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世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
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クラレスレシアからの旅立ち(プロローグ3)

「さぁ、行こう。」


 ライナーの掛け声とともに集まった一同が歩みを進めようとしたときだった。


「いやいや。フィルがここを離れちゃまずいでしょ。」


「そ、そうよ。」


 アリスネルが当夜の疑問に大きくかぶりを振りながら追従する。


「えぇ。私も国王のそばを離れるのは本意ではありません。ですが、その王ご自身の意思で私をこのパーティの護衛役を与えてくださったのです。それを反故するわけにはいきません。ご同行をお許し願いたい。」


「へー。フィルネール様ってやっぱり偉い人やったんやな。なんやオーラがちゃうもんな。」


「俺としちゃ、フィルに来てもらえるならそれほど心強いものは無いがな。」


「そりゃ、そうだね。僕としても頼もしいよ。よろしく、フィル。」


「えぇ。こちらこそ。アリスネルさんもよろしくお願いしますね。」


 フィルネールはアリスネルの様子をうかがうように顔を向ける。アリスネルはしばらく間を置くとフィルネールを真正面から見つめる。やがて、一息吐くと静かに言葉を紡ぐ。


「私はあなたの実力を知らないから何とも言えないけど、トーヤが認めるならそれなり何でしょう。この旅の間だけよろしく頼むわ。

 そ、それと、私のことはアリスでいいわ、よ?」


 フィルネールが小さく笑うのをきっかけに、ライナーとレムが大きく笑い出す。トーヤもまた声にこそ出さないが、笑いを抑えるのに必死である。


(これがツンデレか、ツンデレというやつなのか。アリスがやると似合う、似合う。くっくっく。)


「も、もう! 皆して何なのよ!?」


「ふふふ。ごめんなさい。何だかとっても可愛くって。」


「なっ! 可愛いって、ちょっと待って。皆もそんな目で私を見ないでよ。」


「私のこともフィルって呼んでください。これはトーヤの心を惹きつけるわけね。」


「そこで僕に振るのかよ。まぁ、そんなところも確かに可愛いよね。だけど、もうちょいお淑やかなくらいが良いと思うんだけど、ギャー、痛い、イタイって!」


「誰がお転婆娘だってー!」


「そ、そこまで言ってないって!」


 当夜のこめかみを風の万力がギリギリと締め付ける。当夜がレフリーストップを申し出る。フィルネールが瞬時に魔法を無効化してしまう。


「へぇ。すごいわね、フィルネールさん。てっきり騎士なだけに武術に秀でているのかと思いましたけど、魔法にも長けているのですね。」


「お褒めいただき恐悦です。私のこともフィルで良いですよ、アリス。」


 二人が目線を当夜の鼻先でぶつける。おかげで当夜は悪寒ののちに嫌な汗を流すことになった。そんな3人を尻目にライナーがつぶやく。


「やれやれ、この国の未来を背負う使節団の旅立ちがこれとはな。まぁ、気負って無言のお通夜で出立するよりはマシか。」


「そうやで。こない刺激があらへんと旅は退屈やで~。さぁさぁ、お二人さん、そろそろ口だけやなく足も動かすで。」


 そんなつぶやきにすら反応するのは彼を慕う少女、この旅の行きつく先の一つにはライナーの婚約者の待つ国があることを彼女はまだ知らない。その時の彼女は愛する者の婚約者を前にしてどのような行動を起こすのかわかるものはいない。ライナーもまた当夜のことを笑うことはできなかった。


 ライナーが簡易テントを背負おうとしたときだった。背後から衝撃の言葉がかかる。


「ん? ライナー、テントなら男女別々に僕が持っているよ。そんな小さいので僕と一緒じゃヤダとかそんな感じ? 一応いびきはかかない方だと自負しているんだけど。」


「はっ?」

「「え?」」

「...。」


 アリスネル一人を除いて3人が当夜の顔を何言いだしたのかといぶかしげに見つめる。アリスネルが当夜に諦めたような口調でその事実を示すように助言する。


「はぁ。トーヤ、アイテムボックスから出して見せてあげて。」


「ん? あぁ、ほら。」


 手の平に出現したサッカーボールほどのアイテムボックスの渦から3人用のテントが現れる。これはライトが地球から持ちこんだ本格的な山岳テントである。


「そ、そんなことが...。」

「マジかよ。」

「嘘やろ。反則やん。」


 3人が愕然としたことの大本は共通している。アイテムボックスの所有者はごくわずかではあるが居ることはいるのだが、せいぜい入り口と同じ大きさの物しか収納できないのが通説である。魔法のある世界でいうのも何だが物理法則を無視したような形で出し入れが目の前で起こっていた。


「何がおかしいのさ。魔法があるくらいだからまったく不思議なこと無いじゃん。まったく大げさだなぁ。」


 当夜から見れば何もない空間に炎の塊ができることの方が違和感があるくらいだ。当夜は決して手のひらの上に浮かぶ渦に詰め込もうとしているわけでは無い。どちらかというとアイテムボックス自体を広げて包んでいるだけだ。ただし、その状態は人の目には映らないために起こる認識の違いだ。その点、マナの動きの読めるアリスネルには当夜のマナの動きが見えるがために大きな動揺を見せずに済んだのだが、その行動は彼女にとっても驚嘆すべきものであった。なぜなら、複雑で大きなものを正確に包むにはマナの緻密な制御と膨大なマナまたは加護が必要となるからである。当夜に限って言えば理系の知識により空間という概念をこの世界の人々より詳しく認識していたことと、何より【時空の精霊】の強固な加護の相乗効果があったからである。


「はは。これがトーヤの実力か。まったく大したものだ。そうだな。こんな重たいものは置いていくか。ひょっとして、まだ余力があるとか言わないよな?」


「うん。まだ全然入るよ。もし良ければ一緒に収納するけど?」


「じゃ、じゃあ、ウチの荷物も頼もうかな?」

「私も頼むわ。」


「その前に一つ試させて。ライナー、こっちの荷物借りるよ?」


「あぁ。かまわんが。」


 当夜はライナーの迷彩がらのポシェット状の革袋を取り上げるとアイテムボックスに収納する。その袋にはライナーの治療薬などが入っているが、ここで収納した場合に中身が種別に分配されるか確かめたかったのだ。何も知らずにやって女性陣の肌着が混ざってしまってはどんな仕打ちがあるかわかったものでは無い。プライバシーは尊重しないと、と当夜が心配しているとは残された者たちは思いもしない。むしろ、そのようなことは長旅をする以上、覚悟の上であるのだが文化の違う両者には通じ合わない感覚だ。

 幸い【ライナーの革袋】1ケとして収納された。これで当夜の心の平穏が保たれる。


「どうも。はい、返すね。アリス、レム、預かってほしいものがあれば僕に渡して。」


「じゃあ、これをお願いね。」

「ウチはこれや。」

「それでは俺のも頼む。」


「はいよ。フィルはどうする?」


「いえ、私は大丈夫です。」


「あれ、そういえば、荷物ほとんど無いじゃん。着替えとかどうしたの?」


「一応、ここに2着あります。行軍のときもあまり着替えませんし荷物はほとんど持ちませんよ。」


 さも当然と言った感じでフィルネールが答える。


「「「えっ?」」」

(まぁ、そうだろうな。)


 騎士団の行軍を知るライナー以外は少し引きながらフィルネールを見る。恐る恐るレムが聞いてはいけないことを聞く。


「匂わへんの?」


「えっ? えぇーと、...たぶん。」


「僕はまだ余裕あるけど、どうする?」


「す、少しお時間をいただきます!」


 フィルネールは顔を赤らめながら街角に高速で突撃していく。当夜は3人の荷物を収納すると残りの2人とライナーの騎士団の行軍についての講談を受けることとなる。こうしてフィルネールの名誉は守られた。

 しばらくして現れたフィルネールは息を切らせて顔を真っ赤に染めながら下着をそのままにトーヤに差し出したのだ。門番やアリスネル、レムの目線が痛い。ライナーが苦笑しながら袋に詰めるようにフィルネールに目配せする。頭から湯気が出るのではないかと思うほど赤くなった彼女は必死に詰め込む。おかげでぐしゃぐしゃだ。本人を除く全員が彼女の評価をドジっ子に下方修正したのだった。

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