十月二十三日(水) -2-
部屋の中央、フローリングの床にチョークで描かれているのは、上下逆方向に重ねられた二つの正三角形とそれを囲む大きな円。
俗に言う六芒星。
それぞれの頂点には教室で使っている机があり、陶器製のキャンドルスタンドが一つずつ置かれている。
部屋の奥には、三十センチ立方のダンボール箱が載った会議テーブルが見える。
四隅に赤々と灯るのは大型のガスストーブ。
「一体、どういう趣向なのです?」
純理が口を開いた。
「折角だしね。七不思議を体験してもらおうと思ってさ」
「ふん、下らないですわね」
「一言で片付けられてはたまらんな。これだけの準備を一人でさせられたのだからな」
真樹が非難のこもった目を、純理ではなくリアルに向けた。
「しょうがないでしょ。アタシは頭脳労働専門なんだから」
しれっと言い切るリアルに、怒る気力も失せてしまう。
「ね、沙耶。この部屋、なんか暑くない?」
「ちょっと温度がありますね」
「当然よ。暖房は最高設定にしてあるし、大型ストーブを四つも点けてるんだから」
「どうして、そんなことするの」
「七不思議だと来訪者が呼び出されるのは夏でしょ。そこまで再現した方が面白いじゃない? 暑いなら上着を脱げばいいんだしね」
そう言うとブレザーを脱いだ。
「ここまで来たのですから、最後まで付き合うしかないですね」
「まあ、こういう趣向も悪くないしね」
沙耶が上着を脱いだのを見て、彩音もシャツ姿になって襟元のタイを緩める。
「米川純理、アンタに聞きたいんだけどさ」
額に汗を浮かべ、不快感を露にしている純理にリアルが尋ねる。
「呼び出した化け物や魔物を追い返す方法ってあるの?」
「もちろんです。召喚術、異世界の存在を呼び出す術をそう呼ぶのですが、それを元の世界に戻す送還術というのがあります。と言うのを御存知で、聞いておられるのでしょうね」
「やっぱり専門家の意見は聞いておきたいからね」
「では、その先にある質問にも答えておきましょう。送還術は貴方のご想像の通り、召喚術を逆の手順で行うのが一般的な方法です」
「ありがと。手間が省けて助かったわ。つまり、来訪者を元の世界に追い返そうとすれば?」
「火を点したキャンドルを順に消していくのです」
「準備が無駄にならなくて良かった。じゃあ、ハチ」
ぼんやりと室内を見回しているアシスタントに百円ライターを手渡した。
「キャンドルに火を点けて」
「あ、うん」
リアルの指示に従って、奥のテーブルから順に火を点けて回る。
「まさか本気で来訪者の送還儀式を行うつもりなのですか?」
「伝承や奇譚には真実が含まれている。アンタはそう言ったわね。もし、桝村美佳子の件が、本物の来訪者の手による事件だとしたら」
「詩方、お前まで下らないオカルトを言い出すのか」
「来訪者は七不思議の伝承に縛られた存在よね」
真樹を無視してリアルが続ける。
「それなら、送還儀式で来訪者を追い返せば、全て解決すると思わない?」
飛躍し過ぎた理屈。誰もが首を捻らざるを得ない。
「解りました」
その一言を発したのは、最も意外な人物、沙耶だ。
「科学的根拠のない荒唐無稽な話ですが、リアルさんには何か考えがあるのでしょう。私はそれに賭けてみようと思います」
確信に満ちた口調だった。
「バカバカしい! 下らない迷信に付き合っている暇はない! と、言いたいところだが、準備をさせられたのは自分だからな。無駄になるのは癪だ」
真樹が諦めたように肩を竦める
それを聞いた彩音が、にんまりと笑みを浮かべる。
「この中で一番リアルちゃんを買っているのって、実は鷹壱先輩だったりするのよね」
「いえ、自分はそんなつもりは……」
「うん、知ってる」
否定する真樹を差し置いて、リアルが頷いた。




