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世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
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クラレスレシアからの旅立ち(プロローグ2)

「何や、また変な話に巻き込まれたんかい。それにしても相変わらずやな、トーヤは。」


 けらけらと笑いながらレムは算盤をたたく。その後ろではライラが同じく算盤を叩きながら優しく笑うと唐突にレムを抱きしめながら当夜をなじる。


「レムちゃ~ん、そんなこと言ってトーヤに惚れてましたなんて言っちゃ嫌よ~。トーヤ君は生粋の女殺しだから気を付けなさい。」


「そやな。せやけどウチはライナー様に首ったけやねん。こんなナヨッとした男に興味なんてあらへんよ。ウチにはトーヤを好いているアリス、」


 そう、相変わらずレムはライナーを慕っている。ライナーも彼女の猛烈なアタックを軽やかに躱しているものの、そんなやり取りを楽しく思っているようである。


「ちょ、ちょっと待ってよ、レム! もう、私のことはいいの! でも、私の敵になるなら覚悟なさい。」


 不意に自身の話になり狼狽するアリスネルであったが、すぐさま反撃に出る。彼女の鋭い目線は一瞬にしてレムを震え上がらせる。


「ひっ!」


「こ~ら、アリス。はしたないわよ。レムもライナー様から妾の話が出たからって調子に乗らないの。」


 つい先日のこと、ライナーはレムに一つの事実を伝えた。彼には許嫁がいること、その相手は他国の王族の一人娘であって自身は婿としてこの地を離れなければならない身であること、それでも付いてきたいのなら側室として迎えることを伝えた。レムはまったく迷いなく清々しいまでに全てを受け入れた。


「...。本当に貴女は強いわ。その強さが羨ましい。」


「そないに羨ましがられるようなものやないで。ただのみすぼらしい貧乏精神や。」


「―――トーヤ君、旅に出る準備をなさい。長い旅になるのでしょう。ほら、早く。」


「え、えぇ。」


 ライラに促されて当夜は自身の部屋に戻り、旅の支度を始めた。アリスネルは当夜が自室に入るのを見届けると想いを溢れさせる。


「それでも私は羨ましい。レムの寛大さが羨ましいのよ。私は駄目。トーヤのことになると他人の存在を認めるのが怖いの。私だけを見ててほしいって思ってしまうの。」


「ウチだってそうだよ。ウチだけを見ててほしいって思っとるよ。そやな、たぶん、ウチは逃げたんよ。彼をウチだけの存在にできる可能性を閉ざして少しでも近くにいられる可能性を選んだんやと思う。逆にウチはアリス姐のことを羨ましく思う。そこまで可能性を信じられる強い意思が。」


 そこまで静かに見守っていたライラが二人の肩を抱き寄せて背中を擦る。二人はどちらともなく泣き出していた。


「二人はどちらも最善を尽くそうとしているのよ。どちらが正解だとかそんなものは無いわ。だから安心して前に進みなさい。今回の旅も一つの機会だけど良い思い出の旅となるように頑張りなさい。ただし、怪我とかしちゃ駄目よ。」

(う~ん、まぁ、トーヤ君も含めて3人ともある意味心配ね。ここは私もついていくとしますか。う~ん、でも、でも、トーヤ君は感知能力が高いからなぁ。あれに頼りますか。あ、そうだ。夫には正直に伝えておかないと。あの人なら口も堅いし大丈夫でしょ。)


 ライラは決意を以て二人の背中を激励を込めて強く叩く。二人は大きく息を吐き出すように咳き込む。


 そんな3人のやり取りを知ること無く、当夜は部屋で黙々と旅の準備にいそしむ。と言っても単純にアイテムボックスに装備や治療薬等を突っ込んでいくだけなのだが。すでに当夜の【時空の精霊】の加護の値は600を超えているため不用なものを検討する必要すら無くなっている。そこに渡界石の収容力も加えればこの世界の人間では当夜に勝る配達人はいないだろう。当の本人にはそのような感覚はなく、他のメンバーの荷物も運ぶことで貢献できるとリーダーとして役立たない不安を打ち消す材料の一つとしてしか捉えていない。


 一通りの準備が終わり、部屋から出て降りると女性陣の姿は見当たらず、とりあえず、当夜は台所から山積みの米と塩、砂糖などの調味料をアイテムボックスに収納していく。

 そんな時だった。玄関をノックする音が廊下に響く。しかし、ライラはいないのか返事が返らない。ほかの二人の返事も無い。当夜は大急ぎで玄関前まで戻ると返事を返す。


「どうぞ、開いてますよ。」


「すまない、入るぞ。」


 戸を挟んで聞こえたのはライナーの声であったが、普段の重低音が魅力的な威厳のある声では無かった。やがて戸が開かれてライナーが姿を現すとその表情には陰りが見受けられた。


「トーヤ、久しいな。ところで皆は居るだろうか?」


「久しいなって言うほど久しぶりではないと思うけど。みんなは長旅の準備中。その件なんだけど、ライナーは一緒に行けるのかな? 最近すごく忙しそうだけど。」


「そうか、旅か。それは良いな。どこに行くのだ?」


「それが、国の命令らしくてさ。王宮観測室長のクレートさんが長旅の準備をするようにってさ。行先も不明なんだよ。」


 当夜の話を聞いていたライナーはしばらく考え込む。やがて、重々しく口を開くと自身の父である国王の不調に伴う跡目争いからくる近頃の多忙さと合わせて話を進める。


「近頃、俺が忙しかったのは見ての通りだ。その理由は詳しくは話せないが、今回の件に繋がっているのは確かだ。」


「今回の件?」


「ああ。どうやらトーヤ達はまだ聞いていないようだな。急な話であるが、俺を使節長とした外遊視察が明日出立のもとに予定されている。それゆえ、皆に迷惑をかけるとこうして別れのあいさつに来たのだが、どうやら、」


「ま、待ってくれ。まさか、この流れだと僕たちも同行する勢いじゃないか?」


 当夜がここまでの情報から推測し、もっとも起こりうる可能性を引きだす。そして、それは現国王が考えた最善の策とも言える。彼がこのような手を考えたのには訳がある。英雄の不在、そして、それにより受けた魔人たちの侵攻がもたらした小さくない被害、何より自身の年齢に大きな不安を感じたからである。それらを解決するために彼は仮病を使ってまで動いたのだ。



 ちょっとした経過報告をしよう。当夜とライナーが出会ったその日の夜から作戦は開始された。その夜、4人の皇子たちに同時に‘王、危篤’の伝令が届く。これに対する反応はそれぞれ国王の予想通りだった。第1皇子は、自堕落な遊び人であり、その日も女遊びに興じていたのだが、親の不幸の連絡にも眉ひとつ動かさず遊び場を離れようともしない。また、第2、第3皇子はお互いに牽制し合い、自身を推す貴族の懐柔に手を回し始める。ただ一人、宮中から離れて暮らしていた第4皇子のみが国王の身を案じて王の間にはせ参じた。そこには堂々と胸を張り、残りの命を燃え上がらせて王の威厳を見せつける父親の姿があった。そして、王は‘おぬしならば来てくれると信じていた’と声にした。妾であるライナーの母は彼を政略の渦から遠ざけようと宮中から離していたが、国王であっても父であるレゼルダスは日頃から従者にその様子を探らせていたのだった。そして、心のうちに後継者をライナーに決めていた。


「ライナー・アウロ・クラレシア、おぬしに特命を与える。レアールのドワーフ王ダイタル様に資材援助の要請と、アルテフィナ法国のフィルネット教皇に王位継承の知らせを届けるのだ。それと、おぬしの婿入り先のコートル王国にも立ち寄りなさい。良いか、すべてはこれらの書状にすべて(したた)めてある。この件は内密に進めよ。おぬしも中身を確かめることは許さん。」


「はっ! ですが、父上、無礼を承知で申し上げます。未だ父上はご健在です。このような国の危機的状況の続く中で兄上に引き継ぐのは危険かと具申します。どうかもうしばらくお時間をおかけになっていただけませんか?」


「おぬしの言いたいこともわかるがもはや猶予はない。我にも考えはある。それと、レアールへの要請にはおぬしの持てる財力をすべて費やすのだ。これは国民のために王族が成すべきことの宿命と受け止めよ。」

(これもおぬしのためじゃ。厳しい言い方となることを許せ。)


「はっ! 至らぬ者の愚言をお許しください。」


「かまわん。12日後に立て。それまでに我も支度を整える。それと、トーヤ・ミドリベとの親交も深めておくのだ。おぬしには必要な存在となる。」


 それから後、街に蔓延る悪意から仲間の危機を救い、その大本を絶つことができた。これも国王の力添えあってのことであろう。世捨て人のようなっていたライナーにとって当夜たちとの出会いがこの国を知る大きな原動力になりつつあった。

 思い返せば当夜の話がライナーの耳に届いたのも、彼に感心を持つようになったのも有能なあの執事のおかげである。彼もまた王の元側近であり、王の動向を知るために招き入れたつもりが逆に王によって送り込まれた誘導者であった。



 そんな近況を思い出してライナーは自身もまだまだ青いなと痛感しながら当夜の問いに答える。


「そのとおりだな。お互い苦労しそうだな。」

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