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世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
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和解

「...アリス。」


 当夜が店の外に出ると僅かに嗚咽が聞こえてくる。アリスネルは通りで泣いたままに人々とすれ違うのを避けるため路地裏で小さく震えながら泣いていた。


「...アリス。」


 当夜は数段の階段をゆっくりと降りると、アリスネルと同じ路地裏に足を進める。声をかけられたアリスネルは顔を両手で覆い、当夜に背を向ける。


「...ないでよ。いつもそう! 期待させておいて勘違いさせておいてすぐにひっくり返す! 八方美人すぎるよ。」

(違う。こんなこと言いたいんじゃない。こんなのただの醜い嫉妬だよ。)


「...うん。」


 振り返ると手を下に力強くおろして泣きながら睨むように当夜を見つめる。


「女の人と見ると見境なく優しくなるし、無茶ばかりするし! その気にさせるような浮ついた言葉だって簡単に口にする! 女たらしの最たる例だよ。」

(そうじゃないの。トーヤにその気がないただの親切心だってわかっているの。私だってそれに助けられたもの。)


「...うん。」


「私はトーヤにとって何なの!? 普段からトーヤが優しくしている人たちと同じなの?」

(怖い。肯定されるのが怖いよ。)


 下を向いてしまうアリスネルを当夜は見つめながら自問自答する。


(どう、なのかな。わからない。...深く考えたことがなかったな。僕はアリスをどう思っている。家族? 妹? それとも、)

「...ごめん。うまく口にできないけど、ついこの間までは妹のように思ってきていた。僕は異世界に家族を残しているんだけど、その中に妹がいてね。アリスを見ていると姿が重なるんだ。」


「っ!」


 アルスネルが鋭く息をのむ。


「もちろん、アリスみたいに可愛くないし、優しくも無い。料理は普通だけどね。まぁ、そんなことはいいや。それでも最近は君を誰かに取られると思うと冷静でいられない。これが妹離れができない感情からくるものなのか、異性として意識してしまっているからなのか、それともまったく別のものなのか、今の僕には説明できない。だけど、これだけは言える。僕にとって君は特別な存在であることは間違いないよ。」


「...ずるい。何か逃げられた気がする。でも、なんとなく伝わったよ、トーヤの今の評価。

 それにしても私を妹として見ていたっていうのは気にいらないなぁ。私の方がお姉さんなんだから。」


「お姉さんか。でも、なんていうか。アリスって守ってあげたいなって印象なんだよね。」


 当夜は正面から泣きじゃくるアリスネルを抱き寄せるが、一呼吸の間をおいて顔を赤らめたアリスネルに押し払われる。


「そういうのが危ないの! 絶対ほかの女の人にやらないでよね。それに私の方が年上なんだからね。」


 その言葉の勢いを利用して目の前の当夜の唇を自らの唇で覆う。当夜は唖然とした顔をしたが、たちまち耳まで真っ赤に染まる。普段は見せない表情にアリスネルはしてやったりと顔を緩めつつ自身も顔を赤らめる。


(そうだよね。私はトーヤが好き。後はトーヤを私が振り向かせられるかどうか。それに可能性はゼロじゃないみたいだしね。そのためにも私も嫉妬ばかりの情けない姿は見せられないよね。)


(まったく、こうも胸が高鳴るとはなぁ。これはアリスを女の子として見てるって証拠かもしれないなぁ。はぁ、それにしても‘前にも言ったはずだけど僕の方が年上なんだよ’なんて言ったら怒るだろうしなぁ。)

「そうだね。気を付けるよ。」


 アリスネルは涙をぬぐうと一つ大きく深呼吸をする。続いて治癒の魔法を行使する。途端に泣き腫れていた顔も目も元通りになってしまう。こうも瞬時に回復されてしまうと感情の余韻の拠り所に困ってしまう当夜であった。そうとは知らないアリスネルは当夜の腕を引っ張ると再び店に乗り込んでいく。再び当夜を連れて戻ってきたアリスネルに店長は驚きと期待をもって出迎える。当夜を扉の前に待たせると一人でケーキを食べるフィルネールの下に向かう。


「あら、お早いお戻りですね。ですが、どうやら何かを得られたみたいですね。」


 フィルネールはアリスネルの瞳に彼女が何かを決意したと確信めいたものを感じていた。


「はい! 私はトーヤが好きです。まだ、両想いには遠いみたいですけど、この鈍感男を振り向かせて見せます。貴方には負けませんから。」


「そうですか。実のところ、私はまだそこまでの恋愛感情には至っておりませんがその際には全力でお相手しましょう。もちろん、トーヤもそのような感情は持っていないでしょうけどね。確かに命を救い救われた私たちに恋愛感情が生まれうるのも道理にかなったものですね。ある意味、貴女は私を焚き付けてくれましたね。」


 フィルネールは落ち着いた笑みを浮かべながらアリスネルにウインクする。


「ふえっ?」


 アリスネルには自身の嫉妬に狂った一人芝居を恥じる暇すらも与えずに、相手は贈られた塩を使って傷口を揉んできたのである。


「それと、申し遅れましたが、私はフィルネールです。フィルと呼んでください。それでは以後お見知りおきを。」


「え、えっ!? あっ! 私はアリスネル、アリスって呼んでください。トーヤの管理人です。」


「‘トーヤの’ではなく‘トーヤの家の’でしょう。」


「う゛ぅ。そのとおりです。」


 フィルネールに終始圧倒されるアリスネルであった。

 フィルネールは扉を開けて当夜を招き入れる。


「さぁ、誤解も解けたようですし。皆でここのお勧めを堪能するとしましょう。店長さん、お願いします。」


 フィルネールが指を鳴らすと店長が笑顔でフルーツの盛り合わせを持ってくる。


「フィルネール様の予想通りでしたな。まったく一刻はひやひやしましたよ。」


「そうですか。失礼しました、皆さん。ですが、見ていられなくて余計な手出しをしました。お許しくださいね、二人も。ふふ。」


「「はぁ。」」

((敵わないなぁ))


 当夜とアリスネルはフィルネールの思慮深さと大人の女性の余裕にのまれるのだった。


 そんなフィルネールが動揺させられるような知らせが届くなど二人が予想できるはずもなかった。

 フルーツの盛り合わせを前に当夜がその食べ方をレクチャーするようにフィルネールに迫られ、アリスネルに期待の目を向けられて最初の一口をどちらにするかで心を痛めていたところに初老の紳士が待ったを入れる。


「ふむ。うまいことまとまったようだね。では、フィルネール殿、国王様から勅命が届いておるのでこれより伝達する。

 フィルネール近衛騎士団長、貴職の任をただいまを以て解く。これよりは貴族トーヤ・ミドリベとその仲間を護衛する任に就くものとする。後任は副団長とする。以上。」


「クレート殿、それはいったいどういうことですか!?」

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