十月二十二日(火) -1-
十月二十二日(火)
ふわり。
朝の風がベッドで眠るハチの頬を撫でた。
空気はもう、かなり冷たい。
ハチは目を瞑ったまま掛け布団を引っ張り上げ、ささやかな抵抗を試みる。
昨日、リアルと別れてから入浴と食事を済ませて、随分と早くベッドに潜り込んだ。
寝付いたと思ったら、いつもの悪夢。
押さえ付けられる圧迫感に目を覚ますと、誰かに見られているような不気味な気配。
結局、悪夢と寝付けない時間の繰り返しが続いた。
悪夢から解放され、穏やかな眠りが訪れたのは、空が明るくなり始めた頃だった。
寝室の南側。手狭なベランダに続くアルミサッシ。
それに掛かるカーテンが揺れ、先程よりも強い風が部屋を走り抜ける。
「ん……」
両目を擦りながら、枕元の目覚ましを確認する。
まだ六時過ぎ。
起床には随分早が、目が覚めてしまったら仕方ない。
重い身体をどうにか起こした。
ハチの部屋は第三寮の三階。
寮の各部屋は、リアルの住む第六寮を除いて、同じ造りになっている。
部屋は三つ。約五畳の部屋が二つと、奥に四畳半の寝室。それに流し台とコンロの簡素な調理スペース。
後はバスとトイレである。
「うぅっ、寒い」
ぶるるっと身体が震えた。
もうすぐ冬。秋用のパジャマでは、そろそろ寒くなってきたかも。そ
んな事を考えながら、ぼんやりと部屋の中を見渡す。
なんとなく違和感がある。
見慣れた自分の寝室。
壁に貼ったポスターやカレンダーも。淡いオレンジのカーテンも。別に何も変わらない普段通り。
そのはずなのに、どこかがおかしい。
冷たい空気の流れに、カーテンが緩やかに翻った。
「あれ? なんで窓、開いてるんだろ」
悪寒が走った。冷たい空気による物ではない。
先週火曜日の事件以来、戸締りは就寝前に確認している。
不気味な気配を感じるようになった週末くらいからは、かなり神経質。
何度も確認してからベッドに入ようにしている。
じっと窓、緩やかな動きを繰り返すカーテンを注視しつつ、ベッドから降りた。
ひんやりとしたフローリングの感触に悲鳴を上げそうになる。
それをぐっと堪えて、窓の方に一歩踏み出した。
物音を立てないように、慎重に慎重を重ねて進む。
僅か数歩の距離が、信じられないくらい遠い。
床が微かに軋んだ。
ハチの動きが止まる。
直ぐ後ろ。
ベッドの下でじっと待っていたのだ。ハチが窓を確かめに行くのを。
獣じみた目をした大男。
その手に握られているのは、薄汚く錆び付いた大きな斧。
無防備な背中に、男の口が狂気に歪む。
ゆっくりと斧を振り上げる。
大きく息を吐いた。
動こうとしない首に力を込めて振り返る。
誰もいなかった。
見えたのは、なんの変哲もない壁だけ。
しかし油断はできない。
前に視線を戻し、一気にカーテンを開けた。
レールを走る音に沿って、朝の光が部屋に差し込んでくる。
窓は十センチほど開いていた。ベランダには誰もいない。
ふうっと安堵の息を一つ。窓を閉め、鍵を掛けた。
「ただの締め忘れだよ。もう、ガッカリちゃんだな」
自身に言い聞かせるように呟く。
今日はいよいよ決着の日。
神経が高ぶって確認したつもりになっていたのだ。
でも、昨日も窓は開けなかったはずだし、一昨日も。
ハチが小さく首を振った。
「寝苦しかったから、寝惚け半分で窓を開けたんだよ。そうだよ。びくびくして損しちゃったな」
強引だと思いつつも、口にすると不思議としっくりきた。
「目が覚めちゃったし、御飯を食べちゃおう。お弁当も作っちゃおうかな」
明るい口調で不安を押し退け、五畳間に続くドアを開けた。
「なに? なにこれ?」
ただ呆然だった。
デスクと本棚。クローゼット。隅に積み上げた収納箱。
それなりに整理整頓を心掛けている自身の部屋のはずなのに。
床一面。
まるで敷き詰めたかのように、紙が巻き散らかされていた。
薄い水色の地に罫線がプリントされている紙は、間違いなくハチが愛用しているルーズリーフ用紙だ。




