な否定の反応が帰ってくる。


「とすると、あいまいだった?」


 フィルネールは頷くアリスネルの姿を確認すると、白目をむいて倒れる当夜に視線を移して溜息をつく。


「そうでしたか。貴女の気持ちも考えず申し訳ないことをしました。てっきり二人は恋人かと思っていたものですから良かれと思って勧めてみたのですがお節介が過ぎました。許してください。」


 アリスネルはさらに胸に深く顔を埋める。


「それにしてもトーヤはまったく鈍感さんですね。」


 アリスネルはフィルネールから離れると泣きはらした顔に小さく笑顔を浮かべて言葉で返事をする。


「うん。私もそう思うよ。でも、この気持ちは変わらないの。はぁ、心も体と同じように素直になれたらもっと先に進めるのかな。」


「まぁ、それはどちらかというとトーヤに問題があると思いますけど。それにしてもアリスも大概ですよ。確か甘い香りは【求愛の香り】だったはずですよね。恋人通り過ぎてその先を求めるだなんて、アリスはおませさんですね。」


 フィルネールが明るく笑いながらアリスネルにウインクすると彼女は耳まで赤く茹で上がると抗議の声を上げる。


「うぅ。フィルとようやくわかり合えたと思ったのに~。」


 その声はこれまでと違ってとげとげしい雰囲気を失っていた。

 そんな2人に遠くからライナーの声がかかる。


「お~い、どっちでもいいからこっちの手伝いに入ってくれ。このままじゃ、レムのせいで過労死しそうだ。」


「ラ、イ、ナーっ! 口より体を動かさんと怒るでー。」


「もう怒ってるじゃないか。」


 2人はお互いに苦笑しながら当夜を見下ろす。先に口を開いたのはフィルネール。


「さぁて、大使殿が真っ先に離脱されては困るのは私ですから助けに行ってきますよ。アリスは約束通りトーヤにひざまくらして看病してあげて下さい。今なら気絶してますから気づかれませんよ。目覚めたらもう一度落としてしまえばいいのですから。そのくらいの罰は受けて当然です。」


 言うや否やアリスネルの返事も待たずに夫婦漫才を続ける二人の下に足早に去っていく。アリスネルはその姿を見送るとフィルネールの言葉に小さな反感と大きな感謝を込めて一礼すると当夜のそばに寄り添い、そっと当夜の頭を腿に乗せてその頬をなでる。いつしかアリスネルがその寝顔に頬を緩めると二人の辺り一帯は癒しの効果を大いに発揮する爽やかでありながら温かな空気に包まれていた。

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