レムの旅立ち2
当夜はノルンの家に再び戻ると早速説得を始めようとしたのだが、なぜか一緒についてきたアズールが行うこととなった。まぁ、エキルシェールの一般的な目で見れば当夜はまだ15歳程度の若輩者であり、一人娘を冒険者として仕立てていく先達あるいは仲間としては到底心もとないように映る。そこで武に秀でた彼女の出番である。そのためにわざわざ推薦状を貰いに行ったのだが、本人が直接話してくれるならそれに越したことは無い。
(それにしてもそんなに信用ないかな。それはそれで凹むな。)
二人の話し合いが終わるまでにレムの意思も確認する。
「レムはアズールさんに鍛えられてだいぶ強くなっているんだよね?もし良ければ僕たちとパーティ組んで冒険者をやって見ない? ちょっとは稼げると思うしね。」
レムは落ち着きなくその場でピョンピョンと跳ね回っていたが、当夜の言葉に目を輝かせて振り向く。
「え!? 私、もといもとい、ウチ、冒険者デビューするん?」
「まぁ、君のお母さんが許可出してくれればだけどね。だけど、結構危険な仕事だよ? それでもやるの?」
「もっちろんや! ウチ、このすばしっこさやん。これを活かして稼ぐには、っていつも考えとったんや。そんななかでもともとは騎士になりたかったんけど、ウチの家は格式が足りないねん。せやけど冒険者ならいけるやん。トーヤ、ウチ、どこまでもついていくで~。」
レムは普段から眩しいほどの笑顔にさらに輪をかけて華やいでみせる。そして、その顔を当夜の顔の目と鼻の先にまで近づけてくる。少女の温かみがお互いの間にあるわずかな空気の層を温めてそのぬくもりを伝えてくる。
「わかったから、そんなに近づかなくても気持ちは伝わったよ。」
当夜が少女の肩を掴んで引き離すと、レムは気持ちの悪い笑みを浮かべて当夜の腕をひじで突く。
「おやおや~。トーヤ、照れとる~? 美人なウチはなんて罪な女なんや~。」
当夜はふと思う。果たして、自分はこの少女の容姿に見惚れたのか、あるいはこの少女に萌える要素を見出したのか。その答えはどうやら顔に一番に表れたらしい。当の対象者が一番に気づいたようだ。
「何やその顔、馬鹿にしとんのかい!?」
「ん? 顔に出てしまったのか。まぁ、人の趣味も十人十色だしな。」
レムの容姿が決して優れていないわけではない。当夜がこれまでにあってきた人物たちがハイレベルすぎたのだ。だが、レムからすればそうも言ってはいられない。なにせ、この辺の男どもからはその整った容姿と早熟な彼女の肉体に賞賛の視線と声が惜しまれること無く注がれてきたのだから、彼女の女としてのプライドが黙らせていない。
「な、何を~! ウチの魅力に気づかないとはトーヤの目は節穴かい!? ほれ、見てみい、ほれ、ほれ。」
レムは自らの肉体の曲線美を見せつけるポージングを取り始めるが、当夜が見ているのはそこではなく、冒険者パーティにおけるポジショニングである。どうみても壁役にはならない彼女の立ち位置は遊撃であろう。ともすれば、現状のパーティメンバーは遊撃手二人に魔法使い一人である。ワゾルとヘレナはあくまでゲストなのだ。壁役と回復役がほしいところである。まぁ、当面の間は討伐で無く、採集に徹する予定なので急ぐ必要はなかろう。
当夜が長考に入っている間にもレムの一人相撲は続いている。そこに帰ってきた大人二人の女性陣が見た光景はこれから始まる門出に不安を抱くものであった。
「トーヤ、アズール様からお話は聞きました。大っ変、不安ですが、レムをよろしくお願いします。その子、無茶をする傾向がありますからよく見張っておいてください。」
ノルンは隣で頭にたんこぶを作る少女の頭を下げさせて、自身も自らより年下の相手にその上半身を折る。おそらく、母親であるノルンはレムがそのうち勝手に一人で街の外に出ていくことを懸念していたのだろう。それならばアズールも認める当夜に任せてみようとプライドを捨てて頼んでいるのだ。当のレムは自身の奇行を諌めた母親と彼女の魅力にまったく関心を抱かなかった当夜に不満があるようでむくれている。
「ほら、レム。あなたもちゃんとお願いしなさい。」
「む~。トーヤ、ウチはあんたを必ずこの溢れ出す魅力の虜にしたるよって覚悟しておき。」
「違うでしょ。」
ノルンがレムの頭を小突くと渋々小声でお願いする。
「...私をトーヤのパーティに入れてください。」
「こちらこそ、頼りにしているよ。レム、僕らのパーティにようこそ!」
レムは先ほどまでの不機嫌さをどこかに飛ばして満面の笑みを浮かべたが、すぐさま疑問の声を上げる。
「ん? 僕らってトーヤのほかにも誰かおるん?」
「そうだよ。アリスっていう魔法使いがね。たぶん、レムは遊撃手になるんじゃないかな。」
「ほ~。ウチの魅力に反応しないほどその子は可愛いんかい? ふっふっふっ、敵は強いほど燃えるちゅーもんや。」
「まぁ、あんまり煽んないでくれよ。」
当夜はこれから始まるドタバタ劇を予想して頭を掻く。自ら蒔いた種であるが、果たして何が芽吹き、何を咲かせ、何が実るのやら不安になってくる当夜であった。
何はともかく、冒険者登録が決定したレムは、アズールにギルドへと連れていかれ、冒険者登録を行った。通常15歳から可能となるそれであるが、今回はアズールの推薦状と冒険者である当夜たちの庇護の元に特別に登録が容認された。これにより当夜達は第9級以下の依頼のみしか受けられなくなるが、レムが15歳になった暁には本来のパーティ水準の依頼を受けられるようになる。レムはあと3か月で15歳になるのでそれほど遠い未来では無い。そして、アズールがこうもあっさりレムを当夜のパーティに入れることを承諾した背景にもつながる。それは、当夜に感じた異様さである経験の不足を補う機会を作るためでもあった。
二人はレムの冒険者登録と彼女のパーティ加入を終えたところで、もう一人のパーティメンバーに報告をするため『渡り鳥の拠り所』に戻っていた。すでに当夜はアリスネルの睨み付ける攻撃を受けてひるんだ後である。その後、アリスネルは悲しそうな顔を作ると無言でライラの下に走り去っていく。程無くして、ライラの後ろに隠れるように戻ってきたアリスネルは当夜達からこの事態に至った経緯を聞くこととなった。
「う~ん。事情はわかったし、トーヤ君の思惑もわかったわ。でもね、トーヤ君、一つ苦言を呈するわね。そういうことは同じパーティメンバーでもあるアリスにもきちんと相談すべきよ。」
ライラは当夜の気持ちとレムの事情をすべて汲んだうえでそれでも苦言を呈する。そこには当夜やアリスネルだけでないレムを含めた三人の未来を案ずる母性に富んだ眼差しが向けられていた。当夜は自身の軽率な行動を反省し、アリスネルに謝意を伝えると同時にライラに感謝の意を伝える。
「ライラさん、ごめんなさい、それと気づかせていただきありがとうございます。それとアリス、相談も無く勝手に行動したこと、本当に申し訳ない。今更だけど許してもらえないかな。」
「もう、別に良いわよ。何か話を聞けば必要なことみたいだしね。よろしくね。レムさん?」
そこまで自身のせいで重々しくなる事態を見守りながら神妙にしていたレムがようやく口を開く。そこにはこれまでのような明るさが戻っていた。
「よろしゅうな、アリス姐さん。これはトーヤが全然ウチの色気に惑わされないわけや。これだけの別嬪さんを相方に持てばただの上玉じゃ満足しないわけや。」
「なっ!? 別嬪って。そんなこと...。
トーヤ。レムちゃんは良い子よ。まちがいないわ。パーティメンバーに入ってもらうことにいささかも問題ないわ!」
(この人チョレ~。)
(アリス、君って奴はチョロインさん確定だな。)
(アリスちゃん、持ち上げられただけってわかっているのかしら。わかっていないわね。大丈夫かな~。)
こうして当夜のパーティにまた一人仲間が加わったのである。だが、彼女はまだ知らない。この後受ける依頼によって黙々と沢漁りをすることになるとは、彼女の冒険者の常識が当夜の非常識によって壊されていくのであるが、それは次の話で語るとしよう。




