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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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若返る老婆

「おやおや、また眠ってしまったかい。いろいろ聞きたいことがあるのだがね。とは言え、気を失っていたのも気になるし、今はしっかりと休ませてあげた方がいいかね。」


 人の気配を感じて目覚めると、不審者とも言うべき当夜に布団をかけ直すエレールの声が聞こえてきた。


「いえ、起きていますよ。エレールさん。」


「おやおや、まだ一鐘と経ってないよ。しっかりと休みなさいな。」


(イッショウ? 何のことだろ? 文脈からは時間が短いってことかな。でも、疲れはすっかりとれているし、結構寝たと思ったんだけど。)


 実際、当夜は時間にして10分も寝てはいなかったのだが、疲労の回復度合いからは半日熟睡したに等しいほどの充実感を感じていた。この辺りは異世界環境が当夜にプラスに働いたのであろうか。エキルシェールでは当夜の疲労回復力は尋常でなく高まっているようであった。


「えぇ、ありがとうございます。ただ、お助けいただいた上にこれ以上甘えるわけにもいきませんし、」


「いいんだよ。子供が年寄に甘えるのは別に特別なことじゃないよ。ほれ、しっかり一日休みなさい。夕ご飯の時に起こしてあげるから。その時にでも話を聞かせてもらうとするよ。」


 当夜の言葉を遮るようにエレールの言葉が続く。その言い回しは孫をあやすような祖母のそれだった。年齢を考えればその表現もあながちハズレでは無いかもしれないが当夜には納得しかねるものでもあった。


(いや、確かに童顔だよ。エレールさんと僕は祖母と孫くらいの年齢差はあると思うけど子供扱いはおかしくないか。せめて若者くらいの表現じゃないか。)


 一瞬、若返ったのではないかと期待して起き上がって鏡を探してみると、エレールの背後に鏡を見つけた。気づかれないように体の位置と姿勢をずらして鏡にその姿が映るように動く。そこに映るのは最新の記憶と大差ない自身の姿。やや痩せ型で、漆黒の髪はプライマルショート、やや寝癖がついてアホ毛が飛び出ているが。目は童顔と評されるだけに丸みが強くかかっている。学生時代は女性陣に女装させられてお人形扱いされてきたほどだ。


(変わりないじゃん。)


 エレールの気遣いとは裏腹に起き上がってくる当夜に、彼女は箒の頭で彼の頭を軽く叩くと呆れた声を出す。この箒はライトが作った魔力の増幅道具なのだが、当夜には普通の箒にしか見えない。


「まったく頑固な子だね。そんなに急いで何かやりたいことでもあるのかねぇ。大丈夫だよ、別にとって食いやしないよ。」


 エレールは当夜の行動を彼の意図と異なる方向にとらえているようだが、当夜はこれに乗じることとした。


「はい、実はライトさんからエレールさんに必ず渡すように言われたものがありまして。あれ、持ち物どこいった?」


 体中のポケットを探り、ブローチを探しているとエレールが所持品を渡してきた。


「ほれ。探し物はこれらかえ? 一応、危険なものは無いか調べさせてもらったよ。」


 渡されたものからブローチを取り出して布団の上に置くと、エレールに確認するように差し出した。


「受け取ってください。」


「これをライトがあたしに?」


「えぇ、裏面を見るようにとも言伝を預かっています。」


「ん~。」


 そう唸りながらエレールはブローチを手に取り、裏面を見るとたちまち頬を赤らめ(たような気がした)、笑みを浮かべて(たような気がした、だっていくら色白の女性でも90歳は超えてそうな貴婦人のそんな姿みたことないもん、なんていうの? 気配的に感じたんだよ)、額にブローチを押し当てた。


(なんかエレールさん、光のことが絡むと若干言葉遣いが若返っている気がするな。養子にでもしてかわいがっていたのかな。まったくきちんとお義母さんを大事にしてあげろよな。)


 夫婦であることなど知らない当夜は盛大な勘違いをしたまま事の成り行きを見守った。だが次の瞬間愕然とする。


「!?」


「ありがとう、トーヤ。これで思い残すことなく旅立てます。ライトからこの家をあなたに譲るように言われました。大事にしてくださいね。一応管理者は付けたほうが良いと思うわ。どうする?」


 そこには儚げな笑みを浮かべた金髪碧眼のとんでもない美人がいた。

 しばらく、呆けていると若返ったエレールは小首を傾げながら続けた。その仕種は当夜の心拍数を跳ね上げさせるとともに思考を完全停止させるのに十分すぎる破壊力を持っていた。


「聞いているの?あぁ、資金なら大丈夫よ。ライトから貴方が望むなら10年間は管理人を雇う形で進めるよう話があったもの。本当なら500年くらい余裕なんだけどね。管理契約満了の時に使い続けるのも、売り払うにしても如何様にしてくれても構わないけど、できれば、この家は思い出もたくさんあるから残しておいてくれるとうれしいわ。」


 話を次々に進めるエレールに当夜の思考はついていけず、ただ一言確認の言葉を発するのが限界であった。


「...エレールさん、ですよね?」


「うん? えぇ、そうよ。ってあぁ、この姿だものね。ライトが私の希望だった帰郷を成すために一時的に若返らせてくれたの。そんなに長くこの状態は続かないからすぐにでも立たせていただくわ。あなたのことを世話してあげたいのだけど一族の者にお別れの挨拶をしておきたいの。それで、管理人はつけるわね?」


「あ、はい。よろしくお願いします?」


 その言葉を聞き終わることなく、エレールは部屋を出るとどこかへ駆け出していった。たぶん相続の手続きやら管理人の手配とかなのかなぁと深い思考もできずに呆けること数十秒。はっと我に返る当夜。


「で、僕はどうなるの? ってか、いつの間にそんな話になったのさ!」


 思いつくことは不安になることばかり。税金は? 管理人とやらへの報酬の払い方は? そもそもいくら払えばいいの?


「おい、全然この世界の知識身についてないじゃん! どうゆうことだよ!」

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