二人だけの別れ
まったく、この得体のしれない遠慮深い少年は気を失っていたにもかかわらず休もうとしない。ひょっとしたら、私が奴隷として売り渡そうとするような醜悪な存在に見えたのだろうか。だとしたらまったく以て心外だ。
とりあえず何を焦っているのか尋ねることにした。
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この少年は何と言った。ライトからの預かりものを持っていると言っているようだが、いったい何を持っているというのか。そんな疑問がエレールの脳裏を駆け巡っているとは露知らず、少年は身をよじると手荷物を探しているようだ。危険なものを持っていては困るので一応持ち物を取り上げてあるのだが、また詳しい検分は進めていない。本来なら安全確認してから返すべきなのだろうが、ライトからのプレゼントと聞いて後先考えずに手渡してしまった。このままでは愚かさを晒してしまうだけなので嘘でも検分済みであることを言い張る。顔に出ているのではないかと冷や冷やするも少年は一切気に留める様子もなく受け取る。おそらく本当に危害を及ぼすようなものは無かったのだろう。
彼が差し出した物はトレメアの花模様の銀細工とその上に輝く楕円形の蒼い宝石をあしらった一つのブローチであった。そのままこちらに押し出すと確認を求められた。
「これをライトが私に?」
裏面を読むように促されると、そこには、【最愛のエレールへ 再会を願って】と彫られていた。思わず親愛のポーズをとってしまう。すると少年の姿はなく白亜の空間に私はいた。
「少年?」
「第一声が俺の名では無いのは悲しいな。
ともかく、再会できてうれしいよ、エレール。
しかし悲しいかな、あまり感動に浸れるほど時間は残っていないんだ。よく聞いてくれ。俺はおそらく二度と君のいる世界には戻れない。これは確定だ。
そして、君たちと世界の崩壊を止めたことになっているが、やはり【一時的に】を付けなければならない。つまり、1600年後くらいには奴が再び侵攻し、崩壊が再開する。その前に封印を完成させるか、あるいはその時が来てしまったなら俺のような存在が必要となる。そして、その存在はあの青年、当夜君ではない。俺たちの施した封印は結構もつ筈だからな。彼は崩壊が始まるときにはいないかもしれない。だが、その時の次代の英雄への繋ぎとして必要な存在だ。だから、俺は彼を送る。
君にはつらいかもしれないが、俺たちが守ってきたあの家を彼に譲ってやってほしい。まぁ、管理者は必要だろうから10年分くらい都合してやってほしい。もちろん、君自身に、ではない。俺も君を誰にも取られたくないんでね。何より君には故郷へ顔を見せに戻ってほしいと思っている。お願いできるかな。」
声のする方に振り返った私の目に愛する人の姿が浮かぶ。一方的にしゃべるのは今に始まったことでは無い。多くの人は彼のその癖を好きでないと言うが私にとってはそれほど悪いものじゃない。
「まったく、貴方はいつも、いつも、自分勝手なのだから。もう私も残された時間はわずかですよ。あの家も空けざるを得なかったのだし、丁度良かったのよ。トーヤ君ですね。彼のことは任せて頂戴。」
「...」
私の言葉に何を思っているのか、ライトはしばし無言のままでいた。決して死しても手放す気など無かったが、あらぬ意図を勘ぐられたのではと怖くなった私は思わず彼の名前を呼ぶ。
「———ライト?」
「あぁ、感慨深くてね。君ならそう言ってくれる信じていた。あとあいつにはちょっとしたいたずらをしてやろう。そうだな、旅をするにも足腰は丈夫じゃないとな。
―――君のその姿は今でも焼き付いている。」
ライトはいたずらっ子の彼らしい笑みを浮かべて鏡を浮かべると私に向けてきた。そこには全盛期の私の姿があった。
「えっ!? まったくあなたは出鱈目ね。あいかわらず。」
「あいつ、俺の奥さんだと知ったら悔しがるだろうな。」
結局、当夜の中では義母と養子の関係で終わるのだが。そんなことになろうとはさすがの英雄も知る由もない。少なくともこの時、この世界の英雄は勝ち誇った上に悪戯を成功させた悪ガキのような顔をしていた。
「フフッ」
「おっと、その力は1日も持たない。日没までには故郷に戻れよ。
さーてと、そろそろ行くよ。君の笑顔が見られて良かった。
決して君を忘れない。だから俺のことも忘れないでくれ。愛しのエレール。」
そう言うと気障で勝手気ままな私の主は姿を消した。
「当然よ。ねぇ、ライト、隠し事をしているあなたは左眼が揺れるって癖に気づいていた?」
そう、笑顔が見られて良かったといったその時、まさにライトの左眼が揺れたのを見逃さなかった。彼は嘘を隠している。実際に私の笑顔を見ていない、つまりは戦時中に彼が生み出した幻影魔法であることを。私は皮肉なことに400年もの長いつきあいの中でその癖に気づいてしまったのである。だからといって悲しむことはない。なにしろそれ以外の言葉に隠し事は無いのだから。
「...。それでも君を感じている。愛している。今でもその笑顔に見惚れている。」
現実に戻される直前、姿の無い最愛の夫の声が聞こえた気がした。




