身辺確認
張り切って出ていったエレール。当夜にはエレールの変化はもちろん、行動も言動も理解できず、一人部屋にポツンと残されていた。ただ一つ感じ取ったことは、間違いなくライトがエレールに何かしたということである。
(とにかくあいつはこの世界の知識を補う何かを渡すと言っていた。手持ちのすべてを確認してみるか。といっても、本とか明らかにガサのあるものが増えたようには思えないしなぁ。)
当夜はエレールに取り上げられていた所持品を出すと机の上に広げた。
・スマホ
・財布(所持金26,833円)
・白の長袖ポロシャツ
・黒のTシャツ
・黒とこげ茶のチェック柄のスラックス
・下着
・腕時計(針は止まったまま)
・ベルト
・靴下
・イギリスの某メーカーの靴
・ハンカチ&ティッシュ
・ミネラルショーで買ったルース 数点
これらが地球からの持ち込み品。もちろん着衣は脱いでいないので変な想像はしないでいただきたい。
対して、以下エキルシェールで得たもの。
・知識の泉と書かれた空き瓶
・黒い巾着袋
・渡界石
である。まぁ、【渡界石】は地球で持たされたからこちらで得たものというかは怪しいが。
「———まっ、普通に考えれば【渡界石】か。」
額に押し当てるも反応なし、石との対話を試みるも相手にされず、ビビりながらこちらの世界に来た時と同様に軽く落としてみるも無反応。
(【渡界石】は保留だな。黒い巾着袋の中身は...、どう考えてもお金だよな、この触り心地は。)
袋の紐を緩めて反転させると中からは金貨1枚、銀貨10枚、大中小の銅貨3種類がそれぞれ10枚という数で布団の上に沈み込む。それらを見た当夜の頭が瞬時に計算する。
(110,111シースか。
ん? なんでわかるんだ? あ~、これが最低限の知識っていうやつか。とりあえずお金の扱いはどうにかなるかな。いや待てよ、そもそもこの金額って多い? 少ない? 駄目だ、わからん。)
「いや、だけど金貨ですよ、金貨。これだけでも1オンスくらいありそうだし、15万円くらいの価値があるんじゃないか。」
当夜は金色に輝く硬貨を手のひらの上で転がす。片面には顎髭を蓄えた老人の横顔、その裏面には獅子のような獣と猛禽類に似た鳥の闘う姿が画かれている。銀貨も銅貨も似たような絵柄だが、人物像は若い青年と女性の姿、その裏面に描かれた動物は小型なものに変わっている。だが、その他の物は見当たらなかった。つまり、この黒い巾着袋は純粋に財布ということだ。
(そうなると調べものができるとしたらスマホってこと?)
しかしながら、電源は入らずまるで機能しない。電池は満タンとは言わないが8割がたは残っていたと記憶していたのだが故障してしまったのだろうか。
(コレ、壊れたんじゃないよなぁ。
はぁ、やっぱりこちらの世界で得たものが怪しいよなぁ。あとはこの小さな瓶くらいか。...んん? なんだ、何か書かれている?)
空の小瓶を取って目に近づけて文字を読もうとしたとき、軽い脱力感とともに小瓶は片メガネに変わった。
(うわっ、なんだ? ってまさか、これのことなんじゃないか。
片メガネは目周りのホリが深くないとつけられないって聞いたことがあるけど、僕は顔のホリが深くないからつけられないんじゃないか。ショーユ顔だってよく言われていたし。)
だが、そんな思いは杞憂に終わる。とりあえず目のそばに持ってきたところ、よくわからないが勝手に定位置で浮かぶようになったのだ。
何より驚いたことは、片メガネを通して見たものはそれがどのような名称で、どのような機能を持ち、どのような価値があるか脳内に認識されるようになったのである。
「すっげー、これ。おっ、なんだ、あれ。」
【錬成釜】300,000シース
様々な調合・合成に使う釜。ただし、調合・合成によってできるものは材料と使用者の知識による。
「水の精霊の加護」残量427
(調合か。とりあえずこれを使って生計を立てられないかな。水の精霊の加護? 残量とあるところを見るとエネルギーみたいなものか。)
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一通り寝ていた部屋の中を観察し終わると階段を上がり、こちらの世界におけるいわゆる始まりの部屋とでもいうべきライトの部屋を物色していた時のことである。何やら気になる文言が確認された。
【異世界のルース(ケース付)】1,000,000シース
異世界の技術により高度に加工されたカット石、鉱物名サファイア(桃色)
「精霊の加護」残量 未定
よく見れば、友人にミネラルショーで購入したオーバルブリリアントカットの0.4カラットのピンクサファイアであった。
(確か、購入時の金額は5,000円だったから、数字だけ見れば200倍かよ。インフレしすぎじゃないか。この世界の金融関係わからんけど。それに、んー、残量未定ってどういうことさ。まぁいいや、きちんと管理しとこ。)
当夜は、きちんと、と考えながらも無造作にズボンのポケットにケースごと突っ込んだ。彼は、原石に美を感じる傾向があり、その雑な扱いはおそらくこの世界におけるルースの価値をまったく理解していないためである。
当然、ここにこの世界の住人がいて、こんな代物を手に入れた日には金庫に厳重に管理するであろう。
「それにしても、エレールさん出て行っちゃったけど、僕はどうしたらいいんだろう。」
当夜の声が一人でいるには広すぎる家の中に響いたのだった。




