十月二十二日(火) -2-
「なんで。おかしいよ。おかしいよ、こんなの」
混乱しつつもある事に気付いた。
散らばっているルーズリーフ達には、赤い線が走っている。
しゃがんで一枚を手に取った。
あまりの恐怖で悲鳴すら上げられなかった。
ただ震えて泣くしかできなかった。
赤い鋭角的な文字で記されていたのは、「コレ イジョウ ジャマ ヲ スルナラ コロス」の一文だけだった。
※ ※ ※
「で、起きたらこの有様だったと」
巻き散らかされたルーズリーフを見ながら、リアルが確認した。
すっかり憔悴した顔でハチが頷く。
真っ赤に充血した両目が、彼女がどれほどのショックを受けたか、どれだけ泣いていたかを如実に表わしている。
なんとか動けるようになったハチはリアルに電話。
彼女はすぐに駆けつけてくれた。
「鍵はちゃんと掛けておいたのよね」
「うん。ちゃんと確認してるから」
寝室に入ると窓を確認する。
鍵は典型的なクレッセントロック錠。
「ふむ、こじ開けた跡はないし、サッシにも傷はないっと」
アルミサッシを軽く押してみる。
「しっかりレールにはまってる。ドアの鍵は掛けておいたのよね」
「もちろんだよ」
「合鍵とか持ってる人はいる?」
「ううん。私しか持ってないはずだよ」
「他にこの部屋に入れるような場所は?」
「ないよ。ドアか、この窓くらいだよ」
「で、この窓が開いていたと」
「うん。十センチくらいだけど」
「この部屋の前の利用者って解る?」
「去年は三年生の人が使ってたって聞いてるけど」
「今は高等部か。じゃあ、犯人の可能性は低いわね」
五畳間に戻ると、床のルーズリーフを数枚拾う。
「これ以上、邪魔をするなら殺すか。随分と物騒なメッセージね」
どの紙にも赤い片仮名が書かれていた。
印刷ではない手書きの文字、極端に右上がりの筆跡だ。
「全部に書いてあるみたいね。それにしても片仮名か」
呟きながら、指先で文字をなぞった。
どれも紙一杯に殴りつけるように、横書きされている。
「特徴のある筆跡だけど。見覚えはないよ」
「でしょうね。これ、右利きの人間が左手で無理やり書いたのよ」
「なんで、そんなことが解るの?」
「まず片仮名で書かれているってのがポイント。ひらがなや漢字は、利き手じゃないと書きにくいしね。それと、ここを見てごらん」
リアルが紙の文字を指差す。
赤いインクが僅かに滲んでいる文字がある。
左から右にこすった跡だ。
「ハチ、アタシ達が使ってる文字は、右手で書くことが前提なの。だから左手で書くと、不都合が起こるのね。特に横書きの場合」
空中で右の指先をくるくると右方向に。
続いて左手で同じ動き。
「右手だと進行方向に文字がないけど、左手だと進行方向に字があるから、慣れてないとこうやって文字をこすっちゃうの」
「でも、床に撒いた時になったのかも」
「確認した紙は五枚くらいだけど。三文字ほどがこの状態だった。床に撒いた時とは考え難いわ。それに床にインクも付いてない。インクがついてるのは、犯人の手ってことになるわね」
「あ、そうだ」
「ん、どうしたの?」
ふらふらと離れるハチに、リアルが声をかける。
「折角来てくれたのに。お茶出してないなって」
「そんなのどうでもいいわよ。それよりも」
「ううん、すぐだから、ちょっと待ってて」
調理スペースに引っ込むハチに、
「のん気っていうか、変な部分でマイペースな子ね」
小さく溜息をこぼす。
「ハチ、こっちの部屋も見せてもらうわよ」
「うん。いいよ」
水道の音に混じって返ってきた了承を受け取ると、寝室の反対側、もう一つの五畳間に続くドアを開ける。




