三週目に臨む
いつの間にかまどろみの中にいた当夜はふと周囲の光景が懐かしいものに代わっていることに気づく。そこで初めて地球、本来いるべき世界に戻ったことを知る。向こうの世界にはたった2度の渡航だというのに、たったの44日の滞在だったというのにずいぶんと向こうの世界に馴染んでしまったものだと感慨深く物思いにふけっていた。前回の帰還とは精神的な余裕に雲泥の差があった。何もわからず投げ込まれた最初の渡界と慌ただしく飛び込んでいった二度目の渡界から学んだことは渡界石のチャージには3時間を要すること、そして、フルチャージでおよそ30日の滞在を可能とすることである。
さて、問題は向こうの世界で過ごす長い時間がこちらの世界にどれほど影響をもたらすのかということである。前回の帰還では30日を過ごしたにもかかわらずその経過時間はごくごくわずかであったようである。あやふやな言い方に抑えたのは前回はまさに余裕が無く不確かなままに戻ってしまったが、その時から見比べると時計の針は渡界前と大差ないようである。問題は日付だ。パソコンを立ち上げてその日付を注視する。当夜の希望的観測はどうやら容認されたようである。そこに記された日付は渡界石の光に包まれた日、ミネラルショーの開催日であった。
(どうやら、エキルシェールに行っている間はこちらの時間は流れていない、いや、戻される時空間が出発前の時空間のそれと同じであると考えるのが妥当か。)
冷静になれば夢でも見ていたのではないかという不安が鎌首を持ちあげる。だが、今の彼の服装がそれを改めて撃ち落としてくれる。彼がまとう服装は異国情緒あふれる衣裳なのである。ふと、当夜は向こうで得た石の数々をテーブルに広げてみる。そこにはいくつものトパーズ、水晶、錫石などが転がる。そんな中に見覚えのない銀色に輝く薄い板があった。それはまるで銀の大判とでもいうような外形であったが、まるで見覚えのないものであった。
(こんなものどこで手に入れたんだ? いや待てよ。銀、銀でこのサイズ、そうか、聖銀だ。あれ? これってしぼんだか? そういえば聖銀の構成は銀とマナが1対3だったか。だとすればマナが抜けたってことか。だとすれば聖銀の剣をここに出したら銀箔になっちゃうってことか。そりゃまずいな。てか聖銀、向こうに持っていけば元に戻るかな...。)
当夜の予想通り、この世界にはあり得ないマナという因子は速やかに世界に溶け出すと拡散していく道程で何らかの奇蹟や災厄となって消費される。事実、海波 光が航空事故の中で助かったのもその効果ゆえである。今回の聖銀のマナは近隣の病棟で奇蹟と悲劇を巻き起こして消えていった。それは助かりたいと強く願う者に生を与え、安らぎを求める者に死を与え、本来の彼らの寿命をいたずらに変えてしまった。もちろんそのことを当夜が知ることは無かったが、人の何気ない行動が起こす影響は当人に知らされること無く他者の運命を翻弄してしまう例の極端なものとして起こってしまったのである。
さて、そんなことになっていたとは露知らず、当夜は次回の渡界に向けた準備を始める。まずは指輪やペンダント、イヤリングの準備である。様々なルースの数々。ついで、衣類、特に下着やタオルである。そして、調味料である。アイテムボックスは展開できないが服に入っていた物は向こうに持って行けたことを考えると小物はポケットに詰め込み、渡界石には20種類、各種類10個までの制限があるため嵩張るものでセット扱いできるものとした。つまりは業務用である。そのために当夜は近所のディスカウントストア-にて大量購入をしていた。
直に三時間が経とうとする頃、おおよその準備を終えた当夜は最終確認を始めていた。そこには三つの山ができていた。
「持ち物はこれで良いかな。」
一つ目の山はとにかく場所を取っていた。
・下着5枚入り×10式
・タオル10枚入り×10式
・石鹸10入り×10式
・シャンプー&リンス×10本
・砂糖1kg×10袋
・塩1kg×10袋
・グルタミン酸1kg×10袋
・米20kg×10袋
・缶詰24缶×10箱
・チョコレート30枚入り×10箱
・コピー紙500枚入り×10束
これらは渡界石に入れるものである。20種類無いのはすでに渡界石の中にいくつかの物が入っているからである。
二つ目の山である。
・アクアマリンをあしらったシルバー925のイヤリング
・エメラルドカットのエメラルドを中央で月桂樹の枝が支えるようなデザインの金のネックレス
・アレキサンドライトの金の指輪
・ガラス細工の小物 数点
これらはポケットに入れておくもの。
三つめの山である。
・懐中電灯
・電池
・大学時代に購入したクリノメーター
・ノートと筆記用具
・皮手袋
・ルーペ
・双眼鏡
・私服
・ヘルメットとヘッドライト
・ピックハンマー
これらは大学時代の研究調査の道具である。これらはバックに収納しておく。
準備が整ったのを確認すると渡界石を顕現させる。初めて出会った時のように真紅に燃えるように輝くそれに次々と持ち込み品を詰め込んでいく。正直、これほどの出費となろうとはというのが当夜の本音である。これでは本当に向こうの金貨・銀貨をこちらの世界で売りにな出さなければならない時が訪れるのではないかと不安にもなるというものだ。
さぁ、準備は整った。アリスネルとの約束を守り、アリスの願いを叶え、【時空の精霊】の望みを達成し、そして自身の悔いを晴らすためにあの異世界に三度目の旅に出るのだった。




