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世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
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歴史を知る者との出会い

 その施設は小学校の図書館であると言われれば素直にうなずく程度のものであった。つまりは、一国の国立の図書館とは思えないほどに稚拙であった。だが、それは当夜の思い込みである。この世界では紙は貴重であり、ほとんどの場合は木や質の悪い羊皮紙を代わり用いるせいで嵩張るため重要な事案のみが上質な紙に記される。よって、国の行く末を左右するような情報のみに紙が選ばれる。それほど貴重な史料がこの図書館に残されてきたのだ。

 ちなみに、この世界では木や植物から繊維を取り出して紙を作ろうという考えに至っていない。それというのも伝達には紙より軽く、再現性が高く、手早く伝えられる魔法が存在していることに加えて、【ユーズフルウッド】という魔物を討伐することで数百枚単位の紙を手にすることができるためである。よって、普段の生活の中で保存性以外に必要性の薄い紙と言うものはあまり浸透していないのだ。



 玄関の正面にある受付台の椅子に腰かけて、この半生にわたって訪れる客の少なさを嘆きながら今日も番をする老人の姿があった。彼はまさに本の虫と呼ぶにふさわしい。すでにこの図書館の書物は完全に読破し、もはや、諳んじることも模写することも可能だ。最近の関心事はもっぱら発見されたばかりの遺跡の話だ。何でもまだ若い冒険者パーティが発見したとのことだ。


「ふ~む。やはり、あの遺跡は王国の前身であるクラレス大国のさらに前の時代のものというわけか。ん、客か?」


 断片的に伝わってくる情報と関連しそうな書物の内容を照らし合わせていく。そんなところに少年が玄関の鐘を鳴らしながら入ってくる。その不安げな様子と見覚えのない顔から図書館を始めて利用する者だろう。


「こんにちは。お忙しいところ失礼します。僕は当夜 緑邊といいます。本日からこちらで所蔵されている図書を拝見させていただければと思いまして。初めて使わせていただくのですが、どのように使うのかご教授いただけませんか。」


 老人は手に持つ書物を台の上に置くと当夜をまじまじと見つめる。その目はひどく真剣で見られている当夜は思わず後ずさりしそうになる。


(なんて眼力だ。気圧されそうだ。)


「ふっ。

 別に汚したり破いたりしなければどのように使おうが構わん。ただ、何かあればワシに相談しろ。」

(貴族とは思えん目じゃな。貴族のように気取るわけでもなく、お高く留まるわけでもない。雰囲気は平和ボケしているかのようにぼんやりしておるが、ワシの威圧に耐えるなど中々に肝っ玉も据わっているようではないか。何とも捉えようのない奴だ。

 だが、近年の貴族には歴史にまるで興味を持つ者はおらんからな。これは珍しく当りが来たか。幾度か来るようなら我が継承者に仕立てたいところだな。)


 体の衰えとともに今や手放せなくなった老眼鏡を深くかけ直すと、台に置いていた書物を再び読みだす。

 老人は自身の孫ほどにあたりそうな少年の行動を本の隙間から伺う。彼は一礼して図書のある部屋に向かうかと思いきや、思いもよらない言葉を投げかけてくる。


「わかりました。ところで水場はどこでしょうか?」


「水場? あぁ、お手洗いはそこだ。」


 この図書館の司書であるフリントは図書の収蔵部屋とは真逆に位置する小部屋を指さす。


「ありがとうございます。」


 当夜が小部屋に入るのを見送ると再び書物に目線を移す。別に読まなくとも記憶しているのだが、文字を見ることに意義を感じているのだから仕方ない。

 ほんのわずかな時間で当夜が戻ってくる。ふと老人は思ったことを口にする。


「ずいぶんと早かったな。」


「ええ。手を洗っただけですから。」


 当夜は手をハンカチで拭きながら当然のように答える。


「ほう、なぜ手を洗った?」


「いえ、古い歴史書を読みたいので皮脂で汚さないようにするためですよ。」


 そういうと当夜は貴族証や装飾品を次々外してフリントに預けてくる。


「すみません。こちらをお預かり願います。貴重な書物を傷つけても大変ですからね。」


 フリントは思わず口を大きく開けて愕然とする。同時にどこか心が踊るような感覚に囚われていた。


(この少年はいったい何者だ。ま、まさか新しい司書なのか。ワシもそろそろ先は短いと思って交代を何度も要請していたが、大臣もようやく重い腰を上げたということか。)

「のう、少年。お前はワシの跡継ぎか?」


「は? 跡継ぎ? いやいや、そんなわけないでしょ。今日は単純に情報を集めに来ただけですよ。」


「何じゃ、違うのか...。期待させおって、まったく。

 で、何を調べに来たのじゃ?」


 当夜は若干、理不尽さを感じながら本日の訪問の理由を説明する。さらに、この老人ならば該当しそうな図書を紹介してくれるのではないかと具体的な内容についても相談する。


「一つは、世界樹誕生の話。一つは、世界の崩壊の詳細。一つは、精霊と魔人の関係。これらの三つのことが載った書物です。」


 フリントは目を細めて当夜を見つめる。そこには、当夜がこの三つを選んだ意図を推し量ろうとする意味合いがあった。


「俺にそれぞれを具体的に説明してみろ。答えてやる。」


「いえ、書物の場所を教えてくれれば自分で探しますよ。」


「良いから。言ってみろ。」


「ですから、自分で、」


「言ってみろ!」


 再び凄みを持った目を向けて言葉を荒げるフリント。ここまで胸を騒がせてこのままでは逃がさんという強い意思が込められた言葉であった。当夜は仕方ないといったあきらめた顔をして話し出す。


「言っときますけど、これは僕の憶測です。あまり本気にしないでくださいね。

 世界樹の件です。実は僕は世界樹誕生の経緯を残した遺跡を見てきたんです。そこには生贄に捧げられた巫女の悲劇と人々の負の感情がマナを介して災害として具現化する話が記されていました。同時に、一人の巫女の意思が再現されたのです。彼女は世界樹は負の感情の地殻封印システムであり、浄化機関だと言った。そして、そのシステムは人々にあふれた現代の状況を考慮していない。つまり、負の感情の浄化が間に合わないということなのです。

 ただ、僕が気になっているのはこのシステムの欠陥ではなく、このシステムが悪意を持って作られていないかどうかなのです。

 そして、次の、」


「ちょ、ちょっと待つんじゃ。内容が濃すぎる。

 死者の霊を見たということか? それに世界樹が作られた人工物だというのか? あれは精霊そのものであって、人の及ばぬ存在じゃ。じゃが、待てよ。そうか、あの本じゃ。ちょっと待っておれ!」


 老人は受付台を老人とは思えないほどに素早く抜け出すと書棚に駆け寄り一冊の本を抜き出す。やがて、書棚の前のテーブルに腰かけると当夜を手招きする。


「おじいさん、突然どうしたんですか?」


「フリントじゃ。それよりこれを見ろ。ここじゃ、ここ。」


 フリントが指さす先を読むと古代の生贄の儀式について書かれたものである。そこには災害を治めるために幼い少女たちがその命を絶ってきたことが記されていた。加えて、残された数多くの人々からその崇高な精神への賞賛と災厄を抑えることを希望に託す様子が描かれていた。


「これは?」


「これは、人類が精霊と共存するようになる以前の災厄の鎮め方が描かれている。これがのちの時代にはこう変わる。」


 フリントは本を件の頁から先に進める。

 そこには精霊に祈りを捧げて災厄を追い払う様子が描かれている。

 フリントの顔が答えを見つけたような表情を浮かべる。


「そうだ。これはこう読み取れる。生贄が精霊に変わったのだと。まさに文字通りにな。

 今までは、精霊という存在を人々が認識できなかったために生まれてしまった悲劇だと思われてきたこの考えは大きな転換を迎えるぞ。これは論文にして発表せねばならんな。

 だとすれば、世界樹が幾人もの生贄を基により多くの人々の希望が込められて作られた人工精霊というのも納得できる。同時に託された機能が負の感情の封印と浄化か。」


(そう、そこまでは僕も予想していた。問題はそこに悪意があるかどうかだ。このシステムが、負の感情のオーバーフローが意図的に汲まれていたかどうかだ。僕の予感が正しければ...。)


「ふむ。それで小僧は後者が悪意を持って付与されたと見ておるのか。

 だが、なぜだ。いや、残す二つの質問から導かれるのは...。そうか、魔族や魔人の侵攻、すなわち世界の崩壊か。これをもたらしたのが世界樹が地下に封印した人の負の感情か。

 ま、まさか、魔族や魔人も精霊と同じ存在だというのか。魔族に動物型が多いのは生贄が動物、魔人が人型なのは人が生贄だからと仮定すれば...。

 お、おい。だとすれば、ライト様が封印してくださったという世界の崩壊は何度でも起こると?」


「そう。つまり、この世界の感情を有する生き物の文明はある一定の閾値に到達すると自動的に滅ぶシステムなんだと思うんですよ。」

(だけど問題はその先、僕ら異世界人がこの文明の滅亡を防ぐことなんだ。これによって負の感情が発散されること無く蓄積していく。下手をすれば世界が文字通り崩壊する。これらのシステムが本当に悪意を持って作られたかどうか、関連性を持っているのかどうかが問題なんだ。)

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