レムの旅立ち1
「レムは体を鍛えているらしいけど本当? 女の子ならもっと別の方法があるような気がするけど。」
当夜は紫のツインテールを振り乱しながら訳も無くその場で回っている落ち着きのない少女に尋ねる。
「うんにゃ。こう見えてもウエイトレスの経験はあるんよ。でもさ、ウチって結構せっかちやねん。周りの人と歩調を合わせられないんよ。みんなウチの動きについてこれんみたいや。おかげで店主さんからはお前の動きは危なっかしいって切られたちゅうわけ。大体どこもそんな感じで首になるんよ。
私のことわかってくれるのは警邏長のアズール姉さんだけなの...。」
元気に回っていたはずの少女はいつの間にかしおらしく首を垂れる。ノルンはレムの頭に手をのせて優しく撫でている。
「なるほど。じゃあ、今からそのアズールさんに会いに行こう。ちょっと話を聞きたいんだ。レム、ちょっと案内して。」
「んん? どうしたん、急に。まぁ、ええけど。じゃあ、案内しちゃる。ほな、母ちゃん、ちょっと出てくるよ。」
「アズールさんに迷惑かけちゃ駄目よ。トーヤ君もその娘の手綱を離さないでね。」
ノルンは悪戯ぽっくウインクする。我が子に訪れた同世代の子供同士の遊びを推奨するかのようだった。それもそのはず、幼いころからレムはその身体と精神の発達速度の早さによって周囲の友達と一線を画す存在となっていた。その頃の影響もあって身体的強度が追いついた同世代の子供たちと友人関係を作ることができずにいた。そんな時に訪れたチャンスである。二人を見送る母の背中は少しだけ安堵を手に入れたようであった。
「ほらほら、こっちこっち。もう、遅いな~、当夜は。」
レムは顔には表していないが浮かれていた。同世代の子供たちであればついてこられない動きに当夜は遅れながらもついてきているのだ。レムは初めて自身と同じ領域に立てる同い年くらいの人材に巡り合ったのである。二人は商人と買い手の人の波の隙間を縫うように動き回っていた。レムは天性の素早さと【風の精霊】の加護によって、一方の当夜は【時空の精霊】の加護がもたらす空間把握と無意識のうちに使っている僅かな時間操作によってそれぞれ別の方法でその隙間を切り抜けている。やがて、人波を抜けると正面に赤みがかった大理石によって作られた警邏長の宿舎に行きあたる。息を切らしてその場にしゃがみ込む当夜に息を切らせながらも座り込むこと無く屈伸運動に移るレムが声をかける。
「へー。トーヤ、良くついて来れたね。今までだれもついて来れなかったんやけど。本当に初めてなん?」
「まぁね。だけど、ずっと気になっていたんだけどレムのその訛りって何なの? ノルンさんはそんな喋り方じゃなかったし、君もたまに普通の口調に戻るみたいだし。」
当夜は息を整えて立ち上がるともとより疑問に抱いていたことを口にする。
「いや~、ええとこに気づきまんな。実は、ウチの師匠が、」
レムは言い終わる前に吹っ飛んでいく。どうやら風の魔法のようだが、その魔法を放った主が当夜の背後から声をかける。
「よう、坊や。ウチの馬鹿弟子が何か迷惑かけたんか? いや、かけたんやろ、そやろ?」
そこに現れたのは褐色の肌に紫のツインテール、勝気そうな目は当夜を獲物のように捉えているのではと思わせるほど鋭い。ペイナイト色の制服に身を包んだ女性は、パッと見で肌の色を除けば大人版レムと言ったところだ。いや、レムが彼女を見本としているのだろう。そして、その口調も真似していると言ったところか。それらの特徴は、この女性こそがレムの師匠であるアズールであることを証していた。
「ひどいなぁ、師匠。トーヤが師匠に会いたいんだって。それより聞いてよ。トーヤってば、初めてであの試練を抜けてきたんだよ。すごいよね。」
レムはまったくダメージを負っていないのかケロッとした様子で戻ってくる。
「ほ~う。大したもんやな。あんた、その年で冒険者なんか? 級はどのへんなん?」
「わかりますか。つい先ほど第7戦級に上がったばかりです。とはいえ、もともとは10級ですから、実力はそんなにありませんよ。」
「ということは飛び級なん? そら~大したもんやで。で、ここに来た訳はなんや?」
突然、ただでさえ厳しい雰囲気に剣呑なものを重ねるアズール。声をかける前から当夜に対して警戒をしていた彼女がレムを吹き飛ばしたのも彼女を不審者から離すためだ。何しろ当夜の放つ雰囲気は、長年戦場の最前線に身を置いていたアズールから見れば異様ないびつさを持っていた。それは、数少ない戦闘経験に反比例するかのような猛者との戦闘回数の多さがもたらした危うさだったのかもしれない。そんな脆さを醸し出しながらも、彼女の長年の勘がもし二人が戦ったなら当夜に軍配が上がるということを危機感を以て知らせているのだ。実際、何の前情報も無く生死をかけた闘いになったなら【時空の精霊】の加護により彼女はその生涯を閉じることになるだろう。もちろん、当夜にはそんな度胸は無いし、二回目以降があるとしたら元第3戦級冒険者だった彼女に軍配は上がるだろう。そんなわけで現在、彼女の当夜に向ける視線は重く痛い。
「端的に言うと、彼女を僕のパーティに入れたいんだけど貴女はどう思うかな?ってところ。」
「ほぇ? ウチ、冒険者になるん?」
「...。」
アズールは問いの意味を測り兼ねていた。なぜ、この少年はレムの母親でなく彼女にこのような質問を投げかけるのか。すると、彼はそんな彼女の疑問を察したのかのように言葉を続ける。
「いえ、彼女を鍛えている人物でかつこの街の信用を得ている人間のお墨付きがあれば母親であるノルンさんも納得してくれるかなと思っただけですよ。それに貴女は相当な実力者だ。僕の実力も踏まえた上で判断してくれるでしょう?」
「やれやれ、とんだガキもいたもんや。わかった。彼女の実力ならそろそろ街の外で鍛えるべき時期だと思っとったところや。彼女には稼ぎも必要やからなぁ。せやけど、無理はすんな。第9戦級までの依頼まで、受けるなら採取系にしておくんや。魔物討伐はウチが許すまで手ぇだしたらあかんで。ほな、ちょいと待ってーな。」
アズールは羊皮紙にいくつか文言を書きこむと二通の手紙をしたためる。一つはノルンに向けてレムの実力と今後成すべき事柄を、一つはギルドに向けてレムの年齢不足を解消するための推薦書としての効力をもたせて書いたものだった。
「ほれ、ウチにできることはした。せやけど、あんたには彼女の命を預かるという責任が生まれるんや。あの子を危険にさらしたら承知せんで。それと、あんたも自分を大事にしな。ええな。」
「ありがとうございます。まぁ、僕も死にたくないですからね。ゆっくりと進めていきますよ。どちらかと言うと彼女の方がせっかちそうだから心配なんですよ。」
「まったくやな。馬鹿弟子を持つと苦労するんや。」
首を傾げて彼女を見上げるレムを見つめるアズールはその瞳を濡らしているかのように光らせた。




