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世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
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知る者の口は閉ざされる

「ぉぃ! おい! 聞いているのか!?」


「ん? あぁ。失礼しました。どうかしました?」


 フリントの荒げる声に反応して当夜が意識を戻す。


「どうしたではないぞ。良いか。この理論は危険だ。少なくとも神殿や教会関係者には言うんじゃないぞ。あいつらは精霊を神格化している。まして、世界樹言えば【原初の精霊】に次いで神聖な存在だ。そんな存在が人工の精霊だなんて、ましてや、人が基礎にあるなどと発言すればどのような目に合うかわからん。」


「教会が? ということはアルテフィナ法国もか。

 まぁ、この理論は推測にすぎませんし、闇雲に言いふらすつもりはありません。ただ、仮にこの話が事実だとすれば世界樹の浄化作用を高める方法を見つけるか、今ある負の感情を解消するか、あるいは、———世界樹を消す必要がある。」


「おいおい、それは本当に洒落にならんぞ。まったく可愛い顔してとんでもないこと考えてやがるな。お前の考えはあくまで仮説だ。ワシは最初の選択肢を選んでほしいぞ。」


 フリントは目を細めながら当夜の発言を諌める。


「とはいえ、仮にこの説が真実ならば手は早く打った方が良いでしょう。浄化能力を高める方法に心当たりはありませんか?」


 当夜がフリントに助けを求めると、彼はその言葉を予測していたかのように一冊の本を示す。


「ここにある。ほれ、見てみろ。480年前だ。かつて一度、世界樹が枯れそうになった時期があったのだが、その時に【原初の精霊】が現れて神殿の最司祭に極秘裏に一つの奇蹟を授けた。それこそが【生命の雫】だ。その材料がここに記してある。【聖杯の輝き】、【大地の結晶】、【世界樹の嘆き】だな。【聖杯の輝き】と【大地の結晶】は所在がわかっている。

 【聖杯の輝き】だが、ありかは問題のアルテフィナ法国だ。そこに祀られている聖杯に満ちている液体がそれだ。

 【大地の結晶】は北レアール、ドワーフの街の管理するレアール鉱山で極稀に発見される。

 【世界樹の嘆き】、これはまったくもって想像できない代物だ。何せ、ここには世界樹の血と記されている。木に血が流れているとでもいうのかまるで意味が解らん。」


 フリントが腕組みをしながら書物と勝負のつかないにらめっこを挑んでいる。だが、当夜の関心事はそこでは無い。


「フリントさん。そもそも、その本を書いた人物は何者なのですか? 極秘裏とあるくらいですからその最司祭様が書いたのですか? でも、極秘裏なのにアルテフィナ法国ではなく、ましてや神殿でもないこの国の図書館に残されている。どうして。」


 当夜の疑問にフリントも大きくうなずく。


「その通りだな。この著者はオイレンシュピーゲル。変わった名前だな。歴代の司祭にも聞いたことが無い名だな。こいつは信憑性が薄くなったな。」


「いえ、逆ですよ。虚言を信じ込ませたいなら著者の名を著名なものにした方がより真実味が増します。なのにフリントさんが不可思議と感じる名前を使っている。それこそ、アルテフィナ法国上層部の人物と差別化したかのような名前です。ともすれば、逆に真実味が増します。ただ問題は、そこにどのような意図が隠されているのかですが。ただ、今はこれだけが手がかりということですよね。」


「そうだな。まぁ、俺が知る限り他に無いな。」


「ありがとうございます。まずは、この情報を信じて行動してみます。」


「気を付けてな。たまにはここに顔出せよ。」


「えぇ、また明日メモを取りに来ます。」


 フリントは玄関を出ていく当夜の後姿を見送るといつになく高揚した気持ちで気になる書物を開いていく。当夜の奇抜な発想はフリントの読み解いてきたいくつもの書物の解釈を大きく方向転換させるものであった。


「ふむふむ。こいつはまさか。だが、こっちの文献には確か...。」




 フリントは時間の経つのも忘れて思案に没頭する。いつしか一つの結論にたどり着いていた。


「このオイレンシュピーゲルと同一の人物が書いたと思われる書物が三つある。これらは全く関係のない話のようで一つのことを言い表している。間違いなくトーヤの言っていたことが正解だな。いや、待てよ。これらは始まりの時代に遡れば、」


「あら、それ以上は踏み込んではいけない領域でしたのに。これで3人目ですわね。あの方のお告げは適切過ぎて恐ろしい限りですわ。」


 フリントの背後に人の立つ気配が突然に湧きあがる。その気配はフリントに動くことすら許さない圧力をかけてくる。


「だ、誰だ?」


「私のことはお気になさらず。それより、このお話しはどなたからうかがったのですか? 王国からの褒章が授与されるべき大発見ですわ。さぁ、どなたですか?」


「貴様、先ほど3人目と言ったな。だとしたら、残りの2人はどうした。それにそうならばすでにこの考えは公表されているはずだろう?」


「あら、あら。私としたことがつい口を滑らせましたわ。まぁ、それほどの洞察力があるなら一人で気づいたこともあり得ますか。」


 フリントの首元が突然舐められる。全身の毛穴が粟立つ。同時に体の自由が戻り、後ろを振り返る。


「あ、貴女は。な゛っ!?」


 次の瞬間、フリントの口からは泡立った赤い流れが溢れ出して彼の言葉を遮る。


「さようなら。」


 フリントはずるずると自身よりも小さな女性に寄り掛かるように崩れ落ちる。少女は身動きすることなく、目線だけを動かしてフリントの最後を見取る。最後にとても力があるとは思えない細い足で遺体の頭を踏むと何の抵抗も感じさせない勢いで踏み抜く。

 女性は3冊の書物を持つと図書館を後にする。赤い月と表現するにふさわしい衛星がその影を照らす。金色の長い髪が血と赤い光に当てられて艶やかに煌めく。しかし、その瞳は赤い月すらも霞んで見えると錯覚させられるような吸い込まれるような鮮やかな赤色であった。

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