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世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
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仲間に求められるもの

 ギルドの受付では一人の少女が喚き散らしていた。


「嘘や~。おかしいやん。ウチら間に合ってんちゃうの?」


「ええ、時間的には問題ないのですが、依頼主が突然に依頼の破棄を宣言したのです。どうやら、あれだけの薬草をどこかから確保したようなのです。実際にこの目で確認させていただきましたが、鮮度から本日内に採取されたものと判断されました。」


 最初に対応していた幼い少女は、ベテランであるハームルに庇われるように後ろに下がる。クレーマー冒険者への対応の一つだ。

 当夜も自身のパーティの名が落ちていく気配に慌ててレムを抑えに行く。


「レ、レム! 君がここでどんなに粘っても結果は変わらないよ。ほら、行くよ。」


「い、嫌や。もうくたびれ儲けは嫌やねん。ウチの報酬を返してぇな!」


 もはやこれ以上はと、ライナーに目線を送る。ライナーは小さく頷くと当夜と共にレムを引きずりながら回収する。



「トーヤは悔しゅうないの?」


「まぁ、悔しいな。だが、ライナーから事前に情報は受けていたからな。」


「なんやそれ、ウチ、聞いてないで!」


 レムは当夜の胸ぐらを掴みながら前後に揺さぶる。その手をライナーが掴むと彼女の手は一切動かなくなる。その代りに足をばたつかせてライナーのすねを蹴り飛ばすが、ライナーは全く痛そうにしない。そして、落ち着いた声でレムを諌める。


「レム、君は俺の話を一切聞くこと無く勝手に依頼を受けてしまった。パーティである以上独断専行はもっとも恥ずべき行為だ。できる女は男どもの馬鹿を冷静に諌めるくらいでないとな。お前にはその素質がある。焦るな。

 だが、もう一つ。パーティは仲間だ。助け合うのも一つの楽しみだ。俺たちの話を聞いてなかったことには苦言を呈したが、依頼を受けたこと自体は責めてはいないぞ。」


「うう。そうね、そうやな。ウチ焦りすぎとった。ありがとな、ライナー。

 ...でも、もう時間がない。」


 レムはライナーに尊敬のまなざしを送ったが、下を向き消え入りそうな声でつぶやき、その場で泣き出してしまう。


「レ、レム? いったいどうしたの? 時間が無いってどういうことなの?」


 アリスネルがレムの背中を優しくさすりながらその理由を尋ねる。


「私たちの家が、お父さんとの思い出の地が、売り払われてちゃう。今日がその期限なの。

 お店も取られて、今度はお家が...。」


 再びレムが泣き始める。ライナーが渋い顔をしながら思いにふけっている。


(ここで俺が手を差し伸べるのは簡単だ。だが、果たして彼女と同じような苦しみを抱える者たちに平等に手を差し伸べることができるだろうか。)


 ライナーが答えを導くよりも先に当夜が声をかける。


「なぁ、レム。その金額ってどれくらいだ?」


「ぐずっ。金貨2枚や。お母さんと一緒に集めた金額でもまだ大銀貨2枚ほどや。全然足りへん! あの金塊と銀塊があればなぁ。アハハハ...。」


 レムは乾いた笑い声を上げるが、見ているこちらまで悔しさを感じられるほど悲痛な表情であった。その手からはあまりに強く握り過ぎたせいか血が流れている。アリスネルが慌てて治癒魔法を使う。ライナーが厳しくも決意を固めた顔つきになったと同時だった。当夜が安堵のため息をつきながら解決策を示す。


「ふ~。ちょうど良かったよ。食事会の時に渡しそびれていた分け前があるんだ。ほら、例の鉱石採取で砂金を3人で集めまくっただろ? そのレムの取り分が金貨2枚だ。頑張ったからな。早くそういうことは言ってくれよ。危ない、危ない。」


 当夜が金貨2枚をレムの手に握らせる。1枚は確かにレムのものであるがもう一枚は当夜のものである。アリスネルはそのことを口からこぼしそうになったがそっと飲み込む。レムが呆然と手元の金貨を見つめる。この2枚で思い出を手放さないで済む。だが、それは明らかに自身の働きには過分なものであることが経験の浅いレムとはいえどわかる。何しろこの日まで血のにじむ思いで稼いできた金額を遥かに上回るものである。


「ウチにこれを受け取る資格はあらへんよ。」


 そういうとレムは金貨を2枚とも当夜に返そうとする。


「なぁ、レム? さっきライナーが良いこと言ったよな。お前も納得したはずだよ。助け合うのも楽しみの一つさ。いつか返してくれよ。」


「こいつは一本取られたな。俺の美談がトーヤに盗まれちまったか。」

(今回はトーヤに助けられたが、規模は違えどいつか似たような決断を求められる時が来るかもしれないな。)


「せやけど...。」


 未だ、金貨を見つめてしゃがみ込んだままのレムにはもうひと押しが必要なようである。おそらく彼女の心情ならばその金貨を握りしめてこの場を駆け去り、家に戻りたいはずだ。そのようにさせないのは彼女の良心とライナーの言葉に気づかさせられた利己的な自らの行いを顧みているからだろう。


「ならば、行動で一生懸命にトーヤに返せばいい。お前がここで受け取らなければ悲劇が生まれ、トーヤとて悲しい思いをするだろう。当然、俺もアリスもだ。仲間だからな。

 ほら、早くお母さんを安心させてやれ。たぶん、お前と同じくらい苦しんでいるぞ。」


「う゛う゛。ライナー、ずるいよ。お母さんを出すなんて。トーヤもありがとう。アリス姐にも心配かけたね。ちょっと行ってきます。必ずお礼はするから。なんなら体でも良いんよ?」


「おい!」

「ト~ヤ! 最低です!」


「今のは僕は悪くないだろ! 冤罪だ!」


 レムは振り返ると悪びれたように舌を小さく出し、母の待つ家を目指して駆け出す。


「良い仲間だ。トーヤ、俺は彼女の様子を見守る。あれだけの大金を持っているからな。心配だ。二人は母親の様子を確認してきてくれ。出来れば保護もしてほしい。」

(そもそも家1軒にそんな大金を吹っかける話に疑問を感じる。悪い予感がする。)


 ライナーの心配は返済のためにお金を最も集めた段階で略奪をしたうえでその建物も売り払うという過去の似たような事件を友人の騎士伝手に聞いていたからである。


 ライナーがレムの姿を捉えると同時に、背後に5人もの街中にあっては不自然な格好をする男たちの姿を認めることになる。向かいからは品のよさそうな商人が近づき、笑顔でレムに声をかける。どうやらこの人物が彼女たちの思い出の地の権利を預かる者のようだ。ここでお金を渡してすべてのことが片付けばいいが、どうやら雲行きは怪しい。商人がレムを裏通りに誘う。それを追うように男たちも入っていく。その手に鋭利に輝くものをちらつかせながら。


(ちっ! 嫌な予感は当りか! 急がねば!)


 ライナーが森で鈍重に動いていた時とは比べ物にならない速さで路地に突入する。


「あんたら何や!? ウチは今忙しいんや。」


「へへ。まぁ、そういうなよ。今日は懐が温かくてしょうがないだろ。ちょっと涼しくしてやろうって思ってな。ちょいと大人しくしてろよ。」


「はっ、馬鹿や無いの。ここは裏通りって言っても大声出せば人が集まるで。それよりツボルグのあんちゃん、ここは任せて助け呼んできて、?」


 ツボルグと呼ばれた商人の手から長い針が伸び、レムの脇腹を刺す。


「あ、ぐっ! —————!」

(声が出ない! 体もしびれて。 そ、それはウチの、みんなの金貨や返せ!)


「おいおい、見ろよ。金貨持ってやがる。ほんとにあんなぼろ家の権利を買い取る気だったみたいだぜ。」


「まぁ、そう見込んであんな高値を吹っかけたのだからな。いや~、思い出の価値は高いよな。まして今は亡き父親、夫の思い出はなぁ。」


「なぁ、こいつどうするんだ?」


「容姿は中の上ってところか。娼館なら初物でちょっとは高く売れるか。その辺を確かめたら薬で思考を奪っておけ。」


 レムは涙を流す。彼女は騙されていたことへの憎しみを抱きながら自身の情けなさを悔いる。そこには自身の未来を悲観するよりも彼女を仲間と認めてくれた当夜達への謝意の気持ちで満ちていた。


(ウチ、間抜け過ぎや。みんなの想いの篭もった金貨をこんな形で奪われるなんて。みんな、ごめんなさい。)


 身動きの取れないレムの体を男たちが物色しようと近づいたとき、屈強な男が二人を勢いのままに吹き飛ばす。一瞬の出来事の中で飛ばされた二人は意識を失っている。さらに男は手に持つラージシールドの先端で隣の暴漢を突き飛ばす。鈍い骨の砕ける音と共に2mを超える大男が宙を舞う。ようやく、ナイフを手に乱入者に飛びかかる二人であったが、ライナーの盾はあっさりとその攻撃をはじくと怒気をはらんだ盾の突きを繰り出す。空気の塊とも気迫の塊とも言える何かに二人は毬の如く吹き飛ばされていく。

 レムはそこまで目に止めると安心してか麻痺薬のせいか意識を失う。

 前に突き出された盾がゆっくりと下げられる。その陰から現れる目は虎の如く鋭く目の前の獲物の血を欲している。商人は瞬時にして自身の命の火が消えたのを悟った。

 ライナーが片手を上げる。次々と騎士が現れて倒れる暴漢と商人を連れていく。商人はふとライナーと目線が合う。そこには虎などと表現したことすら生易しいと思わせるほどに寒々しいものが漂っていた。

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