十月二十一日(月) -5-
「え、そんないきなり」
「今日はありがとね。楽しい時間が過ごせたわ。じゃあ、また近いうちに」
一方的にそう告げると、踵を返して離れていく。
まるで逃げるようだ。
「なんでしょう。あの態度」
「なんか変でしたね」
それぞれ感想を口にしつつ、顔を見合わせる。
「あ」
と、そこでハチは自分の立場を思い出した。
「私も行かないと。えっと、今日は色々とご迷惑をお掛けしました」
「いえいえ、お力になれず申し訳ありませんでした」
ぺこぺこと頭を下げるハチに、純理は優しい笑みで答えた。
※ ※ ※
商用部棟を出たところで、リアルに追いついた。
あれほど慌てて部屋を出たはずなのに、のんびりと鼻歌混じりに歩いている。
「リアル」
隣に並んで声を掛ける。
「ん、ちゃんと挨拶してきた?」
脱力感で膝が崩れそうになった。
聞きたい事が山ほどあるが、その前に確認する。
「やっぱり演技だったんだね」
「もちろん。底の浅い手だけど、人を騙すのが趣味の人間には効果的なのよ」
「人を騙すのが趣味って」
純理を指しているなら、余りに酷い言い方ではある。
「さて、アカデミーまで戻ろっか。じゃあ、ハチ。今日の話を思い出して、大事だと思う情報を列挙してごらん」
「えっと、米川先輩の話だと、『七人目の来訪者』は昔の七不思議をアレンジした話だってこと。後は、漫画を描くにはスクリーンなんとかって、フィルムを使うってこと。くらいかな」
「悪くないわね。じゃあ、どうしてアタシが『七人目の来訪者』の原題について話したか解る? 米川純理の言う通り、事件には無関係よね」
「きっと深い意味があるんだよね。なんだろ」
首を捻って少し考えるが、明確な答えに至らない。
「先週木曜の借りを返したのよ。アンタが考えることなんて、全部お見通しよってね」
ふふんと鼻を鳴らす。生意気な可愛い仕草。
「その上で、来訪者からの手紙を見せるように要求した。アタシが何を意図してたか解る?」
「もし、米川先輩がこの事件に関与してるって仮定した場合になるけど、来訪者と連絡を取り合っているのは解っている。っていう意味に取れるかな」
「うん、その通り。米川純理の性格だと、それ以上に受け取ったかも知れないけどね」
性悪な笑みを見せながら、「あの子は人を疑う傾向が強いみたいだし」と付け足した。
「で、次のスクリーントーンについてだけど、あれはただの世間話」
「っていうのはもちろん嘘だよね」
「どうして、そう思う?」
「話の展開がちょっと不自然だったし、リアルがああいう場面で無駄話をするはずないもん」
「なかなか鋭いわね」
リアルが嬉しそうに目を細めた。
「リアルは使えるって言ったよね。それって何かを、ほのめかしたのかもって」
「うん、悪くないぞ。実はちょっと仕込んでおいたの。アイツを追い詰める切り札をね」
「え、それってどんなの?」
「今はまだ秘密。ハチ、謎っていうのはね」
「もったいぶるほど価値が出るっていうんだよね。それは前に聞いたよ」
がっくりと肩を落とすハチ。
「ほら、がっかりしない。今日はまだやることがあるんだから」
「やることって?」
「実は日曜の夜に、副会長に頼んでおいたことがあるの」
丁度、アカデミーの門が見えてきた。
門を潜り、校舎と校庭を隔てる三メートル幅のコンクリート通路を歩く。
向うは東校舎。
と、校舎前にアカデミー副会長、河原崎沙耶の姿があった。




