右手の金塊、懐の銀塊
「なんか期待してたんと違うんやけど~。」
「ほら、無駄口を叩かない。もっと、そっちの川底にくぼみがあるような場所を入念に探して。」
ただいまレムと当夜は泥水の中で下半身を沈めてひたすらざる攫いしている。そんな二人の戦果は目下アリスネルによる最終選別の篩にかけられている。そんなアリスネルは湧き水の溢れる小さな小川にしゃがみこんで泥まみれの石を洗いながら色分けしている。そこにあるのは真っ黒なものから白く濁ったものまで色域・大小さまざまな水晶、錫石、白濁した長石、無色透明がほとんどの中で一部に薄い青や黄色のトパーズ、そして本日の依頼の品である赤鉄鉱の塊である。赤鉄鉱は名前に反して鋼灰色の結晶構造を持ち鏡鉄鉱などと呼ばれることもあるが、ここで取れるものは名前の通り真っ赤な塊状で如何にも鉄さびといったところだ。
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時はレムにとって初めての冒険者活動となったこの苦行の前日に遡る。
当夜とアリスネル、レムはパーティ結成の翌日からギルドの掲示板とにらめっこしていたが、当夜が目的の依頼を見つけると二人に提案を投げかける。
「さて、二人とも。最高に稼ぎ易い依頼を見つけた。まさに狙っていた物だよ。ほら。」
当夜が二人に見せてきた依頼は次の通りである。
依頼番号:509黒23水5号
依頼者:中央ギルド
報酬:鉱石の買取りのみ
期限:509年 黒の月 26の日 光の鐘 までに依頼書と採掘品を素材取引所に提示すること
内容:街の再建用の資材が不足している。ついては金属素材や木材を通常価格より割高に取り扱う。国有林内の採掘・伐採許可は登録証にて代替する。悪用無きよう注意されたい。
「採掘ね。だけど、私たちの中にそれほどの剛の者はいないんじゃないかしら?」
アリスネルは全員を見渡すと肩をすくめながら疑問の声を上げる。
そこに割り込むのはレムである。自らの肉体美を見せつけたいだけなのか、腹筋を見せたり腕をめくって上腕二頭筋を見せたりしている。少女とは言え、この世界では結婚適齢期の直前の身である。その曲線美が男どもの視線を否が応でも集めてしまう。
「任せとき、ウチなぁ、結構体力と腕力あるんやんで。なっ、なっ?」
「わかったからもう仕舞えって。さっきからあっちのテーブルに座る男たちの視線が危ないから。とにかく、明日から作業に入るから準備しておかないと。」
当夜は男たちの舌打ちを遠くに聞きながらレムの服を戻して準備の提案をすると、アリスネルから再び疑問の声が上がる。
「てっきりトーヤのことだから今すぐ行くのかと思ったわ。まともな発言にちょっとびっくり。」
「まぁ、僕だって突撃だけが能じゃないってことだよ。それはそうと二人にはこれらを買ってきてほしいんだよ。」
当夜が二人に提示したものは篩の大中小、木製の大皿、土砂を掘る物(スコップの絵付き)だけである。二人は採掘に向かうにも関わらずあまりに簡易な道具であることに疑問を覚えて当夜に問いただそうとしたが、当夜自身が手続きにすぐに向かってしまったことと何より大銀貨1枚を握らされて余ったら必要なものを買ってきていいという魅惑的な一声に押されてしまったために流されてしまった。まぁ、当夜のいう必要なものとはレムの冒険者としての必要なものというところであったのだが、『渡り鳥の拠り所』に戻ってきた二人の手には目的の物以外に武骨なピッケルとハンマー、それらとは対極的な可愛らしい衣服の山が抱えられていたのだった。
彼女らが買い物にいそしむ一方で当夜は受付で登録を済ませると、大まかな等高線の入った王国所有の鉱山の地図を買取り、単身鉱山の下見に向かうのであった。彼の手にはピッケルもハンマーも無い。持っているのは雑貨屋で購入した鉛筆と方位磁針、メモリを振った円板をはめ込み水を半分ほど入れた立方体のガラス箱である。そう、当夜はそれらを使って地質図を作ろうというのだ。もちろん、精度は恐ろしく低いだろうが、この世界では誰も考えていない手法である。当夜は鉱山の中に入ると魔法による光球を発動させてその地層の様子から地質構造、岩体の質などを調査して回る。その後、沢沿いに歩き回り、露頭を探しては計測の連続である。
その日の夕暮、当夜がへとへとになって帰宅すると、そこには女三人によるドレスショーが開催されていた。どうやら当夜の与えた大銀貨のほとんどは女性用衣類に費やされたようだった。
そんな精神的な追い打ちにもめげずに当夜はひたすらに緻密な計算と製図による地質図作製作業を行う。時折、アリスネルがハーブティーを差し入れてくれなければとっくに挫折していただろう。夜も深まったころ完成したその地質図が当夜にいくつかの目的地を指し示している。当夜はその一つに指を当てながらその場で眠りについたのだった。
これが冒頭の前日に起こった顛末である。
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現在、三人が作業している場所こそ、当夜が眠りに落ちる前に指さした場所なのである。アリスネルはその苦労を知っているがために訳も聞かずに自身の相方を信じてその作業に精を出す。一方のレムは、当夜が止めるのも聞かずにピッケルにハンマーを担いで来たために不満そうに作業をしながら当夜に説明を求める。最初のうちは当夜が事細かに地質学の観点から本日の作業の意義を語っていたのだが、彼女にはあまりにも難しすぎたためか、途中で考えることを放棄して無我の境地の獲得に挑むようになった。
そんな三人の無言の作業に変化が現れたのは半鐘ほど作業したころであろうか。突然、レムが大声を上げる。その手に輝いていたのは銀色に輝く一握りほどもある銀塊であった。その重厚な感触にレムは思わず目をドルマークに変えて頬ずりする。これにより俄然やる気になったレムはそこから持ち前の筋力を如何なく発揮し始める。彼女の周囲の岸に次々と土砂の山が築かれる。それに並行するように鉱石の量も増えていく。
「アリス、そっちはどうだい?」
「そうね。結構な量になったわ。でも、堅水晶が多いからあまり結果は良くないかな。でも、銀塊一つで今日の取り分としては大きくお釣りが来るくらいじゃないかしら。」
「そっか。わかった。次の場所に移ろう。アイテムボックスに収納するよ。レムも良いかい?」
「え? 駄目よ。この銀塊は私が、っと、ウチが見つけたもんやで。渡さへんよ。」
「違う、違う。それはレムの初の獲物だから取り上げるつもりは無いよ。大事にしな。それより次の場所に移るから上がって。次の場所はもっといいのが出るかもよ。だけど、レム、銀塊は僕のアイテムボックスに入れておいた方が安心だと思うけど。」
「かまわへん、これはウチが大事に持っとく。誰にも渡さへんで。」
当夜の提案に自身の手に握られた銀塊とそれが見つかった川底を交互に見る少女。その姿を笑いながら当夜はアリスネルの前にまとめられた採取品をアイテムボックスに収納する。そんな当夜の姿に頬をリスのように膨らませながらも嬉しそうに銀塊を懐にしまい込むレムであった。
渋々小川から上がったレムを引き連れて次のポイントに向かう。同じような沢であるものの先ほどの地点よりも水の流れが速く、流れの緩い岸際には石英の細かな粒が堆積していた。当夜はおもむろに川底の土砂を掬うと大皿の上に取り、川の流れを利用して軽いものを押し流させる。すると徐々に少なくなり残された砂の色が黒くなり始めるころ、それはついに姿を現す。米粒ほどの黄金の粒である。当夜がそれを手に取りコロコロと転がす。粒の大きさに似つかない重さが伝わる。まさに砂金である。その眩い輝きにレムの唾をのみ込む音が響く。
「うわぁ~、金、や。金。それって金やないの!
わ、ウチもやる!」
レムが慌ただしく川底をさらい始めるとアリスネルがおかしそうに笑い始める。
「どうかしたの?」
「ううん。何か、レムって本当に欲望に真っ直ぐな子だなって。」
その日、三人で180ccの計量カップ一杯分の砂金を収集して帰還する。それもまだ日が高いうちにである。これには一人の少女の悲しい物語が関わってくる。事の発端はほんの少し前のこと。それは少女の足元に金色の輝きそのものとして現れた。彼女がその輝きに惹かれて手に取ると、それは先に入手した銀塊にも引けを取らない大きさの金塊であった。あまりの衝撃に浮かれに浮かれた少女は足元を滑らせ、後ろに鎮座していた岩に後頭部をぶつけて気絶してしまう。慌てた当夜とアリスネルは彼女を教会に連れていくために街に引き返したというわけだ。その時にレムはその金塊と銀塊の両方を落としてしまったのだ。その上に気を取り戻したその時にはすでに気を失ってから二日が過ぎており、冒険者の登録証で入山できる期間が終わっていたのだ。そうとは知らずに目覚めた勢いで件の沢に突撃しようとするレムを止めた当夜からその事実を知った時の彼女の落胆ぶりは凄まじいの一言だった。
のちにこの逸話は人々の間で『右手の金塊、懐の銀塊』という言葉と共に‘大事を成した後に足元を掬われないように気を付けなければならない’という教訓として語り継がれることになる。




