表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を渡る石  作者: 非常口
第3章 渡界3週目
108/325

食事会へのお誘い

「もう、ライラさん。今日は折角トーヤと買い物に出る予定だったのに。台無しですよ。どうしてくれるのですか。」


 アリスネルがしょぼくれるライラに追い打ちをかける。


「だって、アリスばかりずるいじゃない。そりゃー、発案したのは私だけど、あんなに気持ちよさそうなんだもん。私だって...。」


 二人の間に沈黙が流れる。アリスネルとてライラの立場だったら同じように頼むかそれ以上に嫉妬の色に塗りつぶされて醜い姿をさらしたかもしれない。一方のライラも知らされてなかったとはいえ、アリスネルの貴重なデートの時間を不意にしてしまった恐れに顔をゆがめる。



「トーヤ! トーヤはん! トーヤ様!」


 当夜が部屋に引きこもって程無くして、沈黙の訪れた『渡り鳥の拠り所』に一人の少女の泣き叫ぶ声が一度は沈静化した混沌の火を早くも再燃させる。


「な、何だ?」


 さすがの当夜も部屋から出てくると玄関に悲愴な顔を浮かべたレムの姿があった。レムは当夜の姿を認めると猛烈なタックルを以て朝の挨拶を向けてきた。階段という障害を物ともしない威圧に思わず当夜はのけぞる。そのままに飛びつくレムによって部屋の中に倒れこむように押し倒される。そして、仰向けで倒れる当夜の上で泣きわめく少女の図が完成である。普段ならここでアリスネルの目が鋭く光り当夜ののど元に見えない刃が当てられるのだが、今回はレムの行動をむしろ賞賛しているかのようにこちらを嬉しそうに見つめている。


「ど、どうしたんだ?」


「ウ、ウチの銀塊と金塊が、」


「銀塊と金塊が?」


「無くなってしもうたんや~。」


「この間の鉱石採取の時か。ん? 金塊? 銀塊はわかるけど金塊なんて有ったかな?」


 当夜がアリスネルに目線を合わせて尋ねる。


「う~ん。銀塊は確かに見たけど...。そう言えば、レムは何であの時気絶しちゃったの?」


「ウチが気絶? んー? はっ、そうや、金塊見つけてその後記憶が無いんや。」


 当夜が顎下に手を当てて事態を推測する。


「つまり、レムは金塊を発見して、その衝撃に気を失ったと。それから勢いそのままに後ろの岩に頭をぶつけて、完全にダウン。手にしていた金塊を落として、懐にしまっていた銀塊も落っこちたと。そういうこと?」


「い、言うなー。」


 レムが茹で蟹のようになりながら涙目で当夜の胸を両手で交互に叩く。だが、ハタと止めると顔を当夜の顔に近づけて懇願する。


「そやっ! 過去のことはどうでもええねん。トーヤ、今から鉱山に向かうで。早よ支度しい!」


 よく見れば背中には篩やらスコップやらを抱えていつでも採集に向かえる状況だ。まさにゴールドラッシュに沸いたカリフォルニアの人々の姿のようだ。当夜はレムの近すぎる顔を押しのけると頬を掻きながら事実を伝える。


「レム、悪いね。僕には力になれそうにないよ。だって、鉱山への入山許可期限が昨日切れたからね。今は入ることができないんだよ。」


「そ、そんな...。嘘やと言って~な。嘘なんやろ? ...ウチ、ウチのアホ、ドジ、間抜け。どうしてこんなことに...。」


 レムは呆然自失といった面持ちで天を仰ぐ。最後には勉強中の訛りすら消えてしまう始末。そこへアリスネルの何気ない一言が追い打ちをかける。


「そっか。欲っておっかないね。あんな純粋な少女をこんなにまで醜い姿に変えてしまうなんて。悲劇ね。失ったものは還らない、か。」


 その最後の一言にレムはキュ~と目を回して再び倒れこみ、左手で懐をまさぐり右手で何かを掴む恰好でうわ言のように‘金塊、銀塊’と呻くのであった。そんなレムの看護をライラにお願いすると、ライラは逆に頼みごとをしてくる。


「レムちゃんのことは私に任せて頂戴。その代り、彼女のお母さんに事態の説明とお使いをお願いしたいの。今日の晩御飯の材料を買って来て頂戴。それとアリスも一緒について行って買い物を手伝ってあげなさい。いいわね?」


 ライラがアリスネルに目配せをすると、アリスネルの顔が華やぐ。ライラ公認でのデート再開への助け舟である。


「そうだね。アリスとも別の買い物もあるし、丁度いいか。じゃあ、ライラさん、レムのことよろしくお願いします。さぁ、アリスも支度してきて。僕も準備するから。」


「うん!」


 しばらくして二人は準備を整えると二人そろって家を出ていく。ライラはホッと息を吐くと朝の失態の埋め合わせができたことに安堵していた。


 かくして当夜とアリスネルはノルンの家を目指して歩いていたのだが、途中で偶然にもノルンの姿を見つけて声をかける。

 ノルンは血相をかけて飛び出していったレムを追いかけて街中を探していたのだったが、当夜の自宅を知るわけでもなくレムの行きそうな場所をしらみつぶしにあたっていたところであった。


「あっ、ノルンさん。丁度いいところに。」


「あぁ、トーヤ君? それよりレムを見なかったかしら!?」


「はぁ、やっぱり何も説明せずに飛び出してきたのか。

 ええ、彼女なら『渡り鳥の拠り所』で寝てますよ。ライラさんという管理人さんが面倒見てくれていますから安心してください。ところで『渡り鳥の拠り所』ってご存知ですか?」


「それはもちろん存じておりますとも。英雄ライト様やエレール様のい、え、...。まさか、レムは?」


「その通りです。今はそちらで休んでいます。この間の鉱山での依頼で金塊と銀塊を手に入れたようなのですが、どうやら、興奮のあまり倒れて、」


 当夜がその先のみじめな末路を言い淀んでいると、ここ数日の娘の奇行の全容を理解したノルンは続きを予想する。


「まさかその時に後頭部を岩にぶつけたと。そして、今はその落とした実在するかしないかもわからないものを求めて鉱山に? そこでライト様に助けられたのですか?」


「あ、いえ。鉱山に入る前に僕らのところに来まして、現実を知らされてそのショックのあまり寝込んでしまったみたいです。今はライトは留守にしてまして、『渡り鳥の拠り所』は僕らが管理しているところなのです。」


「はぁ~、まったくあの子は。ご迷惑ばかりかけて申し訳ありませんね。」


 ノルンは左手でおでこを支えながら溜息をつく。母親としてどこで彼女の育成を間違えたのか。やはり母親一人で家庭を支えるようになって一緒にいられる時間が少なくなったことが原因であろうかと反省してしまう。父親を失って無くした明るさを取り戻したことはうれしい限りだが、近年の彼女の行動にはどこか不安を感じる。振り返ってみればそのような奇行が現れるようになったのは、どこかの女警邏長に訓練を任せてからだ。

 そんなことをノルンが考えていたころ、紫のツインテールが大きく揺らめきアズールがくしゃみを一つ放つ。はたして一つで済んだかどうかはわからないがどうやら噂は【風の精霊】の力を通して伝わったようだ。


「いえいえ、お気になさらず。」


「そうですよ。おかげでトーヤを外に引き出せましたし、しんみりした空気を跳ね飛ばしてくれましたから。逆に感謝しているくらいですよ。」


 それまで事の成り行きを見守っていたアリスネルが茶化しながら話に加わってきたが、当夜からすれば事実とはいえ最後のとどめを刺した張本人が何を言うと心の中で笑うのだった。


「まぁ、そういうわけですからレムの様子を見てやってください。

 そういえば、レムの取り分を渡してないな。近く本人に渡してやりたいけど金額でかいしなぁ。できればノルンさんもいる前で渡したいな。

 そうだ。良ければこの間食事をいただいたお礼にノルンさんとレムを夕食にご招待しますよ。どうですか?」


「えっ? ですが、私たちがうかがってはご迷惑になるのでは?」


「いえいえ、問題ないですよ。それじゃあ、今日はみんなで楽しく食べましょう。決定!」


 当夜の力押しによって今夜の食事会の場がその瞬間に設けられるのだった。アリスネルはやれやれと軽い溜息をつき、ノルンは未だに自身らがその場に呼ばれることに戸惑いを覚えているらしかったが当夜が続けた言葉で受けざるを得ない状況に持ち込まれる。


「それじゃ、アリス、食材を多めに買って帰ろう。あっ、アズールさんは連れてこないでくださいね。なんか鬱陶しいので。」


「ハイハイ。ノルンさん、トーヤはこういう人だとあきらめて受け入れてくださいね。それでは後ほど。」


 断わりの返事を必死に考えていたノルンを置いて二人はそそくさと去っていってしまう。ノルンが気づいたときにはもう人ごみの中だ。ノルンはどうしたものかとレムのことも忘れるほどに困惑するのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ