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世界を渡る石  作者: 非常口
第2章 渡界2週目
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約束と帰還

 当夜とアリスネルは突如として大はしゃぎしたかと思うと足を滑らせて後頭部を岩にぶつけて気を失ったせわしない少女を抱えて教会に飛び込んだ。出迎えたシスターは彼女の容体を真剣な顔で診る。しばらくして、シスターは安堵した表情を浮かべて二人に振り返る。


「大丈夫ですよ。軽い脳震とうを起こしたのでしょう。それにこんなに幸せそうな寝顔を浮かべていますし。こちらでしばらく様子を診させてもらいます。お二人にはこの子のご家族をお呼びしていただいてもよろしいですか? それとご自宅で休める態勢を整えて来てもらいたいのです。」


「よかった~。」

「わかりました。それではレムをよろしくお願いします。」


 当夜とアリスネルはお互いに安堵し合うと教会を後にしてノルンのお店に向かう。そんな二人を見送りながら、シスターはその少女の幸せそうな寝顔と寝言を優しい眼差しで見つめなら少女の見ている夢の中身を想像しながらその髪をなでるのだった。


 場面は教会のある南西街の本通りに移る。

 当夜とアリスネルは二人横並びで赤レンガの敷かれた通りを踏みしめながらノルンの家を目指して進んでいく。アリスネルは久々の二人きりの散歩に心躍らせながらところどころ寄り道をしてのんびりと過ごしたいと考えていたのだが、本人は軽い脳震とうでそれほど深刻ではないといえども親の気持ちを考えればそうも言ってはいられない。そんなわけで二人の時間を邪魔する元凶であり、また二人きりの時間を与えてくれた幸運の女神に皮肉をぶつける。


「はぁ、まったく、レムったらいったい何があったのかしら。突然あんな奇行を取るなんて。おかげでせっかくの時間が台無しじゃない。」


「さぁね。でも、銀塊を見つけた後だし、それ以上の発見があったのかもね。あとで聞いてみようか。まぁ、依頼の方は十分に成果出ているし、あれはあれで十分じゃないかな。あんまり目立つことすると危ない奴らに目を付けられるかもしれないしね。僕らのパーティはやたら目立つ子が加わった挙句に、君みたいな可愛い子がいるからね。護る側の僕としちゃ今でも手一杯だから、あれぐらいがちょうどいいんだよ。」


 当夜が何気なく歯の浮くような台詞を続けるものだから当の本人であるアリスネルは顔を真っ赤にして下を向くと立ち止まってしまう。この男の八方美人ぶりはこれまでの付き合いの中で幾度も見てきた。そのたびに苛立ちめいたものを覚えるとともにどこか不安に思うことも少なくなかった。そして、この言葉だ。彼の言葉はお世辞半分で受け取るのが正解であるとどこかで冷静にならなければ勘違いする、それがアリスネルの導き出した結論だ。それでも、今回のような言葉に期待してしまう彼女がいるのも確かだ。隣を歩く少女の歩みが止まったことを不思議に思いながら当夜が振り向くとアリスネルは照れ隠しなのか彼の背中におでこを当てながらつぶやく。


「そう思うならこれ以上ほかの女の子に声をかけないでよ。私だけを見てほしいよ。」


 普段のアリスネルの行動とは異なる女の子らしい振る舞いに当夜は思わずドギマギしてしまう。


「ごめん。」


「う、そ! 冗談よ。本気にしちゃった? あ~あ、私も罪な女ね。大丈夫よ。トーヤは困っている女の人を放っておけない女たらしだから無理ってことぐらい理解しているもの。まぁ、それがトーヤの良いところなんだからね。せいぜい頑張ってちょうだい。」


「いやいや、僕は男女平等だよ。ただ、この世界の男性陣は僕の助けがまるっきり必要ないくらい強いんだよ。まぁ、気を付けるよ。」


 再び歩き出す二人。そこには微妙な空気が流れて沈黙が続く。だが、決して重々しい空気ではない。なぜなら二人の寄り添う距離は縮み、その手は強く握られているのだから。


 5分ほどの距離が半分ほどにも満たないような短いものに感じる。ノルンの家に向かうため大通りから外れた路地に入り込む。すると、後ろから声がかかる。


「お二人さん、こんなに明るい時間から裏地で何をおっぱじめるつもりなのかしら?」


 振り返るとそこには紫紺のツインテールを解いたロングヘアーが風にたなびかせ、私服の白いブラウスに身を包んだアズールが含み笑いを浮かべながら近づいてくる。


「アズールさん、こんにちは。いえ、ノルンさんに緊急の報を伝えなくてはならなくて。」


「へぇ、その割にずいぶんとピンクのオーラに包まれてとったみたいやけど? トーヤ、女の子をこないな時間に襲うんはマナー違反やで。風紀を守るもんとして見過ごすわけにはいかんへんな。ほら、見ててやるから続けてええよ。」


「そういう意味で路地に入ったわけではありませんよ。アズールさん、折角の美人さんが台無しですよ。」


「ほう、ウチすら口説くとは末恐ろしいガキやな。あちゃー、せやけど今の一言は無しやな~。隣見てみい。」


 ふと、隣を当夜がみるとアリスネルが頬を膨らませてご立腹である。まぁ、この雰囲気に入る前に気を付ける発言をしてこのざまである。


「いやいや、今のは皮肉ですよ。あんたもわかってて言っているだろ?」

(はぁ、後でお買い物にでも誘うとしますか。機嫌が戻るといいんだけど。)


「そうだったん? いや~、ウチの心、弄ばれてしもうた。責任とってもらわな、たまりまへんな。さぁ、ウチと一晩甘い時を過ごしてもらいましょか。」


 ウソ泣きまで始めるアズールとそれに同調するかのように泣き始めるアリスネル。だが、アリスネルはどうやら本気の涙のようだ。さすがのアズールも焦り始める。


「こらあかん。おじょーちゃん、ちと、トーヤをからかっただけやで。ほら、トーヤもフォローしい!」


「自業自得じゃん。クソババア。」


「なんやと~!」


「フフ。何か楽しそうね。トーヤ君、どうしたのかしら?」


 通りがにぎやかになっているのに気付いたノルンが家の外に顔を出す。当夜は現れた救世主に事態の収束を願って本来の目的に話題を強制転換させる。


「ノルンさん、丁度いいところに来てくれました。実はレムさんが気を失いまして。」


「え!? それでレムは無事なの!?」


「ええ。軽い脳震とうだそうで。実は、」


 当夜はレムの身に起きたことを話して伝えた。その顔は徐々に和らいでいき、最終的には笑いを抑えるまでに至っていた。


「そんなに深刻そうな顔してくるからどんな大けがを負ったのかと心配したけどその程度のことで安心したわ。だってね。そこのアズールさんに鍛えてもらっているときなんて1週間も寝込むような怪我とかしょっちゅうだったし。アズールさんには冒険者たるものこれくらいの怪我はあたりまえだと教わっていたからね。」


「いや、後頭部を打つなんて結構危険ですよ。それより、アズールさん...。」


 当夜が非難の目をアズールに向けると、彼女は空を見上げながら口笛を吹いてすまし顔である。当夜は溜息をついてノルンに家での休養体勢を整えるように伝えると、先に教会に戻る旨を伝えてアリスネルの手を引いて戻っていく。

 アリスネルは不機嫌そうについてくるが決してその手を放そうとしない。そのあたりからもまだ修復可能な領域にあるのだろうと当夜は安堵する。また、一つ溜息を打つ。


「...あんまり溜息ばかりつくと不幸がのしかかってくるわよ。そ、その、もし良ければ後で運気の上がる装飾品を見繕ってあげるけど...?」


 驚いたことに先に口を開いたのはアリスネルの方であった。当夜が必死に彼女を買い物に誘う口実を考えているところに投げ込まれる賽。


「え?」


「い、嫌なら別に...」


「ううん。ぜひお願いします。」


「じゃあ、明日一日付き合ってあげる。約束だよ。」


 年下の女の子に先に気を使われてしまったことに当夜は恥じるとともにそれを嬉しく思う感情が生まれていることに驚きを感じていた。少女にどこか故郷(ちきゅう)の妹を思う気持ちに重ねていたものと別の感情が生まれているような気がした。それでも今はその小さな火に蓋をして気づかないふりをする。

 そんな当夜の心の変化を試すかのように渡界石がその輝きを鈍くする。


 ノルンにレムが回収されていくのを見送った二人は、その足でギルドにその職員たちが目を見張るほどの報告を行い、金貨3枚と数多くの銀貨、銅貨を受け取ったのであった。当夜は素材取引所が色めき出す様子に焦りを覚えながら、換金された結果に冷や汗を流すことになった。どうにか口止めをお願いすると、優秀な冒険者を失わないためにも個人情報は流さないのがギルドの鉄則であることを告げられてようやく安心するのだった。


 その夜、ついにその時が訪れる。食後にのんびりしていた当夜の目の前に酸化してしまったマンガン鉱物のように真っ黒にくすんだ渡界石が出現して当夜を地球へと返還したのだった。

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