~ある少年の初陣~前編
午前一時。ある公園のサイクリングコースを彼は注意深く慎重に歩を進めていた。
黒い長袖のシャツに黒いバンダナ。それだけなら例え誰かが彼を見たところで気には留めないだろう。しかし、一つだけ注目されてしまうような箇所があった。
それは、彼が左手に持つ納刀されたままの日本刀。一見したところでは中身まではわからず、摸造刀かもしれない。だが、彼――少年――の纏う空気がそれを否定していた。
身長は百六十を超えない程度、痩身だが筋肉はある程度付いている。標準的な身体で、特に目立った身体的な特徴はない。雑踏に紛れてしまえば埋没してすぐに何処に居たかわからなくなってしまうだろう。
少年――柊良治――はさらに灯りのまばらな公園の奥へと歩いていく。眼光は鋭く、全ての異常を見逃さないかのようだ。
顔つきや瞳、雰囲気からは高校生かそれ以上にも見えるが、良治はまだれっきとした中学生。今年三年になったばかりの齢十四。
だが、良治は所謂『普通』の中学生ではない。この時刻、日本刀を持って出歩く中学生を普通とは呼ばないだろう。
彼は、『退魔士』なのだ。
「相変わらず頑張ってるね、良治君は」
夕暮れ時の道場で素振りをしている良治に声をかけてきたのは、一人の少女だった。少女といっても良治よりは上で、近所の高校の制服である青と白のセーラー服を着ている。
「あ、おかえりなさい、葵さん」
葵は良治の師でもありこの道場の管理をしている南雲孝保の一人娘である。
現在高校二年生。だがその実力は孝保の娘であり、弛まぬ訓練で鍛え上げられ既に東京支部で並ぶものはいない程になっていた。
身長は良治と同じくらい、短めの髪と右の目元にある小さな泣きぼくろがチャームポイントだ。優柔不断な面も時々あるが、将来の支部長として期待されている。
「お父さんが呼んでたわよ。なにか大事な用みたいだったけど」
「師匠がですか? わかりました。どこにいます?」
少し疑問に思ったがすぐに首を縦に振る。ここ最近は直接指導を受けることも少なく、何か呼び出されるようなことに心当たりはなかったので、意図は読み取れない。だがそれでも重要な話なのだろうと予想した。
「居間で待ってるって。終わったらちょっと手合わせしない?最近やってなかったし」
ここ数日は葵が忙しく、手合わせが出来ていなかった。物足りなさを感じていたのですぐに頷いた。
「ええ、いいですよ。それじゃちょっと行ってきます」
軽くウィンクする葵に良治は返事をしながら道場を出た。
「……え?」
居間で孝保と対面した良治は、自分でもそう思うほど間の抜けた声を出していた。彼にしては珍しいことだ。
「ん、聞こえなかったか?」
「あ、いや、そうじゃないんですけど……」
孝保の言葉は間違いなく聞こえていたが、良治の頭の中はパニックを起こしている。
(え、え、ええ、なんで、ホント? 嘘、何かしたか俺?)
頭の中は疑問で一杯だった。もちろん今、孝保が言ったことに対してである。脈絡が無さ過ぎて理解が出来なくなっていた。
普段は歳よりも落ち着いて見える良治だが、この時ばかりは目に見えて狼狽えていた。
「今、俺には『京都に行って来い』って聞こえたんですけど……?」
とりあえず頭を整理して聞こえたとおりに聞き直した。言外に違いますよね、というニュアンスも込めて。
「ああ、その通りだが?」
孝保が鷹揚に頷く。残念ながら聞き間違いではなかったようだ。しかし心当たりはない。
「ええと、何で俺が京都に行かないといけないんですか?」
最も聞きたい、当然といえば当然のことを口にしてみる。
いきなり「京都に行って来い」と言われて「はい、わかりました」なんて言える筈ない。
「良治ももう中三だ。そろそろ一人前の退魔士として行動してもいいだろう」
孝保は顎の短い髭に触れながらたおやかな笑みとともにあっさりと理由を口にした。
「え、それじゃ……」
「まあ、そういうことだ。そんなわけで京都に居るお館様に会って来い」
「ほんと、理由を言ってからにしてくださいよ……」
京都のお館様に会う、というのは一人前と認められる儀式のようなものだ。大抵は修行を始めて数年で認められることが多い。良治は既に十年東京支部に居たが、年齢の問題もあってこのタイミングになったのだろう。
予想外、だが嬉しい知らせに良治は疲れたような笑いを浮かべて言った。
『白神会』。
それは日本の大部分――関東・中部・近畿地方――に圧倒的な力を誇る、退魔士の集団である。京都に本部、東京・長野・福島に大きな支部があり、拠点になっている。良治は神奈川に住んでいるので東京の支部に通っている。現当主の白兼隼人は日本最強の『四護将』の一人でもあり、国内外を問わず一目置かれている。これほどの組織故、もちろん政府、警察とも関わりをもっている。公に出来ないような雑事を処理するかわりにある程度は内密に守られているし、依頼料も高額だ。その仕事の大半は死んでも文句の言えないような危険なものばかり。簡単なものだと、いわゆる幽霊・悪霊の退治、元退魔士の犯罪者の検挙、トップクラスの退魔士になるともっと高位の悪霊や、現れることはほとんどないが強大な力を持つ『魔族』と呼ばれる魔界の住人とも戦うこともある。そんな仕事ばかりなのだか
ら一般人が退魔士になるようなことはまずない。退魔士になるには代々退魔士として生きる家系、もしくは身寄りのない孤児の中から選ばれてくるかだ。
良治は後者である。幼い頃孝保によって拾われ、退魔の道に入った。詳しい事情はごく一部を除いて誰も知らない。知り合いにはこの程度のことしか話さなかった。
京都郊外にある道場の大きな門の前。良治は驚いていた。
(でかい……)
正直、でかいなんてものじゃない。木造の大きな門はまだしも、左右に広がる白い壁は目測でどれくらいかわからないほど伸びている。ここまで来るのにかなり時間はかかったが、着いてみれば迷いようが無く、むしろ門というか入り口を探すのに苦労したくらいだ。
とりあえず立っているだけでも仕方ないので、緊張しながら門の横にあるインターホンを押す。
待つこと数秒。
「はい、どなたでしょうか?」
事務的な若い女性の声が聞こえてきた。その中に感情が感じられなく、少し戸惑う。
「あの、東京から来た柊良治と申しますが」
「はい、それでは門を開けて真っ直ぐに歩いた先にある玄関にてお待ちください」
平坦な声でそう答えるとブツッという音がして切れて、なんとも言えない気持ちになる。
(葵さんの言ってた通りだな)
そう苦笑いしながら門の隣の通用門を開け歩く。さすがに大きな方の門を開けて
入るなんて真似は出来なかった。
葵は今から三年ほど前に来たという。彼女は既に一人前の退魔士として認められている。当時一四歳。今の良治と同じ年である。その時は天才剣士などと呼ばれていたらしい。
そんなことを考えていたらすぐに玄関に着いた。そして歩みを止めた瞬間扉が開かれる。
「どうぞ、こちらへ」
そこにいたのは良治より少し下くらいの小柄な少女だった。
肩まで伸ばした黒髪につり目がちな瞳。良治は少し気後れしていた。言われた通り、彼女について館内を歩く。少し話でもしたいところだが、明らかに「話し掛けないで下さい」と語っている彼女の背中に、長い廊下を良治は黙ってついていくしかなかった。
「どうぞ」
声をかけられ気がつくと、彼女が前にある襖を開けていた。
促され、道場に入る。
「――!」
一歩入ったところで足が止まる。頭の中が圧倒的な速度で真っ白になる。道場内に満ちたその威圧感。全ての自由を一瞬で奪われるような感覚。それはほんの十数メートル先に居る男が出しているものだった。
次の瞬間。
「どうぞお進み下さい」
後ろからかけられた声に反応する。
「え……?」
あの威圧感はカケラもなかった。板張りの広い道場には静寂だけがあった。
少女は先ほどの威圧感に難なく対応したのか、それとも感じなかったのか。まだ動揺の残る思考で、おそらく後者、威圧感は自分ひとりに向けられたのだろうと結論付けた。あれは理解していても、晒されれば反射的に心が揺らされるほどのものだった。顔色一つ変えずに耐えられることはないはずだ。
ようやく平静を取り戻し、前に進む。そして男の前に座り、一礼する。
藍色の和服を着た、柔らかな表情の男――白兼隼人――が声をかける。
「久しぶりだね、良治君。身体の調子はどうだい?」
頭を上げ、良治が答える。
白兼隼人、即ち白神会の総帥。常に微笑を絶やさず、穏やかな人柄で周囲の信頼も篤い。無論退魔士としての実力も非常に高い。まだ三十路を前にして白神会最強となり、その人柄と実力の両輪を持って日本最大の退魔組織を治めていた。
「はい、おかげさまで。何の問題もありません」
隼人に会うのは初めてではない。最初に会ったのはちょうど十年前のことだ。あとは中学にあがる時、隼人が東京を訪れた際に会った。最後に会ったのがその時なので、約二年前になる。
あの時はほんの僅かな時間話しただけで、会話したことは記憶してはいるが内容までは覚えていない。ただその周囲に溶け込むような柔らかな雰囲気だけは覚えていた。
「わざわざ呼んだ理由はわかっているね?」
「はい。聞いています」
落ち着いて答える。待ちわびた呼び出し、言うまでもない。目的の為の第一歩なのだ。
「そうか。じゃ、綾華、あれを持ってきてくれないか?」
後ろに控えていた少女――綾華というらしい――は『はい』と言って道場から出て行った。
「ああ、良治君は会ったことなかったよね。今のは綾華といって僕の妹だ」
「そうなんですか?」
綾華の顔を思い浮かべる。
感情を感じ取りづらい綾華と目の前の微笑みを浮かべている隼人。共通する要素がほとんどなく、似ているとは感じられなかった。ただ、芯の強さ、それだけは共通しているように感じた。それを表に出すか出していないかの違いはあれど。
「お持ちしました」
そんなくだらないことを考えていると、一振りの黒い拵えの日本刀を持った綾華が戻ってきた。予め用意していたのだろう。
隼人にその刀を渡し、さらにそれを良治に渡す。
「一人前になったお祝いだよ。銘は村雨という。……抜いてごらん」
その重さに戸惑いながらも言われるまま良治は村雨を抜いた。
「な……!?」
絶句する。見かけはただの刀。だが、何かが決定的に違う。今まで刀を抜いたことは数回しかない。訓練は木刀を使用するし、道場にある刀も管理が厳しくまだ中学生の良治では許可が下りない。しかし、孝保の訓練時に本物の刀を抜いて使ったことはある。この衝撃はただ単に刀を抜いたからというわけではないのだと一瞬で気付かされた。
善悪は関係ない。強大な『力』がこの刀には秘められている。良治は初めて刀が怖いと感じた。
「わかったようだね。『それ』は、普通の人間にはとても使いこなせるようなものではない。だが良治君が自分の力と共存していくつもりなら、強い味方になるだろう」
良治はその言葉を聞いてゆっくりと刀を納めた。
まだ心ごと刀に引き込まれるような感覚がして、良治は背筋が寒くなった。
「……本当に貰っていいんですか? こんな刀を、俺が」
「というか、良治君くらいしかそれを使える者がいないんだよ」
苦笑いしながら言う。それはどういうことなのだろうか。
「他にも一人使える者はいるけれど、君に渡しておいたほうがいいと思ってね。一人前の餞別だよ」
今度は笑顔で言う。使える者の少なさ。それが意味するのは自分の出生に関連することだ。
村雨の力を全て引き出す資格。それが自分にあるとしても、それでも村雨の力が怖いと思ったし、使いこなせる自信はなかった。
「それでは……」
急に隼人が真面目になる。つられるように良治も顔を引き締める。
「白兼隼人の名において、柊良治を白神会の退魔士として認める!」
「はっ!」
こうして柊良治は退魔士としての人生を歩みだした。
ここまで本当に長かった。白神会に入って十年。ようやく目的の為に動き出せる――
夕方、一人前になったという喜びと村雨への畏怖とで複雑な気持ちの良治が東京の道場に帰ってきた途端。
「おめでとう!良治!」
道場の先輩や仲間達が駆け寄って祝福してくれる。といっても十人にも満たない
が。もちろん葵と孝保の顔も見える。
「これでお前も一人前だな!頑張れよ!」
日頃からよく訓練を見てくれている師範代の名塚が背中を叩きながら声を上げる。同じく師範代の竹村、一足先に一人前に認められた先輩の九嶋も笑顔で祝福してくれた。これで東京支部に見習いはいなくなった。最後に残っていたが良治だった。
「はい、もちろん! 頑張りますよ!」
良治も笑顔で答える。ようやく見習いを卒業できたのだ。新たなステージが彼を待っている。その事が嬉しくて仕方ない。
「うむ。その分なら大丈夫だな。良治。こっちへ来い」
「はい」
皆の輪から離れて立っていた孝保のところへ行く。
「なんですか?」
「ああ、さっそくなんだが」
僅かに口元が緩んでいた孝保が喋りだした途端、嫌な予感がしてきた。
孝保は時々悪戯っぽい笑みを浮かべるときがある。そういう時は大概良治にとって無理難題が襲ってくるときでもある。
(もしかして……)
「初仕事だ」
予感的中。やはり、悪い予感ほどよく当たるものなのだろうか。
「……マジですか?」
「ああ、本当だ」
彼にしては珍しい言葉遣いだが誰も咎めない。それだけ動揺しているとも言える。しかしそれに対して孝保はきっぱりはっきりと言う。その言葉に周りの皆も黙り込んだ。
「まぁ、初仕事だし簡単なものだろう。詳しいことはこの書類を読め。それにパートナーもいるようだぞ?」
「え、パートナー……ですか?」
初仕事と聞いてやや放心していた良治だが、パートナーがいるなら、とやる気になった。
やはり一人は不安なものだ。それも初仕事となればなおさら。
「なるべく早くとのことだから、今日中に連絡をとった方がいい。今日はもう帰って仕事に備えておくといい」
「はい、了解しました……」
良治はまだ冗談であって欲しいなどと思いつつ頷いた。
夜。家に着いた良治はとりあえず書類に目を通した。
書類には「柚木まどか」という名前と電話番号。そして今回の仕事の詳細が載っていた。どうやら、この「まどか」という人がパートナーのようだ。それ以外の情報は何処を探してもなかった。
正直まだ気持ちの整理は着いていない。一人前として扱われることは嬉しいのだが、まさかその日のうちに仕事を任されるとは夢にも思っていなかった。
おそらくこれは孝保の指示ではなく、更にその上の隼人からの指示であろう。孝保が自分の息子のように接している良治に、いきなり仕事を振るようなことを考えるとは思えない。ただ隼人からの指示があり、それに乗ったのだろうと良治は考えていた。
(……電話してみるか)
僅かに悩んだが、意を決して電話をかけた。こんな場所で立ち止まることは出来ない。一つ深呼吸をして受話器に意識を向ける。
数回のコール音のあと、はい、という女性の声が聞こえてきた。
「あの、柚木まどかさんでしょうか?」
やや緊張気味に尋ねる。女の子に電話をかける経験などほとんどないので緊張してしまうのは当たり前だった。
「はい、そうですけど……どちら様ですか?」
向こうは警戒している様だ。それはそうだろう。夜、いきなり知らない男から電話がかかってきたら警戒もする。
「ええと、私は柊良治といって……白神会の仕事のことでお電話したんですけど」
「ああ、なるほど!」
やっと合点がいったという様子で返事をする。その様子にむしろ良治のほうがほっとした。
「はい。それで打ち合わせと言うか、一回お会いしたいのですが……」
「うん、わかったわ。仕事の詳細は知ってるから、明日その公園で会わない?」
「はい、わかりました」
「じゃあ、明日の昼一時で。大丈夫?」
「はい、大丈夫です。それじゃ明日」
わかったわ、という声がして電話が切れた。
「……あ」
小さく息をついて、そして電話が切れたあとで気付く。パートナーのことで頭が一杯で、まだ場所も確認していなかった。こんな凡ミスなんてしばらくしていなかった。だがそれだけ落ち着く時間がなかったという証拠でもある。
「やば、どこだっけ」
あまりにも遠くだともう用意しないとまずいかもしれない。
が、その不安はすぐに消えた。
「ここなら……一時間ちょいで着くかな」
とりあえず安心して、寝る用意をする。
今日はいろいろあったな、なんて思いながら布団の中に入る。
(明日はどんな日になるんだろう?)
(声の様子から若そうだったけど、柚木さんて何歳くらいなんだろう?)
(成功するかな?)
(明日は体育あったんだよなぁ、けっこう楽しみだったのに)
(どんなことが起きてるんだろう?)
ここで良治は致命的なことに気がついて跳ね起きた。
「やば……!? どんな事件か読んでない!」
結局この日はゆっくり眠ることが出来なかった。
翌日の午後一時――三十分前。
良治は事件の起こっているという公園の入り口に立っていた。
良治の服装は黒い長袖のシャツにチノパン。普段のこの時間の服装は学ランなので少し居心地が悪かった。
(ちょっと早かったかな)
緊張の為か眠りも浅く、早く着いてしまった。
元々時間には正確だが、なにもこんな早く来なくとも、と思う。
(なにやってるんだか、俺は)
溜め息をつきながら、肩にかけた細長い袋を背負いなおす。もちろん中身は刀だ。そのまま持ち歩くわけにはいかないので、道場で使っている竹刀袋に入れている。昨日の帰りに葵に貰ったものだ。葵が声を掛けてくれなければ一度支部に行かなければならず遅刻は確定しているところだった。
「あの~」
不意に声をかけられ、驚いて瞬時に声のあったほうに振り向く。
「柊さんですか?」
そこにはポニーテールの女の子がいた。
良治と同じくらいの身長に活力に満ちた大きな瞳。若葉色を基調とした服装が爽やかで躍動感を感じさせる。
「あ、はい、えと、柚木さんですか?」
「うん! 良かったぁ~間違えたかと思った」
ははは、と苦笑しながら言う。
「刀持ってなかったら声かけられなかったって」
「え?」
「だって、私と同じくらいでしょ? いくつ?」
「えっと、十四ですけど」
戸惑いながら言うと。
「ホントに!? 私も十四なの!」
嬉しそうに言う。やや童顔だが確かに中学生に見える。嘘をついてるようには思えなかったので本当なのだろう。
「ちょっと。声大きいって」
今日は平日。普通の中学生はこの時間学校にいるはずだ。目立たないように私服にしてるのに叫ばれては意味がない。初仕事から補導なんて笑い話にもならない。
「あ、ごめん」
さすがに少し悪いと思ったのか小さな声で謝る。
「いいよ。じゃ、どっかで話そう」
二人は笑いながら公園をあとにした。
公園から百mも離れない場所にある喫茶店。二人はそこで話をすることにした。
良治はアイスティー、まどかはコーラを注文し、一息ついた。
「それじゃ、まず自己紹介からってことで。改めて、俺は柊良治。中三になったばっかで昨日一人前になった……そんなとこかな。ああ、それと同い年だから敬語は無しでいいかな?」
待っていた時の緊張はどこへいったのか、流れるように自己紹介をする。
緊張はしているのだが、初仕事を成功させようというモチベーションが彼を珍しく饒舌にさせていた。
「うん、了解。じゃ、私の番ね。柚木まどか、中三。実は私も……一週間前に一人前になったばかりなんだ……」
「…………」
言ってから二人とも沈黙する。それは饒舌だった良治を沈黙させるに足るとても衝撃的な言葉だった。
(もしかして……)
良治に悪い予感がよぎった。むしろもう確信といってもいい。
「あの、当たり前だけど、初めて……?」
良治は引きつった笑いを浮かべながら頷いた。
「あはは……その、私も初めてだったりするんだけどなぁ……」
数十秒間の沈黙の間にウェイターが持ってきたコーラを一口飲んでから、渇いた笑いと共に言った。
「俺、そっちは経験者だと思ってたよ……」
もう、張り付いてしまった苦笑いを浮かべて溜め息をついた。
まさか経験のない者同士に仕事を任されるとは欠片も思っていなかった。こういうものは普通経験者が実戦を通してセオリーを教えていくものだと勝手に考えていた。
「それはこっちも同じだって、……と、なんて呼べばいい?」
困った顔で尋ねる。どうやら本当に二人でやるしかないようだ。良治は気持ちを何とか切り替える。
「ああ、えっと、良治でいいよ」
なんとなく恥ずかしかったので目線をはずしながら答える。
正直言って、まどかはかわいい。少し、目つきはきついが性格はさっぱりしていそうで、好感が持てた。
(こんな娘と付き合えたらなぁ)
仕事の打ち合わせなんて忘れて、そんな不謹慎なことを考えていた。
「じゃ、私もまどかでいいわ。よろしくね、良治」
「あ、ああ、よろしく、まどか」
はい、と言って手を出してくる。ぎこちないながらも良治も手を出して、握手をした。
「じゃ、打ち合わせしましょ。この際、二人とも初めてなのは忘れて」
「了解」
二人とも書類を出す。もう一度見てみるがやはり担当は今ここで座っている二人だけだった。
「ええと、つまり要約すると、霊が出て通行人を驚かす、とそういうことみたいね」
「――まぁ、そういうことみたいだね」
確かにこれくらいなら初心者二人でもできそうだ。二人しかいないという衝撃の事実につい仕事内容を忘れてしまっていた。
「目撃時刻は全て夜中。ということはこっちも夜行動しなきゃ、ね」
「夜中の公園を二手に分かれて虱潰し。見つけたら……何でもいい、合図
を」
あの公園は広い。一緒に行動するより、別々に探したほうがいいだろう。
単独行動に一抹の不安はあるが、それが最も効率のいいことは事実。それに。
「そうね。お互い一人前だしね。頑張りましょ!」
もう二人とも『一人前』なのだ。泣き言は言っていられない。
まどかはウィンクしながら、力強く言った。
そして場面は戻る。
良治はこの夜、何度目になるかわからないため息をついた。
「ふぅ……」
自分でも緊張しているのがわかっているので何とかしようと努力していた。何回か訓練でこういう体験はしていたが、それでも実戦となれば全てが違うように感じるのは仕方のないことだ。
「いくら結界張ってるからって、早く終わらせないとなぁ」
結界とは術者の力によって空間を隔離することだ。今、結界を張っているのはまどかである。良治にも出来ないことはないが長時間は無理だろう。
退魔士には二通り在り、剣士タイプと術士タイプにわかれる。二つのタイプの違いは、人間本来の持っている魔力・精神力などといわれる『力』が、肉体に作用するか、それとも体外に放出させるかの違いである。さらに素質によって、火、水、風、雷などの属性にわかれる。種類はもっとあるが代表的なものはその四種類だ。
まどかは術士タイプで雷と相性が良いと言っていた。どれほどの力を持っているかわからないが、一人前に足るものだろう。そうでなければまさか二人だけで仕事を任せるとは思えない。
(さっさとやって、さっさと帰る。明日はさすがに学校行かないとな)
良治がそんなことを思った瞬間。
バチバチッ!!
良治から見て左前方に小さな雷が光った。まどかの合図。まだ行っていない方向だ。
「向こうか!」
叫んで良治は勢いよくサイクリングコースを走り出した。